待つ女
湿った空気。
曇り空。
公園。
ここは関東で5本の指に入る最恐の心霊スポット。橋上からの自殺者が絶えず、手すりにフェンスまで立てられた程。
……の、隣にあるただの公園。
雀宮公園が私の住んでる場所。
住んでる場所と言うか、離れられない場所って感じね。
この公園から出る気も湧かないし、もし出たとしても無意識のうちに公園へ戻って来てしまう。
最恐の心霊スポットに訪れる人たちが、3台しか停められない雀宮公園の駐車場に駐車し、橋へと向かっていく。だから、まったく人が通らない場所では無いけれど、誰1人として公園内には足を踏み入れない。何もない橋に行って、勝手に怖がって帰って行く。
だから、草はボーボー。遊具も錆びてて、土はいつも泥濘んでいる。
私はその方が良い。静かに暮らせるから。
でも、1つ問題があって……。
「やーねー。サチコさんたら、若者言葉を覚えちゃって」
「まじ、ぱねえ。よう言うてるでしょ?橋に来る若者がよう言うてる」
「意味が分かって使ってるのかしら?」
「いいえ?分かりませんよ」
オホホホホと高笑いするオバサン達。
実年齢はかなりの高齢だけど、未練を残した年だったり、1番望む自分の姿が反映されるから、見た目は若いオバサン達。
その楽しそうな声に惹かれて、自由霊のオジサン、オバサン、アカチャン、私みたいな未成年達が集まって来て……。
雀宮公園は霊の溜まり場となった。
「いやあ今日もええ天気でんがな!」
「なーに言ってんのウニオさん。今日は曇りでしょー」
「バカ言っちゃいけねーよ!雲の上はどっぷり晴れてんべー!」
「おんぎゃあ、おんぎゃあ!」
「ねえねえ何する〜?今日もブランコする〜?」
「若えのは外で遊んでなんぼじゃい」
「オホホホホ」
うっるさい……。静かにしてよもお。
「何ねいクルミちゃん。いつも以上に静かやないの」
「あの子いつも不気味よね〜喋らずにずっと私達を睨みつけてるんだもの」
「ね〜何考えてるんだかわかりゃしないわ」
「おんぎゃあ、おんぎゃあ」
遠くの山の葉が、ヘッドライトに照らされる。
橋の反対側だ。
遠くからでもズンズン聞こえる。怖いから音楽を爆音にしてるのね。
「その辺に停めちゃえばよくね?」
「駐車場無さそう!」
窓開けてめっちゃ大声で喋ってる。
怖いなら来なければ良いのに。
「待って!ナビのここ、公園あんじゃん!」
いつもの流れね。
案の定、車は雀宮公園の駐車場に入り、眩しいヘッドライトは私を照らした。音楽で車体が揺れてる。
静かになったファミリーカーから、7人もの男女が降りて来た。
そんな大人数で……。
7人は橋に向かった。興味を持ったオジサンオバサン達は憑いてった。
少しの時間、静寂を堪能できた。
7人はあっという間に戻って来てしまう。
「どうってこと無かったな!」
その内、男女2組は手を繋いでいた。もう1人の女に、男2人がくっ付いている。
駐車場の街頭の下に来た瞬間、繋いでいた手を離した。
「このまま帰んのもアレじゃね」
「おっ!この公園雰囲気すげー!」
えっ?
「うおっ!地面べちょべちょしてね!?雨降ってないよな?」
「怖〜い」
「ねえねえ、帰ろうよ〜」
女達は怖がってる。女の言葉に従って、すぐに帰りな。
「怖がってる顔も可愛いね〜」
「ちょっと〜今そんなんじゃ」
まずい。何か始まろうとしている。
残った数人の霊と、憑いてったオジサンオバサンもガン見してるのに。
私はブランコに手を伸ばす。
パキンっ。ギぃ……ギぃ……。
「え?」
「ブランコ……揺れてない?」
「風か何かだろ?気のせい気のせい」
それでも男は、女に触ろうとする。
「いやマジでヤメて。今ほんとそれどころじゃないから」
思いがけないガチトーンに、男もその気を無くした。
いいぞ、その調子!そのまま帰って。
「肝試しに来たんだろ、それらしいことしようぜ」
女と手を繋いでいた内の1組の男が、呆れたように言った。
「神社とかも無さそうだし、この公園でかくれんぼとか」
ん??
