17.相澤玲夢③※
感想ありがとうございます!
人の命に関わる残酷な表現があります。正直なかなかに下衆な内容です。
苦手な方はご注意ください。
落ちた後、幸いだったのは玲夢ちゃんと逸れなかったことか。
というか、上に戻るために東雲さんはいつもリストバンドを使っていたが、今日はつけていない。しかも、スマホも落としてしまった。万事休す。
一周回って俺は冷静だった。
半泣きの玲夢ちゃんは俺の太ももを掴んだまま離さない。まだパニックが治らないのか、ぐずぐず泣いていた。
どうしたもんかな。
「玲夢ちゃん。」
「ご、ごめ、な……。」
過去の記憶の世界ならここは見覚えのある光景で、今にも駆け出して家に帰ってしまうのでは? そう思っていたが、彼女は青い顔で震えるだけだ。
俺は玲夢ちゃんをよっこいしょと抱き上げた。
「俺が一緒にいるから大丈夫。」
「……うん。」
と言いつつも、言葉にならない不安は自分の中にもある。
今までのパターンからするに、キーとなる記憶を見ると進行していくようだから、そのキーとなる場面に出会さなければいい。
大体先生が世界から離脱するタイミングはその人の死ー実際には意識消失ーのタイミングだから、そこまでの時間を稼いでおけば救助が来る、はずだ。
やべー、何でスマホ投げちゃったんだろ。いっそそっちを持ったまま潔く飛び込んだ方がよかった。何の荷物振り回したんだ俺。変な汗出てくる。
「まひろくん?」
「ん、何でもないっすよ。……汗が止まらないんで、そこの公園で休憩していい?」
「……変なの。」
やっと玲夢ちゃんは笑ってくれた。
俺はそのことに安堵しつつ、ふと尋ねてみた。
「玲夢ちゃんの家はこの近く?」
「……分かんない。」
分かんない、のか?
自分の記憶といえど彼女はほとんど外に出たことがないのだろうか。やっぱり、千里さんが言っていたネグレクトだとか戸籍の未登録という可能性が高いのか。
当たってほしくない予想を頭の中に浮かべていると、玲夢ちゃんが指をさした。
「あれ、乗りたい。」
「ブランコ?」
「……ぶらんこっていうの?」
そうか、外のこと、知らないんだな。
俺は笑顔で頷いた。
「そう。乗り方教えてあげるから乗ってみな。」
「ほんと!?」
「うん。」
俺は玲夢ちゃんをブランコに乗せた。
背中を押すと見覚えのある動きを繰り返す。その度に玲夢ちゃんはわー、とかきゃあ、とか楽しそうに声を上げる。
こんな当たり前のことを知らない、死にかけている身で初めて知ったと思うと、どうしてもやりきれない。
そんなことを考えていると、公園のベンチに夫婦がやってきた。黒髪の眼鏡をかけた大人しそうな女の人と、身長の高いいかにも仕事ができそうな男の人だ。女の人の腕の中には小さな赤ちゃんが抱かれていた。
『かわいいね、かわいいね、玲夢。』
『いつもぐっすり寝てていい子だな。』
「玲夢の名前……?」
赤ちゃんを中心に写真を撮る2人は間違いない、玲夢ちゃんの両親だ。
虐待とは程遠い、幸せそうな家族。
そんな光景を見た玲夢ちゃんが黙っていられるはずはなかった。
「ママ、パパ!」
「ちょ、待って!」
揺れるブランコから飛び降りると、彼女は足を縺れさせて転んでしまう。
俺が咄嗟に抱えると場面は一変した。
どこか家の中のようだ。
「何、ここ、玲夢の家……?」
「見ないで!」
俺は彼女に構わず無理矢理胸に抱き締めた。
目の前の母親が、母親の顔をしていなかった。
『ほんっと、この子に夜泣きが酷いのよ。』
『俺も気になってた。ーーの手を煩わせて本当に悪い子だよな。3歳にもなってそんなに泣くか?』
悪い子なわけあるか。聞いたことあるぞ、赤ちゃんとか子どもは泣くことが仕事だって。
『ウチの両親もしつこいのよ。玲夢は元気かって。ウザいくらい元気だっつーの。』
『その割にSNS映えしなくなるしな。写真撮ってもブスだし。』
『ちょっと本当のこと言わないでよ。それにしてもどうしようかしら。食費とかも無駄よねー。』
は、SNS映え?
