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16.相澤玲夢②

感想ありがとうございます!

朝上げです!

「お前、いいお嫁さんになれるよ。」

「いやご飯炊いてインスタントの味噌汁入れて、シャケ焼いただけっすよ。」


 案の定、起きてこなかった千里さんを起こして朝食を出すと感動された。常備されているのが菓子パンとかインスタントばかりだから元々料理はしないらしい。

 でも、俺はしっかりしたものを食べないと気合が入らないから食べる。神様にお願いしたら食材が届いた。スマホを見ると少しポイントが減っていた。バーコード決済みたいな感じなんだな。

 凄い、けどこんなお手軽に見られるんかい。

 

 顔には出ないが、どこか嬉しそうな千里さんと揃って出勤すると、部屋の奥から泣き声が聞こえた。何事かと思って覗くと、そこで泣いているのは数名の子ども達だった。

 よくよく見てみると子どもたちは減っている。

 昨日の日中で3人、夜勤のうちに4人。はじめにいた人数の半分だ。


「どうしたんすか?」

「昨日の夜、この子達が喧嘩したのよ。」

「ちなちゃんと雄志くん……と?」


 おばちゃんが指差す方には目元を真っ赤にした玲夢ちゃんが座り込んでいた。

 千里さんがすぐに耳打ちしてきた。


「……みんな『パンドラの鍵』、出てるみたい。」


 横目で見てみると確かに、掌にみんな出ているみたいだ。なら、何で朝のうちに纏って帰らなかったのか。

 薄々勘付いていたことをちなちゃん達にしゃがんで聞いてみる。


「何で喧嘩したんだ?」

「だって、ちな達と帰ろうとした!」

「お友だちだってみんなで一緒に帰ってたでしょ? どうして仲間外れにするの?」


 おばちゃんも視線を合わせて問うと2人は首を横に振る。


「だって、アイツ、友だちじゃない!」

「何でそんな……!」


 おばちゃんが怒ろうとした時、千里さんがそれを止めた。そして、驚くべきことを言った。


「……ここで初めて会った知らない人なんでしょ?」


 2人は頷いた。確かにあの浮き方だとおかしいと思ったけど。

 千里さんはおばちゃんに後で報告書をあげるということと2人だけで先に現世に返してほしいことを伝えると引き継ぎ業務に移った。




 俺は引き継ぎ業務中、玲夢ちゃんに話しかけることを試みたけど拒否されてしまい、話せなかった。代わりに周りの子に喧嘩の様子を聞いてみた。


「ちなちゃん達は悪くないよ。本当のことだもん。」

「見たこともないってこと? 他の組とか。」

「ないよー。それに遊びに誘ってもおどおどしてるから嫌い!」


 ううん、子ども達を一概に責められない。確かに遊びに誘っていい反応しなければいい気はしないか。


「それに、お姉ちゃんだから1人で何でもできるよ。ゆいのお姉ちゃんと同じくらいだもん。」

「え、お姉ちゃん?」

「そ! 小学生!」


 玲夢ちゃんが小学生? いや、それにしては小さくないか?


「それよりまーくん、遊ぼう! 昨日教えてくれた縄跳び見せて!」

「おー、何回でも見せるぜ!」


 玲夢ちゃんばかりになっても駄目だろう。この子達だって事故の被害者だ。

 それに千里さんだってこういう時はサボらない、よな?




 外で子ども達と遊び、風呂に入れた。非番の女性職員にお願いして女の子の方はお願いした。でも、子ども達のパワーってすごいもんで、ご飯も物凄い勢いで食べていた。しかも、すぐ寝る。これは午後も暴れるなぁ。

