7. エレノア侯爵令嬢
クラウス先生と話していて思い出した王子ルートのキーパーソン。
それがこのエレノア・ジョーンズ侯爵令嬢であった。
彼女は所謂悪役令嬢らしい外見で、ピンクブロンドの縦巻きロールを始めとして、吊り目気味のピンク色の大きな瞳、白い艶のある肌にふっくらとした赤い唇を持つ、正に美少女と呼ぶに相応しい容姿をしている。
中でも一番羨ましいところは、私とまるで正反対のグラマラスボディ!
そんな彼女は立っているだけで華やかなオーラがあった。
地味で冴えない平民とは大違いである。
彼女がエリオット王子の婚約者であり、ヒロインのライバル。
王子を避けることに必死になっていたせいで、彼女の存在もうっかり忘れていた。そこそも王子ルートに入らなければ、殆ど関わりのないキャラだ。
だとしても、なんでこの濃いキャラを忘れていたのだろうか。
エレノア嬢の役割は、ヒロイン虐めること。
典型的な悪役令嬢の如く、婚約者である王子に近づいてきた主人公をこれでもかと嫌がらせをして、王子との仲を引き裂こうとするのが彼女の設定だ。
主人公が王子ルートに行った際、エレノアはヒロインに難癖をつけ、嫌がらせをする。
確か、その内容は――
令嬢たちの集まるお茶会に誘い、カップに毒薬を仕込み、それを主人公に飲ませたり、
人気にない校舎に呼び出し、最上階の窓から外に突き飛ばしたり、
極め付けは、魔法学の課外授業にかこつけて、魔獣の出る洞窟に主人公一人を置き去りにして、殺そうとしていた。
……って死ぬわ!
嫌がらせどころの始末じゃないわ!
寧ろよく生きているな、主人公!
いや、弁明させてもらうなら、どれも間一髪のところで王子が助けてくれる内容となっている。
ただしそれは王子との好感度が上がっているときの話だ。
一定値の好感度に達していない場合は、主人公は死ぬ。
もう一度、言おう。
主人公は死ぬ。
くうううぅ。このクソゲー!!
いきなりバッドエンドじゃないか!
クソシナリオめ!
誰よ、そんなシナリオ書いたの!?
って私だー!
書いた私の馬鹿!
殺すことはないでしょう!!
もっとマイルドに、靴に画鋲を仕込むとか、教科書を隠すとか、舞踏会のドレスを隠すくらいの嫌がらせにしておきなさいよ!
何本気で殺しに来ているのよ!!
パッとでの平民に婚約者を奪われるという悪役令嬢役の彼女には同情をするが、そう安易と殺される訳にもいかない。
本来なら関わりたくないキャラではあるが、私の作戦にはどうしても彼女の協力が必要だった。
だから危険を犯してエリオット王子のルートに自ら飛び込んだのだ。
虎穴に入らんば虎児を得ずって言うしね。
さて、エレノア嬢はシナリオ通り、取り巻きを連れて私の前に現れた。
エリオット王子が婚約者である自分を差し置いて、他の女子とお茶会をしたのだ。
しかも相手は平民。これで怒りを覚えないはずがないだろう。
その平民に牽制をしに来たエレノア嬢はというとーー
高慢な態度から一変、満面の笑顔で迎えた私にドン引きしていた。
「うっ、何ですの。その笑顔は」
エレノアの後ろに控えている取り巻きたちも奇妙な物を見る目つきで、若干後退りしている。
それもそうだろう。
忠告する相手が嬉しそうに出迎えているのだから。
ーーしまった。
シナリオ通りの彼女の登場に、嬉しくてつい表情に出してしまった。
「……コホン」
私は咳払いをして取り繕うと、何事も無かったように改めて挨拶をする。
「初めましてエレノア様。アリアと申します。以後お見知り置きを」
スカートの裾を取って軽く膝を曲げて会釈すると、唖然としていたエレノアもハっと気を取り戻し、再び高圧的な態度に切り替えた。
「その様子だと、私が何をしに来たか分かっているようね」
「ええ。エリオット様について、私に忠告をしに来られたのではないかと……。違いますか?」
「いいえ、その通りよ。分かっているなら話は早いわ。どうやってエリオット殿下に取り入ったか分からないですけど、これ以上殿下の周りを彷徨くことは許しませんわ。光の神子か知りませんけれど、平民風情が殿下に近づくなんて、身の程を弁えなさい」
おおっ。
ザ、悪役令嬢と言わんばかりの台詞だ。