何考えてるんだ。
場面はまた移り変わる。
部屋の隅には体育座りをした玲夢ちゃんがいる。痩せ細っており、泣く気力もないようだ。
もしかして、両親は泣く気力を奪うために食事を減らしたのか? 恐ろしい考えに俺は言葉を失った。
だが、本当に恐ろしいのはここからだった。
『ねぇ、いいこと思いついたの! 玲夢は死んだことにしましょう!』
女が机に出したのは死亡診断書と書かれた紙だ。
『職場から持ってきたの。これを出して、玲夢が死んだことにする。そうすればバズるでしょ? そのあと、玲夢と似た背格好の孤児を引き取ってきたことにすれば……。』
『何それ、絶対世間の注目の的じゃん!』
男は女の提案に目を輝かせた。
戸籍を登録していないとかではない。一度社会的に死んだことを偽装されたのだ。
『それで育児日記を上げていけば広告料とかも入るんじゃない?』
『そうしたらもっと遊べる金が手に入るな! 学費はその辺から出させ……いや、コイツにはすぐ働くよう躾ければ金もかからねぇし!』
汚らしく笑う両親の声は必死に耳を塞がせても玲夢ちゃんの耳に届いてしまう。
彼女は震えながら泣いていた。
「ママ……? パパ……?」
「聞かないで。こんなこと、聞かなくていい。」
男が玲夢ちゃんの傍らにしゃがんだ。
『いいな、お前はもう玲夢じゃないからな!』
『……何で怒ってるの?』
痩せ細った彼女はのろのろと顔を上げた。だが、それも叶わず1発頬に入った。その次の瞬間、彼女の目に入ったのは悪魔のような笑顔だろう。
『お前は病弱だから家から出られない、幼稚園も学校も行けないかわいそうな子だ。だけど、家のことはやれ。働かざるもの食うべからずだ。』
『さすがーーくん。子どもの教育も完璧ね。』
記憶の中の玲夢ちゃんは壊れたように頷くだけだった。
また場面が切り替わった。
玲夢ちゃんはほとんど今の容姿に成長していた。
痩せ細った身体で掃除機を重そうに引く彼女は漫画で見た奴隷のようだった。
『ねぇ、養子縁組とか里親制度ってお金かかりすぎじゃない? 手続き面倒くさそうだし、SNSの話題かっさらうより手間かかるんだけど。』
『そうだよな。コイツ、馬鹿だし働けんのかね。』
バカも何も勉強する機会がなければ知識だってつかないだろ。
そして、恐るべきは2人の発言だった。
『最近両親も何か隠してないかって疑ってくるのよ。』
『なら、逃げられないようにして埋める?』
2人の口角は妙案だと言わんばかりに吊り上がる。
そう決まってしまえば、2人の行動は早かった。玲夢ちゃんを使っていない部屋に押し込める。そして、排泄のために余っていたオムツのようなものを履かせ、薄着のまま部屋に閉じ込めた。
記憶の彼女は何かを叫んでいたが弱々しい。
俺は凄惨すぎる光景に、無意識のうちに腕の力を抜いていた。そのせいで、玲夢ちゃんは顔を上げてしまった。
もちろん、その彼女の目に飛び込んできたのは、パパと認識していた男にあり得ない格好で自分が閉じ込められる様だ。
信じられないだろう、彼女は動きを止めた。
部屋に押し込められた彼女は横たわっていた。
残酷なまでによく晴れた朝が来て、両親は仕事のために部屋を出ていく。
扉の閉まる音がすると、彼女はのろのろと動き出し、小窓に手を伸ばした。まさに最後の力を振り絞るとはこのことだ。
彼女はなんとか柵を伝って自分の家のベランダに転がり込んだ。
そして、外に向かって小さくも叫ぶ。
ー助けて、と。
「うそ、だよ。あんなのママとパパもじゃな、」
「見ちゃだめだ!」
「ここ、だって、おうちなのに、」
「玲夢ちゃん!」
「玲夢、いらない子なの?」
その言葉と同時に世界が暗転した。
何かが崩れるような感覚、足下から何もない暗闇に落ちていくような。
それをきっかけに玲夢ちゃんは壊れたように叫ぶ。
「ヤダヤダヤダ! あんなのちがうの! 玲夢じゃない!」
「玲夢ちゃん!」
「死にたくない! ひとりぼっちはやだ!」
「玲夢ちゃん!」
俺は暴れる彼女を抑え込む。
こんなにも容易に抑え込めることが、どうしようもなく悲しい。
俺は逃げ出そうとする玲夢ちゃんの向きをぐりんと変えた。
「玲夢ちゃん、ごめん! 俺あんなこと言って! 俺は絶対に玲夢ちゃんを一人ぼっちにしないから!」
たとえ落ちても、離さない。そう心に決めながら彼女を強く抱き締めた。
アイツらみたいに離してたまるもんか。
玲夢ちゃんの動きが少しだけ弱まった気がした。
「だって、玲夢、いらない子なんでしょ……? お写真も可愛くないんでしょ。」
「俺は絶対に玲夢ちゃんの味方だ。いらない子なんかじゃない。どんなに周りが暗くなっても、味方だ。お写真だって可愛い、いっぱい食って遊んで笑った顔は可愛いから!」
胸の中で小さな嗚咽が聞こえる。
とりあえずは落ち着いてくれたけど、辺りは闇に包まれ、再びあの最低な記憶を繰り返そうとしている。この感じ、さすがに助からないよな。
諦めかけたその時だった。
「対象2名確保、引き上げる!」
一瞬誰の声か分からなかった。
でも、その声はここにいるはずのない先生の声で。
玲夢ちゃんを強く抱きしめると同時に、俺は安堵のあまり、ほんの少しだけ涙が滲んだ。
確認が終われば間に合えば本日は午後にもあげるかもしれません!
よろしくお願いします!
【追記】
今回の内容はかなり残酷なもので、不快になられる方も少なくはないと思います。その点に関しては申し訳ありません。
ですが、SNSや世間の変化による事件の種類の変化もあり、ストレス発散の術も変わっており、一方で自分を発信する手段(記事の内容)も限られています。
身近な人との関係、逆に疎遠になってしまった人との関係、この話を読んで、もし振り返っていただけることがあれば幸いです。




