13.霧崎雪花は仕事人
誤字報告ありがとうございます!
後半に少しだけ生々しい記載があります。
苦手な方はご注意ください。
あの後すぐに本田さんは甦りをした。
俺たち3人と志島さん、データ管理課の同僚が数名、そして意外にも受付対応の職員達が来ていた。
理由を聞いたところ、面倒なクレーマーが来た時、本田さんに相談するといくつか対応策を提案してくれていたそうだ。
しかも、異動の話に関しても彼が受付担当の職員から熱望されていたことが理由らしい。
それを聞いた彼は涙を流しながらも背中を伸ばして天上の門から現世へ帰っていった。
その翌日。始業の時に俺はあるものを手渡された。
最近は通勤用のバスカードの手渡しは諦められた。
「おお、これが事務所の鍵!」
「うん。試用期間は終わり。改めてよろしくね、日笠くん。」
「よろしくお願いします!」
「よろしく。これで忠犬みたいに出入り口で待つ必要無くなったね。」
「忠犬って……。」
雪花さんにふっと笑われた。確かに言われてみると忠犬みたいな感じだったかもしれない。せめて番犬に昇進したい……、いや、この2人俺より強いだろうし番犬は要らないか。
さて、と東雲先生は話を始める。
「今日は僕は他の事務所の手伝いに行く。雪花さんも他事務所の救助者として手伝い、日笠くんは報告書の提出と一緒に雪花さんの仕事を見学しておいで。」
「了解っす!」
確かに、俺は過去の記憶に飛び込むばかりで穴の外で残る側が何をしているかが分からない。
勉強になるだろう。
それにーー。
「ついでに斑目くんに謝っておいで。」
「うぇ、何でバレてるんすか!?」
俺が頭の中で考えていたことを先生はあっさり読んできた。
実は、みんなの前であんな風に責めてしまったことを後悔していた。あの人、特に何も言ってなかったけど多少は嫌な思いをしたはずだ。
「まぁ、アイツは気にしてないから放っておいていいと思うけどね。」
「僕も正直気にしてないと思うよ。」
「えぇ、2人とも鬼メンタルですか!? 俺だったらちょっとだけ嫌だ!」
「ちょっとなんだ。」
先生が苦笑いをしていた。それを横目に雪花さんは別室から荷物を持ち出すと、行くよ、と声をかけてきた。
「あ、それと私は絶対アイツとの場に同席しないから。」
「何でそんな仲悪いんすか。」
「嫌いなもんは嫌いなの。」
ああ、この人も圧が強いんだよなあ。
俺はその場では、そっすか〜、としか返すことができなかった。
俺は役所に行ってから、雪花さんと一度別れた。
雪花さんは救助作業をするために着替えに行ったのだ。俺は元々動きやすい格好なもんだから、その間に報告書の提出に行ってしまう。
受付には志島さんがいた。
斑目さんがいるか聞いてみたが、どうやら今日はサボりらしい。といっても、パソコンが自動で動いているらしく、本体がいないだけで仕事はしているそうだ。
想像よりハイスペックな人間なのではないか?
