14話
「あああがああぁぁぁが?!?!?!」
女性の片腕が呆気なく宙を舞い、悲痛な叫びに声が裏返ります。
魔人よりも劣る魔物が相手でここから距離もある。なにもできないだろうと高を括っていました。腐っても悪魔は悪魔でした。
「大丈夫──なわけないですよね」
二の腕の半ばから先が欠損し、川の水量に負けないくらいドバドバと大量の血液が流れています。このままでは簡単に失血多量で死んでしまうでしょう。
対岸に目を凝らしてみると、一番手前の猪の牙が一本無くなっています。一瞬横切った影の正体は、飛ばしてきた牙だったようです。後ろに生えている木に深々と牙が突き刺さっているのがその証拠。
牙を飛ばす魔法なのか、魔法を駆使して牙を飛ばしてきたのかはわかりませんが、魔法ならば同じことができる個体は少ないはずです。使える魔法には個体差があるので。
つまり対岸にいる猪の全てが牙を飛ばしてくるとは考えにくいということです。
「おっと」
わたしにも同じように残りの牙を飛ばしてきやがったので、寸前のところで躱しました。思っていたよりも速く、近距離だったら躱すのは困難でしょう。
すぐさま女性を庇うように前へ。片手をかざして魔力を操作し、念のため周囲に領域の壁を展開。女性の自害を防いだアレの巨大バージョンの中に籠るような形です。
「動かないでください」
もう片方の手で女性の傷口に触れ、魔力を高めてさらに魔法を発動。患部を凍結させて止血を施しました。
「その場しのぎで応急処置にもなっていませんから、あなたは引いてください。わたし一人で充分です」
というか足手まといです。
「これぐらい……ッ、どうってごどないッ!」
歯を食い縛り、脂汗が滲んで強がっているのが目に見えてわかります。
どうってことあるでしょう。どう考えても。
しかしながら、そんなことを言ったところでこの女性は引かないでしょう。彼女にとってこの戦いは弔い合戦。絶対に引くことのできない戦いなのだから。ええ、わかっていますとも。
「その意気です。立てますか」
「当然だ!」
「ちなみに止血的には凍らせるより焼いたほうが解けないのでおすすめですが、どうしますか?」
痛みがさらに上乗せされますが。
「焼いてくれ」
「わかりました」
女性は躊躇しませんでした。死に物狂いになった人間ほど怖いものはありませんね。逆に言えば頼もしいとも言えますが。
わたしは改めて女性の幹部に触れ、繊細な魔力のコントロールで傷口の部分だけ温度を急上昇させ、焼きました。
女性は歯が割れんばかりに食い縛り、声にならない呻き声を漏らしながらも必死に耐えていました。
「よく頑張りました。えらいです」
「頑張るのはこれからだ」
「……それもそうですね」
「助太刀無用だぞ」
「善処しましょう」
子供扱いしたことを怒ることもなく、女性の目は魔物の大群へ向けられています。
──その目には、死兆星のような煌々とした死の光が宿っていました。
この女性は死の運命にあるのだと、ハッキリとわかるほどに。