 俺が遅れてご飯を食べようと戻ると、すでに食事を食べ終わって子ども達を寝かしつけた千里さんが床でパソコンをいじっていた。

 こちらに気づくと口の前に指を立て、静かにするように促してくる。

 彼の太腿には玲夢ちゃんがぐっすり眠っている。


 俺は声を潜めて尋ねた。


「ぐっすり寝てますね。」

「あんまり眠れないみたい。さっき少しだけ話したんだけど、寝ると明日が来ない気がするって。」

「……それって。」


 千里さんは頷き、視線だけ俺の方に向けた。


「何を話しても驚かないように。」

「はい。」


 やっぱりこの人は夜中にこの子のこと調べてたんだな。彼がエンターを押すと画面に改められた彼女の報告書が表示された。


 相澤玲夢(あいざわれむ)、8歳。職業は小学生。

 身長110cm、18kg。

 覚えている記憶は祖父母と、近所の犬。両親のことは覚えておらず、勉強のことや学校のことは知らない。


 端的にそれしか書かれていない。

 いや、これで十分だ。とてもでないが8歳の身体とは思えない。それに話し方や情緒だって幼すぎる。


「虐待……ってことですか?」

「それで済めばいいよ、って言えるレベル。虐待、いやネグレクトによる栄養失調がたぶん今回の起因。加えてこの子の場合は学校にも行ってない。そもそも役所に戸籍が届けられていない可能性だってある。」