いや、シナリオ書いたの私なんだけさ。
でもこうして直接対峙して聞くと迫力がある。
「私からは取り入ったつもりはありません」
私はエレノアの目を見て、キッパリと言い放つ。
「あくまでも殿下の方からお誘いがあったのです。平民の身分の私がどうしてそれを断ることができましょうか?」
「――っ! 貴女っ!」
「私は自分から殿下に逢いに行ったことはありません。でも、行く先々で殿下に遭遇するのですよ? おかしな話だと思われませんか?」
「自分が殿下の運命の相手とでも言いたいの?」
「違います! 誰かの手によって仕組まれていると申したいのです」
「誰かの手? まさか王子と平民の貴女を引き合わせようとしている輩がいるとでも仰りたいの? そんなことあるわけないでしょう!」
そうだよね。
素直には信じないか。
私もクラウス先生から説明されるまでは信じられなかった。
どうやったら、彼女に信じてもらうか、難しいところである。
私はふとエレノアの後ろにいる取り巻き二人に目を向ける。
エレノア嬢とは違い、何やら表情が強ばっているように感じられた。
……もしかして彼女らも関わりがあるのだろうか?
私は思いついて話の方向を変えてみた。
「ときにエレノア様。私と殿下が逢っていたこと、誰方からお聞きになりました? それはどのように言われました? もしかして私が積極的に殿下にアプローチしているとお聞きになったのではありませんか? そして、エレノア様自ら私に苦言するよう進言されたのではありませんか?」
すうっと後ろの取り巻きに視線を向けると、彼女らの顔色が変わるのが分かった。
どうやら、エレノア嬢を唆しているのは彼女らのようだった。
しかし、エレノアは取り巻きに目を向け、彼女らを庇うように立ち塞がる。
「そうだとしても決めたのは私よ」
「……そうですか」
仲間を庇うなんて、彼女は私が思っているより高潔な令嬢だった。
これでは余計に耳を貸してくれそうにない。
「貴女、先程から何を仰りたいの?」
「……私はただ、エレノア様の誤解を解きたいだけです」
「誤解?」
「エレノア様っ!そんな平民の言うことなんて聞く必要ありませんわ」
取り巻きのの1人が叫ぶ。
「耳を貸すかどうかはエレノア様が決めること。貴女は口出ししないで」
「なっ。なんて生意気な……口の聞き方を」
私の言葉に反論しようとした取り巻きだが、そこにエレノアが割って入る。
「いいわ。話を聞きましょう」
「エレノア様っ!」
「ありがとうございます。エレノア様」
声を上げる取り巻きは無視して、私はエレノアに礼を言う。
「……できれば二人きりで話したいのですが」
取り巻きは信じられないという形相で私を睨むが、私は彼女らを無視してエレノアだけに目を向ける。
「どうでしょうか?エレノア様」
どうするのかエレノアに注目していると、彼女は思考したのちに、取り巻きに向かって命を下した。
「貴女たちは下がりなさい」
「エレノア様!」
「しかしっ!」
抗議の声を上げる取り巻きだったが、エレノアがひと睨みすると、彼女らは口を閉じ、渋々といった感じで下がっていく。
「これでよろしいかしら?」
二人きりになり、悠然とエレノアは私に向き合った。
「誤解と言ったわね。貴女の言い分を聞きましょう」
私はエレノアと一対一で対峙する。
ーーさあ、ここからが正念場だ。
私は覚悟を決めて、口を開いた。
「先程も申した通り、誰かが故意に私とエリオット様をくっつけようとしているのです。嘘のように聞こえるかもしれませんが、この学園にはそういう働きがあるのです」
「俄には信じられない話ね。そもそも私と対立するのに貴女が相応しい相手とでも?」
「まさか! 私は、エレノア様こそエリオット様に相応しいと思うのです!」
私の言葉にエレノアは意外というように眉を上げる。
「……それが嘘ではないと、どう信じろと?」
「それは……」
「実際、ここ数日の殿下と貴女の行動を見れば、逢っていたことは明白。そうやって私を油断させたいのではなくて?」
「……」
黙り込む私にエレノアはこれ見よがしにため息をつく。
「話が以上なら、私は帰るわ」
――くっ!