雪花さんにそのことを伝えるとやっぱり、と呟いていた。
まぁ、会えないもんは仕方ない。
俺は頭の中を仕事モードに切り替える。【半生人】だしまた会う機会はあるだろう。
「で、雪花さん。今日の仕事は?」
「午前1件、午後1件。アンタはとりあえずみてて。」
「分かりました。」
雪花さんは呼ばれた部屋にスタスタと歩いていく。
俺は主に荷物係であるがいかんせん荷物が重い。
何やらよく分からないUSBやワイヤーロープ、耐熱・耐水性のあるグローブやブーツ、ゴーグル。通信機。その他諸々。
部屋にたどり着くと、支援を依頼した他事務所の人たちと依頼主がすでに待っていた。
「今日はウチの事務所のルーキーもいます。よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
「そうか、この子が……。よろしくな。」
どうやらよく手伝いをしている相手らしく、いぶし銀な男性と仕事ができそうな綺麗な女の人が頭を下げてきた。割と新しめのコンビだが、2人の仕事は的確であり評判もいいそうだ。
「じゃあ、頼むな。」
「はい。」
雪花さんの指示の元、準備を淡々と済ませる。
「このパソコンとモニターはこの端末につけておく。うっかり忘れたら後付けでも大丈夫。扉が開いたら、この探査機を投げ入れる。」
「パソコンとモニターで中の様子を探るんですね。」
「そう。この探査機で『人の感情の昂り』を読み取る。過去の記憶の世界で何が起きているかが分かる。ただ1つ注意点があってね。」
「注意点?」
「そう。これは、入ると同時に投げ入れないといけない。逆にこれを入れる時に同時に入れば何があってもこの探査機が、中に入った人たちの魂を見つけてくれる。」
逆に救助者もまたその小さいタイプの探査機を背負う。ちなみに持たせてもらったが、かなり重い。これを持って災害救助みたいなことをすると考えると悍ましい。
「準備は整ったか?」
「はい。」
そう言うと、3人は記憶の世界に飛び込んだ。
雪花さんは同時に探査機を投げ込み、モニターを凝視している。
サーモグラフィーみたいに3人がいるっぽい区画に青い影が動いている。これが暖色になればなるほど感情の昂りがあり危険、ということを示しているらしい。
10分ほど見ていると、影の1つがオレンジになった。しかし、徐々に黄色、緑と寒色に戻っていく。
「入った人のうち、過半数が赤、または誰かが白になったら基本的に私たちは飛び込む。ちなみにアンタは何があっても黄色。東雲は青。」
「あ、そうなんすね。」
俺は大概興奮しているらしい。せめて緑にはなりたいものだ。
数分すると、涙をこぼす依頼人とそれに寄り添う女性、落ち着いた様子のいぶし銀が戻ってきた。新設にも関わらず落ち着いていて凄い。これが人生経験の差か。
午前中の仕事は無事終わり。
役所併設の食堂で食事をとった後、次の仕事の説明を簡単に受ける。
「次はちょっと大変だよ。」
「そうなんすか?」
「うん。あまり成功率は高くない事務所だから。それに依頼人が20代女性。なかなかセンシティブな記憶になると思うよ。」
「……ふと思ったんすけど、何で付き添いは必ず【半生人】なんすか?」
「気づいてたんだ?」
もちろん気づいていた。仕事の中ですれ違う人たちの過半数が頭上の輪を持っていない。対照的に役所の人たちや、少ないが救助者は輪っかを持つ、つまりは故人が多い。
「記憶の世界では、故人の魂は耐えられないからね。」
「救助者では時々いますよね?」
「うん。救助者はあくまでも5分以内に救助しなければならない。それはギリギリ故人の魂でも耐えられる範疇だからね。」
なるほど。この前、先生が言ってたけどこの人は救助率100%、全て5分以内でこなしているということか。
そんな話をしながらも、雪花さんは報告書を打っている。
「……ちなみに雪花さんって何の勉強してたんすか?」
「私は大学で看護師の資格をとるために勉強してたよ。まぁ、経済的に恵まれてはいなかったから奨学金とかバイト代で何とか生活してたけどね。」
「何か身のこなしが軽いんでスポーツ推薦とかだと思ってました。」
「どちらかと言えば人体の急所をよく知ってるから、うまく使ってるだけだよ。」
何か恐ろしいこと言ってる。
ぱっと見怖いけど、声が落ち着いてるし何やかんや優しいから看護師に向いてるだろうな。
「何か失礼なこと考えてる?」
「いいえ。病院にいたら安心だなぁって。」
「……あっそ。」
あ、照れた。
