14.期間限定の相棒
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本話から少しだけ長めのお話です。
「おし、掃除完了。」
俺は今日から5日間の留守番だ。
ことの始まりは昨日の終業。
「明日から5日間地区外の応援に行ってくるから事務所は休みでいいからね。……早く終わるかもしれないけどね。」
「分かった。事務所の換気だけ来る。」
「それくらいだったら俺がやっときますよ!」
「……なら交互にしよう。1、3、5日目はアンタ、残りは私。」
「了解です。」
つまり俺は換気と掃除以外は休みということ。
なら、貰った給料で買い物行ったり地区の反対側の探検に行くか。あとは、役所にも行きたい。
「仕事は受けないようにね。お手伝いくらいだったらいいけど。」
「何か頼まれたら連絡しますね。最近覚えましたよ、ホウ・レン・ソウ!」
「よろしい。」
報告連絡相談、ないと雪花さんにどやされる。
この時俺が順調に教育されていることに対して、先生が苦笑しているのには気づかなかった。
俺は一通り事務所の掃除を終えて、窓を閉めていく。
換気も終わったし、あとは戸締りだけ。この後、どこにいくかな。
俺が事務所から帰る準備をしていると、慌ただしく事務所の階段を登る音がした。何だろう、俺が振り返ると同時に扉が勢いよく開かれた。
「メール無視するなんてひどいじゃないですか、東雲さん! ……あれ?」
「いらっしゃい、と言いたいところですけど今日から5日は東雲さんが出張なのでお休みっす。」
「え、じゃあ君は?」
スーツの、東雲先生と同世代くらいの男の人が不思議そうにしている。慌ててきたのか汗を拭っていた。
「俺は助手です。今日は休みなんすけど、換気のためにきただけです。」
「じゃあ時間があるわけだね!?」
「えと……まぁ?」
何かすごく嫌な予感がする。
男の人が俺の腕をがっちり掴む。
「困ってるんだ、助けてください!」
「え?」
「ありがとう!」
オイ、誰も首を縦に振ってないぞ。最近思うけどこの世界の人マイペースすぎないか。時々みんな常識をどこに置いてきた、みたいなことがある。
俺は無理矢理腕を引かれながら男の人に事務所の外に連れて行かれた。
彼の向かった先は見慣れた役所。
中は騒がしく、職員の殆どが疲労を滲ませており、異様な雰囲気だった。俺が役所の奥に連れて行かれると、目を吊り上げた志島さんがこちらにズカズカとやって来た。
「抜けたと思ったら加地くんは……。」
「すみませんでした! でも、俺、死した身体だとしてももう耐えられません! もう子どもの相手と通常業務の並行なんて無理です!」
「子ども?」
あ、つい口を挟んでしまった。
連れてきた男の人に肩をがっちり掴まれた。
「近年稀に見る騒がしさなんだ! 高層ビルの火災と幼稚園バスの事故、ある地区の停電のせいで【半生人】がたくさん来ちゃったんだよ!」
「……情けないことに、人手が足りなくてね。特に子ども達の面倒が見切れなくて。」
「子どもは殆ど【半生人】でいつ鍵が浮かぶかも分からないから役所の人がついてないといけないんですよー!」
休憩もできないし! と泣き出す始末だ。
通常業務も3倍、子どもの面倒で休む間もない。かといって事情を知らない人に手伝わせるわけにはいかない、ということか。
「あの、難しい業務は無理っすけど子どもの面倒みるくらいなら大丈夫っすよ。鍵が出たら連絡すればいいんすよね?」
「そう、必ず2人1組だから、相方に言ってくれればいい! いいですよね、志島さん!」
男は必死に迫るが志島さんは首を横に振る。
「彼の事務所は休みなんだから彼も休みだ。それに彼は未成年だ。そこの了承は東雲くんにとらないと、」
「いらないでしょ。」
突然背後から聞き覚えのある声がした。
