6話
「バカですかあなたは。いいえバカですねあなたは。またはアホです」
「はひほふふ」
危うく舌を噛み切られて自害されるところでした。軽いトラウマになっているのでやめて欲しいです。本当に。
わたしはとっさに女性の口の中に魔力の領域を展開し、圧縮も拡大もせずに固定したのです。彼女からすれば口の中にいきなり硬い球が現れたような感覚でしょうか。これで舌は噛めません。
実際にあるのは空気穴を開けておいた魔力の膜なので呼吸に問題はないはずです。念のためしばらくこのままでいてもらいましょう。
わたしは胸一杯に空気を取り込んで──
「いいですか? 人間が死んだら絶対に魔人になるわけではありません。よしんば魔人になったとして、人間に戻れる確証もありません。そして人間に戻れて魔法を得たとして、それが戦いに使える魔法であるかはわかりません。わたしの言いたいことがわかりますか? バカバカしいくらいに賭けにもなっていない愚行ですよこれは。もっと言えば悪魔はあなたと違ってバカではありません。こちらの思惑をあえて裏切るようなことをしてくるかもしれないんです。向こうだって宿主を選ぶことができるんですからね。わたしが知っている限りでは魔法を得ようとして死んだ人間はほぼ全てそのまま死んでいます。魔人になる段階へ行けたとしても人間に戻れず、破壊を撒き散らす前に討伐されます」
──矢継ぎ早に叩き込んであげました。
女性は目を白黒させていました。
一旦呼吸を落ち着けてから、魔法の最も大切なことを教えてあげます。
「仮に全ての問題をクリアして魔法を得たとして、あなたはできますか? ──大切なものを失い続ける覚悟を」
「…………」
「あなたにだって一つや二つ、大切と思えるなにかがあるはずです。魔法が使えるようになっただけでその全てを失っていいんですか?」
「…………」
「それが魔法を使うために必要な代償。──いいえ〝呪い〟です」
魔法使いのほぼ全ての人間が同じことを思ったことがあるでしょう。
魔法なんて力、欲しくなかったと。もちろんわたしだって例外ではありません。今でこそ開き直っていますが当時は相当荒れました。
それはさておき。
「で、頭は冷えましたか?」
聞くと、女性はコクコクと頷きましたので、魔法を解除して口を自由にしてあげました。
「……お前は今も失い続けているというのか」
「はい」
なにを失い続けているかは……内緒です。
いい女には隠しごとの一つや二つ、あるものですから。どや。