 ひゅ、と喉が鳴る。

 人として認知されていないということか。それなら学校だって友だちだっていなくて当たり前だし、他人と触れ合うなんて滅多にしていないだろう。

 辛うじて祖父母の話をしてくれているってことは、幸いどちらかの両親は玲夢ちゃんのことを知ってるっぽいけど。


「パッと見、幼く見えるし、俺もさっき初めて体に触れてやっと分かった。おかしい痩せ方だって。忙しさにかまけて確認できなかった俺たち大人の責任だ。」

「そんなこと……。」


 軽々しい否定は良くない気がした。俺は口をつぐむしかできない。


「さっき、探偵事務所に連絡した。1番早いところでかわたれ事務所、明日の昼来てもらえる。だから、今晩乗り越えれば終わり。」


 かわたれ事務所、聞いたことがあると思ったら初めて雪花さんの仕事を見学しに行った時に見せてもらった1件目のコンビが所属する事務所だ。

 結構な数のペアが所属している大きめの事務所らしい。まぁ、交通の便もいいし、役所からも近いからな。

 そこなら気難しい玲夢ちゃんとうまくコミュニケーションをとれるだろう。


「ちなみに千里さんは付き添いとか救助人やらないんすか?」

「は、無理。人のために命かけるとか。それにお前らみたいに寄り添うとかも無理だから。」


 圧が強い。そんな千里さんの言葉に俺は、小さくそっすかと返すことしかできなかった。





 しばらくすると、子ども達が起きてくる。

 今度は千里さんにロボットとかゲームとかをせがんでいる。仕事が一区切りしたらしい千里さんは文句を言いながらも相手をしていた。


 玲夢ちゃんが起きそうなタイミングを見計らってで食堂の人に頼んで小さなおにぎりを作ってもらった。

 ちょうど俺が戻ると、彼女も目を覚ましたようで俺が持ってきた間食に目を輝かせていた。食べるか聞くと素直に頷いた。


「……まひろくんは、私が仲間外れだから優しくしてくれてるの?」

「え?」


 じわり、と涙が滲む。ああ、どうするかな。

 最近の出来事通して思ったけど、俺、慰めるのは苦手だ。


「きっとみんなみたいにママやパパは来てくれない。だって2人の顔、覚えてないダメな子なんて迎えにきてくれるわけないもん。」

「……大丈夫っすよ。俺も、父さんや母さんの顔覚えてないから。」

「……そうなの?」

「うん。」


 嘘ではない。しんどいわけではないけど、自分の死因に関わっているというのなら少しだけ淋しい。


「まひろくんも、私といっしょなんだ。」

「そうかもしれないっすね。」

「なら、お願い。今晩ここに泊まって。」


 おっと、思わぬお願いが飛んできたぞ。

 俺個人としては構わないけど、何となく千里さんに怒られそうな気がする。


「ギリギリまでいるのは約束する。でも、夜の係の人もいるし大丈夫っすよ。それに明日の朝も来るし。」

「……おばちゃん?」

「うーん、交代制だからなんとも。」

「おばちゃんじゃなかったら交代して! あの人きらい!」


 あの人? 誰のことか聞いてみたけど、今までの大人しさはなんだったんだってくらい駄々こねられて答えは出なかった。





 ただ、タイミングっていうのは悪いことが殆どで。

 その日の夜勤の人が、俺に仕事をお願いしてきた加地さんともう1人は筋骨隆々の無愛想な人だった。輪っかが似合わなすぎる。千里さんは恐れることなく無愛想な人に申し送っていた。

 お調子者の加地さんは何故か楽しげに俺と肩を組む。よく見るとこの人も【半生人】か。


「よっ、真紘くん!君が来てくれてだいぶ助かってるよ! 子どもの数も減ったし、夜勤もだいぶ楽そうだね。」

「数が減ったからって楽になるもんでもないだろう。慎め。」

「加地さん、これ以上無駄なことするなら志島さんに言いつけますよ。」

「えー、サボり仲間じゃん斑目ぇ。」


 話すのが体力の無駄と判断したらしい千里さんは口を結んでしまった。2人とも不快そうに目を細め、引き継ぎに戻ってしまう。いつもこの調子なのか、この人。

 そんなことを思っていると、加地さんに小さく話しかけられる。


「なぁなぁ、真紘くんって今日時間ある? 俺、今日実はーー。」

「真紘、帰るよ。」


 相変わらずの眼力で歳上と思しき加地さんを制圧した。それに負けたらしい加地さんはあっさりと俺を解放してくれた。

 千里さんは玲夢ちゃんの前にしゃがむと淡々と告げた。


「明日また真紘が来る。それで帰れる。それまでいい子で過ごせる?」

「……うん。」


 玲奈ちゃんは頷いた。

 俺は子ども達に手を振るとそのまま千里さんに連れられて帰ることになった。

 寂しげな玲夢ちゃんが少しだけ気になったけどーー。




 帰る前に食堂。これは決まったコース。

 昨日とは違って千里さんが色々と話してくれた。主には愚痴みたいな感じだけど。さっきの加地さんが厄介だとか。あとは志島さんの話が多い。スマホが使えないだとかパソコンが弱いだとか。

 でも、どことなく楽しそうで慕ってるんだなぁ、なんて呑気に笑ってしまった。

 食事を終えてカウンターまで皿を下げると女性が走ってきた。


「斑目くん! 帰り際にごめんなさい、聞きたいことあって……!」

「……。」


 あれ、この人確か本田さんの見送りに来ていた人か。

 隣の人は相変わらずめちゃくちゃ嫌な顔をしている。嫌な顔は如実に出るんだよな、この人。


「千里さん。」

「分かったよ。先帰ってる?」


 さすがに家主不在の家にお邪魔するのは忍びない。せっかく仲良くなったのに変なところに触って距離置かれても寂しいし。


「少しだけ玲夢ちゃんの様子見てきてもいいですか?」

「いいけど……。俺が怒るって言っていいから加地さんには捕まらないでよ。」

「分かりました!」


 何やかんや面倒見がいいのかな。

 俺と女の人がにやにやしていると、不機嫌そうに頬をつねりあげられた。あ、でも雪花さんよりは弱い。


 千里さん達と別れた後、ふと外を見てみる。

 こんな世界でも天気ってあるみたいで、食堂に行く前に不穏だった空は案の定、ゴロゴロと怪しい音を立てている。雨もポツポツと降っているみたいだ。


 慣れた廊下を歩いていると、何やら話し声がする。

 なんだろう、覗いてみると加地さんがスマホで何かを話している。

 耳を澄ましてみると、どうやら女性の声が聞こえる。もしかして、さっき交代の時に言いかけたのってこのことか?