「お、それ良いねえ」
何を言ってるんですか??
ここは私の居場所。家と同じ。
人間だってさ、家にズカズカ入られて、勝手に何かされたら怒るよね。
心霊スポットに行ったり、肝試しをしたり。
それってさ、霊達からしたらいい迷惑なんだよ。
何もしてないのにそっちから来て、勝手に怖がって。
私が何したって言うの。
「もーいーかーい」
返事はしてない。
「さて、どこかな〜」
明るい口調とは反対に、表情は強張ってるよ。
ちょっとばかり、イタズラしてもいいよね。
「狭い公園かと思ったら、結構広いんだな。全然見つかんねえ」
鬼は男。車の持ち主。
ガサガサっ。
「うおっ!あ、今そこで動いたべ」
男は音のした草へ近寄る。
草を掻き分け、男は覗き込んだ。
「……」
男は静かに戻っていく。
そこに何も居なかったんでしょ。アカチャンは居るけど。
ブランコを揺らしてみたり。
枝を弾いて音を出したり。
隠れてる側も気が気じゃないよね。
こんなに怪奇現象って頻発しないもんね。普通の霊はこんなに物に触れないもの。
「ねえねえ、白いワンピース貸して」
「え?何で?驚かすの?」
「ちょっとだけ姿見せようかなって。ほら、私今ジーパンだし。こんな普通の格好してたら霊って思わないかも」
「わかった」
女の子の霊は白いワンピースを脱ぎ、私に手渡した。
腹部に血痕がある白いワンピース。
「ウフフっ」
思わず声が漏れてしまった。
慌てて口を塞いだけど、鬼の男には聞こえたみたいね。
息が荒くなってる。
髪を前に垂らし、首を前に倒す。
ちょこっとだけ足を浮かせてみたりして、準備は万端。
ガサガサっ。
「はっ。おま、ビックリさせ……」
「「見ーつけた」」
「……あっ」
男は私から視線をずらし、車に一直線に駆けて行く。
解錠を意味するランプが点滅。
直ぐにエンジンはかかり、音楽が再生され、それにすらビクついた。
「え?何?」
「は?おい!」
隠れてた男女は車の行方を目で追いながら、唖然として姿を現す。
「はあ!?マジありえない!!あいつふざけんなマジで!!!」
女は思考が追いついたようで、声を張り上げた。
試しに女の手首を握ってみる。
「ぎゃああああああ!!」
やばい、痣になっちゃうかな。
女の悲鳴に連動して、他の男女も公園を飛び出る。
「おっ!こりゃ面白そうでい」
男女を追いかけるオジサンに触れてみる。
「うわあああああ!!なにあのジジイ!!」
「めっちゃ早え!やばいって!」
「マジあいつ絶交な!許さねえ!」
遠のく悲鳴を聞いて、私は目を閉じた。
勝手に入るのが悪いのよ。
「いやあ、恐ろしいわあの子。あんなに物触れるって、何者なのかしらねぇ」
「雀宮公園の強い霊気はあの子よね。思わず吸い寄せられちゃったけど、不気味よねえ」
「あの子って、雀宮公園で自殺した子でしょ?どれだけ強い恨みがあったのかしらね」
「サチコさん、この話はこの辺にしましょう。見てホラあの目つき、私達まで消えてしまいそう」
噂話が好きなのは、死んでも変わらないのね。
寄って来た霊は、死ぬ時に少しの未練で逝くのを先延ばしにした霊。
私は地縛霊。
雀宮公園から離れる気は無い。
離れてなるものか。
アイツが自分の意思でここに来るまで。
アイツをこの手で引き摺り込むまで。
アイツが来るように仕向ける。
色んな霊、人間を使って。
私は待ち続ける。
オマエの為に私は死んでやったぞ。
オマエの為にあんな苦しい想いしてやったぞ。
私は変わらず雀宮公園に埋まってるから。
さあ……。
「私を見つけに来てよ」