頬杖をつきながら笑っていると足を柔らかく踏まれた。なぜ。
その後、午後の現場に向かった。
明らかに不安そうな依頼人と思われる20代の女性、そして踏ん反り返っている若い男の人と思慮深そうな女性がいた。
確かに午前の2人と比べるとぱっと見も不安だ。雪花さんも午前よりどこか気を張り詰めているように見えた。
「ああ、噂にはかねがね聞いている。よろしくな。」
「今日はウチのルーキーも助手として入ります。よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
偉そうな男以外は丁寧に挨拶をしてくれる。俺も雪花さんと合わせて頭を下げた。役所の人も少しだけ目を細めていたから、この男の人はいつもこんな感じか目に余るタイプの人なんだろうな。
俺は気を引き締めて準備をする。
午前中集中して話を聞いて、昼メモに記したおかげかスムーズに準備の手伝いができた。
決して口にはしないが、雪花さんは満足げな表情をしていたから十分褒めてもらったようなものだ。
すぐに飛び込む準備が整った。
3人はそれを認めると、午前と同じように記憶の世界に飛び込んだ。俺と雪花さんはモニターを注視していた。
男だろうか、彼も俺と同じで入った時点で黄色になっている。付き添いの女の人は安定しているが、依頼者の女の人は不安定だ。
どのタイミングで行くべきか、俺が少しだけ目を細めると、雪花さんは一瞬でストップウォッチを押し、枠を飛び越え宙をまう。
「行くから。」
その声を聞いた時にはすでに3人がいる記憶の世界に入っていた。ええ、かっこよ。
救助者の腰にはワイヤーが繋がっているのだが、救助者がボタンを押せば一気に引き上げられる。だから、混乱している人を羽交い締めにし、残りの落ち着いている人は自分で脱出または救助者の手足を自分で掴むようにさせるのが普通らしい。ただワイヤーも故人の魂と同じで5分くらいしか保たないらしいが。
モニターを見てみると、尋常じゃない速度で3人に青い魂が近づいていく。
そして1分30秒時点、一気にワイヤーが引き上げられ始めた。想像以上の速度だ。
モーターが起動してから10秒、勢いよく穴から4人が飛び出した。
雪花さんはかっこよく着地し、女性2人も何とか無事に着地させた。男は放り投げられていたが。
「大丈夫っすか!?」
「ああ……大丈夫だ。」
「中で何かあったんすか?」
「彼女、事故による意識不明なのですが、そのシーンを見た途端感情を昂らせてパニックに陥りまして。それを止めようとしたらこの人まで……。」
「う、うるさい仕方ないだろ! この年頃の女性は難しいんだ!」
プライドだけ高いのかよ、面倒くさ。
大丈夫だろうか、雪花さんの方を振り返ると彼女はパニックになり頭を抱える女の人をずっと抱きしめていた。重い機材を背負ったまま、ずっと。
「いやよ! あんな身体に生き返るなんて無理! 手足ならまだしも顔があんなにぐちゃぐちゃなの、死んだ方がマシよ!」
曰く、事故は軽自動車との衝突だったらしいが、身体が車に引っかかり顔面が引き摺られたそうだ。話に聞いて自分の身体がそうなっただけでも吐き気を催しそうなのに、年頃の女性がそんな目に遭うなんて想像したくない。
確かに、男の人が言うようにかける言葉を選ぶことは難しいかもしれない。
でも、何もしないなんてできない。
俺は雪花さんの元に毛布を持っていく。
何か飲んだら落ち着くだろうか、そう考えに至ると、付き添いの女性が慌てて準備してくれた。男は呆然と座り込んでいるだけだ。
「貴方、何もできないなら現世窓の準備でもしてきたら。」
「……ッ、言われなくても!」
女性の言葉に男は顔を赤くすると、狼狽えていた役所の担当者と準備を始めた。
俺は何ができるだろう。
悲鳴のような声を受け止めながら雪花さんはずっと大丈夫、大丈夫、と依頼人に声をかける。しかし、依頼人は雪花さんを突き放すとギロリと睨みつけた。
「あなたには分からないでしょ!? そんな綺麗な顔してるんだもん! いいよね、男の人にモテるでしょ!? ちやほやされて、生き返ったら幸せが待ってるんでしょ?」
「……。」
一瞬だけ、傷ついた顔をした気がした。
ここらは俺は反射で動いた。
後から先生にも雪花さんにも怒られたけど、考える前に行動に移してしまうのは本当に短所だと思う。
俺は依頼人に向けて言い放っていた。
「あなただって分からないでしょ、雪花さんのことは! この人がいつモテたいって言ったんですか!
