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9. 牽制



 廊下を歩いていると、中庭の東屋で談笑しているエリオット王子とエレノアの姿を見つけた。

 ちょうど良いことに、エレノアが私の姿に気づき、声を上げる。


「アリア!」


 その表情は初めて会った時とはまるで違う、晴れやかな顔つきだった。

 まさに幸せ絶好調の恋する乙女と言わんばかりに眩い。

 悪役令嬢もこんな顔を見せるんだなと思いつつ、彼らのいる東屋へ向かった。


「ごきげんよう。エレノア様。そしてエリオット殿下」

「ちょうど良かった。アリア君も一緒にお茶でもいかがかな?」


 そう言って、エリオットは従者に私の分のお茶を用意するよう頼んだ。


 ふはは。

 この間まで、運命だと言って口説いていた子と婚約者のエレノアを一緒の席に座らせるとは、流石天然気質の王子様である。

 言うなれば、浮気相手と正妻を並べているみたいなものだ。

 もっとも、エリオットはもはや私に好意を寄せていないようだが……


 エリオット王子は私のことなど眼中にもない様子でエレノア嬢にラブな視線を送っていた。


 はいはい、お熱いこと。

 良かった、良かった。

 私の命が。


「お二人とも、とても幸せそうですわね」


 私の言葉にエリオット王子は照れたようにはにかむ。

 その笑顔は眩い。

 っていうか、眩すぎるっ!

 

 ――ちょっと、光量抑えて、王子!


 流石は攻略対象キャラ。

 キラキラの眩いオーラは健在だ。

 王子を直視できなくて目を細めていると、エレノアがそっと顔を寄せて、私に耳打ちをした。


「アリア、貴女のおかげよ。お礼を言うわ。次は貴女の番ね」


 次? はて? なんのことだったっけ?

 いまいちピンと来ていないのが顔に出ていたのか、エレノアは軽く肘を突っつく。


「もう! クラウス先生のことよ。応援しているわ」


 あははー。

 そうだった。そういう設定でした……。

 苦笑いをして誤魔化していると、従者が私の目の前に紅茶の入ったカップを置く。


「……」

 

 ちらりと王子の後ろに控える生徒達を確認する。

 その顔触れを見ると、王子は従者の生徒達をまだそのまま使っているようだ。

 そのことを確認し、私はエリオット王子に向き合った。


「お茶のお誘い、大変嬉しいですわ。実は私もお二人にお話ししたことがありましたの。その……大事なご相談なのですけど」


 そう控えめに言えば、エリオットはすぐに察して、従者の取り巻き達を下がらせた。

 流石王子、話が早い。

 しかし、下がるよう命じられた取り巻き達の私に向ける顔と言ったら。あまりいいものではない。

 

 ――この紅茶も飲まない方が良さそうね。


 折角、エレノア嬢の嫌がらせを回避したのに、こんな所で毒を食らっていては身も蓋もない。

 私はさり気なくカップを遠ざけておく。

 完全に取り巻き達の気配がなくなったことを確認して、私は鞄から書類を取り出した。


「アリア君、それは?」

「お二人に私からのささやかな贈り物です」

「贈り物?」

「それが?」


 首を傾げる二人に、私は書類をテーブルの上に差し出した。


「これは?」

「とあるツテで入手したエリオット王子に対する反勢力の一覧です」

「……私の?」


 まるで寝耳に水だというように、素で驚きの顔を浮かべる王子が、その書類に手を伸ばす。


「こ、これは――!」


 エリオットの様子を見て、恐る恐るとエレノアも書面に目を通す。


「この方、私に貴女と殿下の情報をくれた……」

「ちょっと待ってくれ。彼が隣国の貴族だって? 僕にはそんなこと……」


 二人とも思う節があるのか、見る見る顔色を変えていく。


 そこに並べてある情報は、現在エリオット王子やエレノアの周りにいる人間に関することだった。それは彼らを囲っていて親しくしている人間の半数近くと言っていい。

 私も見た時にはその数の多さに驚いたものだったが、この二人のちょろさを見ていれば納得がいく。

 恐らく、耳触りの良いことだけ言う人間ばかりを登用した結果だろう。

 いつの間にかエリオットもエレノアも自分の周りに敵を数多く囲んでいたわけだ。


「これは本当の事ですの?」


 震えた声でエレノアが言う。


「んー、本当のことかどうかはご自身の信用できるツテを使ってお調べになられては? ここで私の言うことを鵜呑みにするようでは、それこそ御用心が足りないかと思われます」

「あっ……」


 私の言葉に彼らは気まずそうに口を閉じる。

 厳しい言葉だが、彼らにはもう少ししっかりしていただきたい。

 つまり、これは愛の鞭だ。


「エリオット殿下、エレノア様。愛を育むのは大変結構ですけど、少なくともお二人にはこの学園生活で危機管理を持っていただくことをおすすめ致します。正直に申し挙げまして、貴族の皆様方にとっては学園生活と言うのは青春ごっこを楽しむ場ではありません。自分の手駒を増やし、派閥を争い、どれだけ優位にライバルたちに差をつけられるか、言わば社交界の練習場。そこでぼんやりとお花畑の人間がいれば目をつけられて当然」


 ほぼ受け売りの言葉だが、胸に刺さるものがあるようで、二人の表情が固まる。


「それが高貴な人間であればあるほど喜ばしいことはないですわね。つまりはお二人は……丁のいい操り人形ですね」


 今度こそ、彼らの顔が青ざめる。

 事の深刻度をようやく理解したようだ。


「君は一体……」


 エリオット王子が何かとんでもないものを見るかように私を凝視する。

 私はふふと笑い、椅子から立ち上がって礼を取る。


「この国の将来を憂いた、只のしがない平民ですわ。では、エリオット殿下。エレノア様。ごゆるりと歓談をお楽しみください。私はこれにて失礼致しますわ」





 ふう。真実の愛に目覚めた恋人達は良いわね!