髭が生えており、眼鏡をかけているが、間違いなく斑目さんだった。どことなくもっさりしてる。
「だがな、斑目くん……。」
「この子はこの世界に来た時からちゃんと自分で選択していた。甦りを保留にして事務所で働くことを選択、その上でちゃんと業務をこなしてる。なら、決定権があるのはあくまでもこの子。報告だけすれば十分。」
「しかしだな、外部の人間をこちらの不手際で……。」
「この場で東雲さんに報告してもらいましょ。」
あの人もそう考えると思うと言いながら、すでに自分のスマホっぽいので電話をかけている。
「あ、東雲さん? 斑目。そっちの助手日勤帯で借りたいんですけど。はい、ああ、俺がつきますよ。それでいいですか?」
何か話がサクサク進んでるなと思いながら、見守っていると斑目さんはスマホを俺に差し出してきた。志島さんの不安げな視線と、男の人の爛々とした視線を浴びつつ、スマホを耳に当てた。
「もしもし、日笠です。」
『日笠くん、大変なことに巻き込まれたみたいだね。日勤帯、斑目くんと組んで子どもの面倒をみる手伝いだけど。どう、できそう?』
「できます! やりたいです!」
俺が食い気味に言うと、周りの職員や利用者の視線が一瞬集まった。
電話の先からは予想通りと言わんばかりの笑い声が聞こえた。
『なら、報酬とかは斑目くんと話して。換気は雪花さんに任せておくから。何かあったら彼か志島さんに相談すればいいからね。』
「分かりました!」
先生から直々に名指しがあるということは信用に足る人物なんだろう。雪花さんは個人的に仲悪いみたいだけど。
俺が電話の内容と、手伝うことを告げると加地さんは舞い踊り、志島さんには何度も頭を下げられた。
斑目さんが顔を洗ったり髭を剃ったりしている間に職員用のジャージに着替えた。
俺の仕事は主に子どもの相手。斑目さんも付き添ってくれるが、彼は何やら作業と並行しなければならないらしいから、主戦力は俺だ。頑張ろう。
眼鏡のままではあるが、見慣れた斑目さんが戻ってきた。手には軽食と飲み物2本が抱えられていた。
「悪かったね、うちの同僚が。」
「いえ、俺子ども好きなんで大丈夫っすよ。むしろ斑目さんが俺のこと大人扱いしてくれたのが嬉しかったです。」
「そう?」
理解できない、というような顔をしていたあたり、本当に俺のことを大人と認めてくれているのだろう。
俺はこの時、ふと先日のことを思い出した。
「そういえば、この前の本田さんの時はすみませんでした。偉そうなこと、いや、訳のわかんない難癖を言ってしまって。」
「ああ、物理的に圧があるってやつ?」
「……そっす。」
何となく肩身が狭い。俺がモジモジしていると、相変わらずの無表情で斑目さんはあっさりと言ってのけた。
「別に怒ってないよ。事実だったし。」
「えぇ……。」
確かに斑目さんの表情を見る限り気にしていないようだけど。気にしなくていいのかな。
そんな話をしているといつのまにか保護施設に到着していたらしく、扉を開くと無法地帯と化した空間が広がっていた。
加えて、子ども達の面倒を見ていた職員さんが明らかに助かったという顔をしていた。
「あっ、千ちゃん!」
「またロボット動かしてよー!」
「あとで。それより、今から職員変わるから大人しくしなよ。」
「「「はーい。」」」
意外にも暴れていた子ども達を手懐けている。
俺がぱちくりと瞬きしている間に、夜勤の職員さん達は数言申し送るとさっさと退散していった。お疲れ様です、と俺も頭を下げた。
「なぁ、千里。そっちの兄ちゃん誰ー?」
「……誰だっけ。」
「忘れちゃったんすか!?」
斑目さんがあっさり頷くもんだからちょっぴり悲しくなった。
幸い、子ども達は俺に興味を示してくれたらしい。ざっと見て20人くらいだろうか。意外にも泣いてパニックになっているような子はいなそうだな。
俺はこの注目を利用して自己紹介を済ませることにした。