アンタが傷ついてることは間違いないし、可哀想だと思うけど、それが雪花さんを傷つけていい理由にはならない!」
「……!」
俺の怒鳴り声で冷静になったらしい。依頼人は八つ当たりをぴたりと止めたが、それと同時に俺の頬に本気のビンタが入った。絶対口切った。
「誰がいつ傷ついたって? アンタが怒鳴るのは筋違い。謝りな。」
「アッ、スミマセン。依頼人さん、すみません。」
「いや……あの、私も、八つ当たりでした。」
その光景を見ていた女性が、依頼人に優しく毛布をかけるとお茶を手渡し、ゆっくりと告げた。
「ーーさん、実はね。今の時代保険で顔の形成ができることもあるのよ。だから、あなたが望めば可能な限り再生させることができるかもしれない。」
「え、そうなんですか?」
彼女は安心させるように微笑んだ。
「そう。だから、後遺症のことはもちろんだけど、今から貴女が生きたいか、生きたくないかを選んでほしいわ。」
依頼人は少しだけ考え込む様子を見せると小さく頷いた。
あの後、結局依頼人は甦りを選択したらしい。
俺たちの元に謝りに来てくれたけど、俺も本当に余計なことを言ってしまったと思うし、あの状況の女性を怒鳴るなんて冷静でなかった。いい人で良かった。
男には睨みながらお礼を言われた。女の人は報酬に加えてお菓子をくれた。
それより、俺は雪花さんの説教が滅茶苦茶怖かった。
とにかく怒られた。
「まぁ、反省したならいいけど。今後は気をつけてよね。」
「はい……。」
まぁ、怒られるうちが華って言うし。今回は俺が先走ったからしかたない。
「さっさと帰ろう。報告書ももう終わったし。」
「はい……。」
俺は荷物を持つ。足引っ張ったし、これくらいはしないと。
帰ろうと歩き出すと、急に後ろに身体が引かれた。何だろうと振り返ると気まずそうにしながら雪花さんが俺の服の裾を握っていた。
「ど、どうしたんすか? 体調悪いとか……?」
「ここからは、探偵事務所の私じゃなくて、霧崎雪花個人の言葉だから。」
「はぁ……?」
意味が分からず俺はつい首を傾げてしまう。とりあえず向き合わなければならない気がして身体の向きを変えた。
雪花さんは視線を逸らしながら辿々しく話していく。
「……その、さっき依頼人に言った言葉だけど。本当はアンタの言った通りだよ。」
「そうなんすか?」
うん、と彼女は頷いた。
ただ、この後の言葉を紡ぐ彼女は晴れた顔をしており、どこか懐かしそうにしていた。
「私はこの顔嫌いだし、男にモテたいっていうのも思ったことがないから。正直傷ついた。でも、アンタがあんな風に怒ってくれて少しスッキリした。ありがとう。」
「うす。」
「さ、帰るよ。」
まだ彼女の事情は知らないし、本音とか、性格とかも理解できない部分はたくさんある。
でも、今日は新しい仕事に加えて、今まで知らなかった一面を知ることができて、俺は散々怒られたけど満足な日だった。
【登場人物】
霧崎雪花
20歳、大学生、160cm
性格:クール、不器用、情に厚い
二重だが鋭い吊り目であり口元にホクロがある。黒髪をうなじで1本に縛っている。医療系の大学2年生だったそうであるが講義は最低限、バイトに費やすことが多かった。過去の経歴は今のところ教えてくれる気配はない。こちらの世界に来てからは専ら救助者として働いており救助率は100%とのこと。運動神経は異常に良い。
ちなみにですが、今回登場したいぶし銀、今後出てくると思われます。よければ覚えてあげていてください。笑