 何たって、これで私の攻略対象が一人減ったんだから!!


 ついでに、エリオット達がちゃんとして、この国の将来が少しでもまともになることを願う他ない。

 今回のことはエリオット王子にとってかなりの教訓になったのではないだろうか。ああやって警告すれば、下手に平民の私に構うこともないだろう。


 一つ肩の荷が降りて、るんるん気分で廊下を歩く私に、後ろから声が掛かる。


「随分と上機嫌ですね」

「あら、クラウス先生」


 いつもの白いローブ姿のクラウス先生は教科書を手に持ち、歩いていた。


「先生はこれから研究室に戻るところですか?」

「ええ」


 私は彼の横に並んで歩く。


「情報提供ありがとうございました。クラウス先生」


 ――そう、先程王子たちに手渡した書面はクラウス先生にお願いして、用意してもらったものだった。

 彼がどう言うつもりで私に協力してくれたのか判らないが、一先ずは礼を言う。


「やはり思った通り、君は只者ではないね」

「あら嫌だ。先生の方こそ、あんな情報を持っているなんて只の一講師ではないでしょう?」

「おや、なんのことだか?」


 ……ここまで来て、まだとぼける気か。


「貴女がどう言うつもりで彼らに進言したのか非常に興味深いところです」

「どう言うつもりも何も、特に下心はありません。……そうですね。あえてカッコ良く言うなれば、私がしたことは、この国の未来を想っての行動です」

「……なるほど。君が光の神子として神の洗礼を受けた理由が分かった気がするよ」


 クツクツとクラウスは笑って、眼鏡の縁に指を押し当てる。


 ――なんだかまた色々と勘違いされている気がする。

 私は本当に自分のフラグ回避の為に奔走しただけなんだが。


 まぁ、いいか。

 私にとって彼は超有能なヘルプキャラ。

 なんだかんだで助けてくれているし、今はそのまま誤解させておこう。


 私は自分自身に言い聞かせると、改めてクラウスに向き合った。


「先生、お茶を飲み損ねたので、頂きに行ってもよろしいですか?」

「いつものお茶でよろしければどうぞ」





 こうして私は日常を取り戻したのだった。


 乙女ゲームのヒロインに生まれ変わったけど、攻略対象を避けることでできたし、これでめでたし、めでたしよ!





――――――――――




 

 ――そうは問屋が卸さない、のが悲しき現実である。


 うん、分かっていた。

 分かっていたさ。

 ――こうなるってことぐらい!


 私は冷め切った目で状況を確認する。


 今は休み時間。

 場所は人気のない校舎裏。

 教室移動のために一人で行動していた私は声をかけられ、こんなところに連れてこられていた。

 校舎の壁を後ろにし、逃げ場のない状態で複数人の女子生徒らに囲まれていた。

 

「ちょっと貴女、平民の分際で最近エリオット様やエレノア様に近づいているようじゃない」


 代表格のご令嬢が険しい顔で私に詰め寄り、彼女の言葉に周りの令嬢たちも「生意気よ」と声を上げる。

 完全なる主人公イジメのシーンである。


 ああ、完全に油断しきっていた。

 まさかこんな典型的なシチュエーションが起こるなんて……


 でもよく考えれば、あの高貴な身分の二人に接触したら、こうなることは予測出来ていたはずだ。

 平民風情が、王室の人間と仲良くしているなんて、お貴族たちの面子が立たないだろう。


 しかも、この展開……


 私の記憶中で嫌な展開が呼び起こされる。


 こうやって令嬢たちに囲まれるシーン見たことがある……


 恐ろしいことに気づき、血の気が引くのを感じた。


 知っているということはだ!

 攻略対象キャラのイベントシーンじゃない!?


 マズい!

 えーと、誰のイベントだっけ?

 確かこうやって、ヒロインが貴族令嬢に囲まれているときに攻略対象キャラが来るんだけど……


「おや、そんなところで何をしているんだい?」

  

 そうそう、こんなセリフを言って……

 って、ほらー!

 もう来ちゃった!


 美声のする方に顔を向ければ、茂みの奥から眩いオーラを放つイケメンが現れた。


 炎のように広がる真っ赤な長い髪。

 長い手足に、体格の良いスラリとした長身。

 太陽を連想させるオレンジ色の瞳。


 明らかに只者でない覇気を纏った生徒の登場に、私を取り囲んでいた令嬢たちは息を呑んだ。

 彼は私たちの前にやって来ると、大きな口をV字にして口角を上げた。


「ケンカは良くないよ。かわい子ちゃん達」


 ――CV××××っ!!!!!!

 

 ぐふぅ。

 なんてイケボ!!!

 ちょっとオラオラが入りつつもチャラさを表現した絶妙なボイス!

 流石、乙女ゲーム常連の声優さんっ!

 ハマり役です!


 ――と言うことは?

 この声は紛れもなく攻略対象キャラ!


 その名もリディック・デイヴィス!





 さあ、始まりました!

 次の攻略対象イベント!!!

 どうなる? 私!

お読みいただき、ありがとうございます。

とりあえず、第一章終了です。

攻略対象その1をなんとか回避したアリアですが、次なる攻略対象が出てきました。


毎度のことながらCV名はお好きな声優名をお入れください。



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