「よーし、みんな注目! 俺は日笠真紘、17歳! 今日から5日間、斑目さんの助手なんで一緒にどうぞよろしく!」
「まだらめさん……?」
子どもの1人が首を傾げた。
斑目さんを斑目さんと認知していないのか? 俺もつい揃って首を傾げると、少しだけ雰囲気を和らげた斑目さんに肩を叩かれた。
「改めて、俺はデータ管理課の斑目千里。子どもは斑目ってピンとこないみたいだから千里の方が通じる。」
「あ、そうなんすね。なら俺も真紘の方がいいのかな?」
「アンケートとってみなよ!」
子どもから助言を受けた。しっかりしてるな。
日笠がいい人、真紘がいい人で多数決。圧倒的に真紘が勝利した。
「よろしく、まーくん!」
「まーくんか。よろしく!」
俺が挨拶を返すと子ども達は嬉しそうに笑った。
それから、俺は子ども達と話して1人1人の名前を覚えた。今回は幼稚園バスの事故、男児11名、女児9名の計20名がここにいる。
幸い死者は出ておらず、全員が【半生人】であり、すでに2名が現世に戻っているそうだ。子ども達には敢えて現世窓や記憶の世界は見せていないらしい。
天上の門から現世に甦る時、安心して帰れるよう複数人が帰れる状態になった時点で帰す、そのようにしている。
ちなみに、職員達は手こずっていたが、斑目さんもとい千里さんは意外にも子どもの扱いが上手いらしい。おやつを出すタイミングも、それに出し方もロボットやゲームを用いたものだから、みんなが夢中になっているため、こちらとしては見守るだけで済んでいる。それに昼寝の誘導も上手い。
いかんせん運動やごっこ遊びは苦手らしいので、そこは俺がカバーしている。
千里さんは俺が来て手間が減った分、子どもを蔑ろにしない程度にパソコンに向き合っている。後ろからチラッと見てみたけど数字の羅列でよく分からなかった。
雪花さんは仕事をサボるだとか時間を守らないだとか散々な言いようだったけど、凄く真面目な人な気がする。
子ども達が昼寝をしており暇な時間、俺が千里さんの作業を凝視していると、視線に気づいたらしい千里さんはこちらを見た。
「何か用?」
「いえ、雪花さんは千里さんが仕事をサボるって言ってたけど真面目にやってるなぁって。」
「いや、雪花の言う通りだけど。」
え、と目を丸くしてしまう。
そんな俺の視線を誘導するようにモニターを叩く。そして、悪い顔をした。1番生き生きしている気がする。
「何のデータだと思う?」
「……仕事の、何か便利なAIとか?」
「役所内防犯カメラのハッキングプログラム。」
たぶん、俺はこの時点でドン引きしていたと思う。さらにこの後の千里さんの言葉は恐ろしいものだった。
「仕事ができなくててんてこ舞いになってる人を見てる。」
「手伝わない……?」
「業務外のことは自らはしない。」
「……ちなみに何で今回子どもの面倒を見るなんて?」
「サボれるし、テンパってる人たちの近くにいると仕事押し付けられる。それなら子ども見てる方が勉強になるしいいアイデアをくれる時があるから有益。」
この人、たぶん頭いい変人だし、絶対に無駄と思ったことはしないタイプだ。ここでやっと雪花さんの言葉の意味がわかってきた気がした。
俺がうんうん言っていると、千里さんはニッと子どもっぽい笑みを浮かべた。
「ま、妙に慎ましい割に、あれだけ堂々と意見を言う度胸がある真紘に興味があったっていうのもあるけど。」
この人、こんな笑い方する人なんだ。
そして、こっちに来て初めて名前を呼ばれてちょっと嬉しかったのは内緒だ。
【登場人物】
斑目千里
24歳、システムエンジニア、180cm
性格:無気力、マイペース、リアリスト
アッシュ系の髪で猫っ毛のためいつも寝癖がついている。垂れ目の優しそうな雰囲気だが、その口から出るのは辛口コメント。頭はいいらしいがそれが主に生きるのは仕事をサボることと娯楽。運動は滅茶苦茶嫌い。