さすがは盲信的な恋する乙女。
一筋縄では行かないか。
ここで彼女が私の言葉に耳を貸してくれなければ、バッドエンドルートに入る確率が高くなるのだ。それだけは避けなければっ!
エレノアが私の話を確実に聞いてくれる切り口はーー
私は脳をフル回転させる。
そうする間に、エレノアは立ち去ろうと踵を返した。
ーー恋する乙女が食いつきそうな何か話題はっ!
私は立ち去ろうとするエレノアの背中向かって叫んだ。
「――実は私、他にお慕いしている方がおりますのっ!」
「……」
あ、エレノアの足が止まった。
「どこの誰方かしら?」
興味があると言った顔でエレノアが振り返る。
流石は恋愛脳少女。
こういう話なら食いつくと思ったわ。
ともかく足止めは成功した。問題はこの後。
「それは……」
言いながら、脳を高速回転させる。
私がエリオット王子以外に頻繁に会っている人なんてたかが知れている。
適当なクラスメイトの名前を言ったところで王子に引けを取れそうな生徒なんていない。
そんな中でエレノアが興味が惹きそうな相手は――
私の脳裏にパッととある人物が浮かぶ。
「――それは、クラウス先生です!」
「……クラウス先生?」
エレノアにとっても意外な名前だったようで、彼女は考え込むように腕を組んで頬に手を当てた。
「……そう言えば、貴女、毎日クラウス先生の研究室に通っているらしいわね」
予想通り、私に関する情報を調べてあげていたらしい。
こうなったら、このまま彼女を騙すしかない。
私は目を伏せて、苦悶の表情を浮かべて絞り出すようにエレノアに訴える。
「最初はただの勉強の相談相手でした。でも、先生は平民の私にも凄く優しくて……。そんな先生にいつしか私は……」
「……」
「わかっています! 私と先生じゃ、年齢も身分も何もかも釣り合わないって……」
騙されてくれー。
騙されてくれよー。
私は必死にそう念じながら、ちらりとエレノアの様子を窺う。
「でも……でも……好きになったものはしょうがないですか!」
――どうだ!?
顔を上げてエレノアを見れば、彼女は瞳を潤ませていた。
「貴女も辛い恋をしているのね」
――ちょっろっ!
エレノア様、ちょろいぞ!
私の即興三文芝居に簡単に引っかかるなんて、騙している立場だが、心配になるちょろさだ。
内心そんなことを私が考えているとは思いもせず、エレノアは聞かれていないのに自分語りを始め出す。
「そう、好きになってしまった想いは誰にも止められないわ。それがどんなに相手が自分を見てくれないとしても」
「まさか、エレノア様も?」
「ええ。婚約しているといえ所詮、親同士が決めた婚約。エリオット様は優しくはしてくれるけど、本当の気持ちを向けてくれたことなんてないわ。好きなのはいつも私だけ」
「可哀想なエレノア様っ!こんなに殿下のことを想っていらっしゃるのにっ!」
こうなったら、とことん乗ってみよう。
私は大きく頷きながらエレノアの手を取った。
「エレノア様もお辛い恋をしているのですね」
「分かってくれる?」
「ええ、分かりますとも。相手はエリオット王子のような素敵な殿方。エレノア様が不安になる気持ちも自分のことのように分かりますわ」
「――っ! なんてこと! 私ったら貴女のことを誤解していたようだわ」
「そんな、エレノア様が謝ることではありませんわ」
さぁ、あと一息だ。
「エレノア様、是非ともご自分のお気持ちを素直に殿下に伝えるべきです! 私、エレノア様に協力致しますわ!」
「貴女っ!」
「私のことはアリアとお呼びください」
「アリアっ!」
「エレノア様っ!」
感極まってひしっと抱き合う姿は他者から見たら何事かと思うだろう。
かくして、本来なら恋のライバルとして命を狙われるはずの相手から一変、協力者としての立場を得ることに無事成功した。
これで役者は揃った。
さぁ、エリオット王子攻略と行くわよっ!
お読みいただき、ありがとうございます。
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