「そろそろ夜だから子どもも寝るしさ。そうしたら抜けるから。え〜、大丈夫だって。だいぶ数減ってるし。ーーちゃんとーーくんはさっき鍵出てて。そう。」


 え、これ個人情報じゃねぇか?

 しかも、まだ子どもも寝る時間ではない。不安も抱えている子どもを放っておくなんて、人としてどうなんだ。

 俺はつい顔を顰めてしまう。



 ただ、こういう時にトラブルっていうのは重なるもんで。



 唐突に建物の中まで響く轟音が鳴った。

 それと同時に建物中の電気が落ちる。どうやら雷が近場に落ちて停電になったらしい。

 近くにいた加地さんも小さくうおっと声をあげた。


 少し遠い場所から子どもたちの悲鳴が聞こえた。

 俺も向かった方がいいか、そう思った瞬間だった。


 暗闇の中を小さな影が通り過ぎたような気がした。

 そして、なぜかそれが玲夢ちゃんではないかと本能的に思った。


「玲夢ちゃん!」

「えっ、真紘くん!?」

「行きますよ、加地さん!」

「ちょ、え、この暗闇の中!?」

「スマホあるでしょ!」


 ああ、そうだと呑気に言う加地さんを無視して俺はスマホで廊下を照らす。やはり、玲夢ちゃんぽい子どもが廊下を走っていた。

 本当は加地さんを置いて行きたかったけど、自分が迷子になっては元も子もない。俺は戸惑う彼を強引に引きながら廊下を走る。


「待って待って真紘くん! どこ行くの!」

「この暗闇の中、女の子が1人で走ってるのに置いてくとかバカですか!」

「いや、他の人呼んだ方が……。」

「行きますよ!」


 俺は加地さんを無理矢理引っ張りながら見覚えのない道を走る。途中ここに繋がっているのか、なんて思う道もあったけど目をくれている暇はなかった。

 何度も名前を呼ぶが止まってくれない。

 てか、全力で走ってるのに追いつけないとは何事か。


「待ってってば!」

「ああ、もう!」


 加地さんを引いていた手を離した。

 この廊下は見覚えがあったからだ。

 ここは記憶の世界に行くためのマンホールがある部屋に続いている。


 俺が部屋に飛び込むと、ちょうど玲夢ちゃんがその扉に乗っていた。


「玲夢ちゃん、待って!」

「いやだ!」


 その叫びと同時に彼女の足元が光る。

 俺は光源であるスマホを放り投げ、咄嗟にあるものを掴みながらも彼女に駆け寄る。泣いている彼女をこのままにしてはいけない、そんな本能に従って。

 玲夢ちゃんは悲痛にも叫ぶ。


「誰も玲夢のこと見てくれない! それならお家に帰る!」


 この時俺は後悔した。


 千里さんを説得して俺は今日だけでもこの子に寄り添うべきだった。大人だから分別をつけなければ、そんなことを考えていたんだ。

 俺は空いている手で玲夢ちゃんを抱きしめたが、それと同時に足下が消えた。


 まずい、落ちる。


「加地さん!」


 俺は咄嗟に振り向いた。

 だが、視界に映ったのは、息はすでに整っているにも関わらず、怯えた顔で後退し、部屋から逃げようとする彼だ。

 俺は持っていたものを手放し、扉の淵に手を伸ばしたが自由落下は始まっており、届かなかった。


 不幸中の幸いは、玲夢ちゃんが俺に抱きついてくれたことだろうか。


「怖いよおおおお!」

「……ッ、」


 身体は落ちていく。

 だけど妙に頭は冷静で、必要な道具ー通行証を兼ねるリストバンドーを持ってなかったなとか考えてしまう。

 一方で、残念なことにこれから向き合わなければいけない彼女の過去の記憶についてどうすべきかは浮かばなかったのだけど。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 救助人不在で、しかも始めからパニックの玲夢とのダイブ。どう考えてもやばいのでは。 玲夢はそもそも幼稚園児じゃなかったのか。タイミングと見た目から勘違いされるのもしょうがないか。 加地さ…
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