1.ここは黄泉の国
人は死ぬとどこに行くのか。
天国? 地獄? はたまた無の世界? 輪廻転生?
少なくとも、俺こと日笠真紘は何も考えていなかったし、17歳でこんな世界に来るなんて予想もしていなかった。
日笠真紘。高校2年生。
身長173cm、62kg。生まれつきの色素の薄めの髪と瞳、見た目は多分普通。性格はよく大雑把だとか単純だとか言われる。
平凡な俺が何でこんな自分語りをしているのか。そんなもん俺が知りたいくらいだ。
何が起きたのか。
俺には理解できなかった。
目の前には雲のようなふんわりした床に、現実ではありえないほどの巨人、まるで神様のような人がいる。
そして、その横には漫画のように神官という人々が並び、自分を見て何か困ったような表情で審議をしていた。頭の上に輪っかもあり、もしや自分の頭の上にもあるのだろうかと何にも触れない頭上を確認してみる。
『おい、童。』
「はっ、はい!」
声が裏返った。
いやいや、仕方ないだろう。こんな見たこともない巨大なおじさんに声をかけられるとは。
『巨大なおじさんではない、神であるぞ。』
「オレ、口に出しました!?」
「話せ……、ええい貴様、神様に向かって失礼だぞ!」
「やっぱり神様なんですか!?」
「繰り返し無礼を……!」
『あまり怒鳴るでない。』
俺は現状が把握しきれなかった。
だが、自分が話したことに対して神官らしき人たちが驚いていたことは容易に理解できた。ちなみに俺は勉学は好きでなかったが、決して頭の回転は悪くないとは思う。
どうやら自分がこの場での異物らしいこともすぐに理解できていた。
「えっと……。もし、俺、邪魔なら出ていきますが。」
「許されるか! この場に留まれ!」
何なんだ、この失礼な人達は。
俺は内心でため息をついたと同時だった。
『鎮まれ、神官どもよ!』
場に声がビリビリと響いた。つい、小さく悲鳴をあげるとすでに座り込んでいた俺は後ずさった。
神官でよかったらしい。彼らは背筋を正すと先と同じように一様に並んだ。
『童よ、騒ぎ立てて申し訳ない。我は神、貴様のことはよく知っている。貴様以上にな。』
「オレ、以上にですか?」
『ああ、今童の身体が死にゆく道を歩き、彷徨える魂であることも。』
その言葉を聞き、体は強ばる。
それと同時に、自分は死んでしまったのかと心の中に黒い靄が蠢く。
場を沈黙が包んだ。
俺は意を決して口を開いた。
「……俺は、これからどうなるんですか。」
俺が尋ねると、神様は神官に視線を送った。
すると、1人が前に1歩出た。
「日笠真紘、君は何を覚えている?」
「何って……。」
「家族は?」
「家族……。」
あれ、と首を傾げる。
おかしい。自分の名前は分かるが、家族の名前や顔が思い浮かばない。よくよく思い返すと、小学校や中学校の記憶も朧げな上、高校に至っては殆ど思い出せない。
頭を抱える俺の様子を認めた神様達は再びアイコンタクトをした。
『どうやら、童の魂は死に向かっているが、決して死んだわけではないらしい。』
「え、は、どういうことですか!?」
『判定を下す。貴様は【半生人】だ。役所に向かわせ、手続きを済ませろ。必要に応じて事務所へ送れ。』
「役所? 事務所?」
突然耳に入ってきた聞き馴染みのある単語に動揺したが、それ以上に神様の合図により突如下に開いた穴にひゅっと喉が鳴った。
「夢なら早く覚めてくれ!」
俺の悲鳴も虚しく、最後に見えたのは穏やかに微笑む神様と神官達だった。
「ーーということがありまして。」
「はは、君と似たような境遇の人も怒りながら同じことを言っていたよ。」
真紘は素直な性分だった。
言われた通り、到着した役所の受付に向かった。
受付は志島武久という白髪混じりの男性が担当してくれた。この世界に来て初めてまともな人に会った気がした。
パニックになる俺に丁寧に説明をしてくれた。
ここは黄泉の国。つまりは死後の世界らしい。
亡くなった人たちが生前の罪を洗い流すことーいわゆる労働ーでポイントとやらを貯め、輪廻転生の流れに乗るための異空間だそうだ。お手軽か。
どうやら俺は死にかけの昏睡している人間、いわゆる【半生人】とやららしく、現実世界では死の淵を彷徨っているそうだ。この世界の5%ほど、少なめだ。実際目の前の志島さんにだって頭の上に輪っかが浮いている。
今案内された役所では、住民登録と居住区の割り当てが行われた。黄泉の国と言いつつ妙に現実的なのは少し笑った。建物も妙に西洋チックで、地面も雲みたいに白いのに。
「なんか想像してた死後の世界と違うっつーか……。」
「はは、私も死んでなお働くとは思わなかったさ。でも、働いた方が早く来世にいけるからな。」
一通りの書類を書き終えて独り言を零すと、志島さんも苦笑いしながら言う。
働いた方がポイントが貯まるんだ。へぇ。ポイントって何だよ。
色々飲み込みつつ俺はこれからのことを尋ねた。
「でも、死んでない俺はこれからどうすればいいんでしょうか?」
「【半生人】の人はいくつか過ごし方がある。
1つ目は私たちと同じ就業しながら気ままに過ごす、2つ目は娯楽もなくニートとして気ままに過ごす。」
どうやらこの世界に学校はないらしい。
でも、さすがに2つ目はいただけない。俺のその考えを察したらしい志島さんは立てていた指を3本にした。
「3つ目、元の世界に帰る。つまりは『甦り』をする、ということだ。」
「そんなことができるんですか!? なら、3つ目でお願いします!」
それが可能ならば俺は即刻帰りたかった。
生きていた時のことを思い出せない、そのことが俺にとって焦りとなっていた。
志島さんは即断即決した俺に一瞬目を丸くしたが、何やら書類を記入すると後方の輪っかのある職員に声をかけた。
「おーい、日笠くんを探偵事務所に連れて行ける人いるか?」
「今日は甦りと死亡者が多すぎて手が空いていません! アイツは多分手が空いてますよ!」
「……仕方ないな。」
アイツ?
俺は不穏な空気を感じながらも、目の前でどこかに連絡する志島さんを見つめた。
暫くすると高身長なイケメンがやってきた。
少しだけスーツを着崩しており、俺と同じで輪っかはない。気怠そうにしながらも、志島さんに何かを言われながら書類を渡されて、カウンターの向こうから俺の方に来た。
「日笠くん。彼が甦りをするために必要なことを説明してくれる場所に連れていってくれる。」
「分かりました、ありがとうございます! お兄さんもよろしくお願いします!」
お兄さんは俺が勢いよく頭を下げたせいか、一瞬だけ驚いたようだった。
そんな俺の様子を見ながら、志島さんは優しく微笑み俺に向けて呟いた。
「君の坂道に幸あらんことを。」
坂道? どういうことだ?
その場には俺の疑問に答えてくれる人間はおらず、俺は促されるままお兄さんについて行った。
読んでいただきありがとうございます!
新連載となります!
本日は2話更新、次回より1〜2日に1話の頻度で更新になるかと思います。
よろしくお願いします。