6. お誘い
「君が誘いに乗ってくれるなんてとても嬉しいよ」
エリオット王子が今日も今日とてキラキラオーラを放ちながら、爽やかな笑顔を向ける。
時刻は放課後。
場所は学園の中庭で、私はエリオット王子と対面していた。
学園の中庭は木々に囲まれた癒しスポットとして、生徒に利用されており、中でも中央にある東屋は、カップルたちの憩いの場として有名であった。
その東屋に、校内とは思えないテーブルセットがセッティングされていた。
テーブルにはレースのテーブルクロスが敷かれ、その上に色とりどりのケーキやお菓子が乗ったティースタンドと紅茶の入ったカップが置かれている。
テーブルに座るのは私とエリオット王子の二人だけ。
放課後の中庭を貸し切っての小さなお茶会だった。
実際、ゲームの中でもこの場所は登場し、エリオット王子のイベントが行われる場所でもあった。
正に今、行なっているお茶会がそのイベントである。
私は王子誘いを受けてをシナリオ通りのイベントを進めようとしていた。
王子は優雅にカップを傾けて紅茶を飲む。
ただお茶を飲んでいるだけなのに、神々しい絵面はゲームで見た構図そのものだ。
ーーハイハイ、スチル回収ですね。
私は冷めた目でその姿を見つめながら、皿に持ったケーキにフォークを入れる。
このスチル絵が出たということは、エリオット王子のルートに入ったことを意味していた。
「ケーキの味はどうだい?」
「ええ、美味しいですわ」
王子の問いかけに私は口角を上げて微笑む。
正直、フラグに向かって突き進むという危険を冒している状況でケーキの味なんて分からないけれど……
「それは良かった。君とは一度こうして腰を据えて話をしたいと思っていてね。学園生活は慣れたかい? もし困ったことがあれば遠慮なく僕に言って欲しい。何か困ったことはないかい?」
ーー貴方のフラグが折れなくて困っていますぅ。
心の中で答えるも、間違っても口には出来ない。
「お気遣いありがとうございます、殿下」
ニコニコと笑顔を張り付かせながら、私は答える。
「今は僕と君の二人だけ。本当に何も遠慮することなんかないからね」
王子はそう言うが、二人だけと言っても、王子の後ろには控えている従者が何名かいる。こうしてお茶会の準備や給仕をしているのも彼らだ。
王子の話に適当に相槌を打ちながら、ちらりと横目でそんな彼らを注視する。
学生服を着た彼らは王子の従者に就いているが、ここの生徒であり、貴族の出自の人間だ。
何食わぬ顔で私に給仕しているが、内心では自分より立場の低い平民風情に面白くないと思っていることだろう。
私はふと思いつき、手に持っていたフォークを地面へと落とす。
「やだ。うっかり落としてしまいましたわ。そこの貴方、拾っていただける?」
自分でフォークを拾うのはマナー違反なので、近くにいた従者に声をかけると、その少年は眉を上げて表情を固まらせた。
「君」
王子が短く促す。
すると、渋々といった感じで彼は地面に落ちたフォークを拾う。
「直ぐに新しいものをご用意致します」
その言葉は私でなく、エリオット王子に向かって言う。
ははは。まだまだ青いなー。
後ろに下がって別のものを用意する彼の様子を見て、心の内で失笑する。
本来エリオット王子のような偉い立場に仕える従者ならば、そうそう顔に出してはいけない。それが王子自身の品位に直結するからだ。しかし、ここにいる生徒たちはまだそういったことが分かっていないようだった。
まぁ、無理もないだろう。
彼らの殆どはまだ見習いの立場だ。
本来なら王子には幼い時分からきっちりと教育された同年代の従者がいたのだが、どうやら最近になって彼はその立場から外されたらしい。
その代わりに就いた生徒たち。
クラウスの言った通り、王子の周りは曲者が集まっているらしい。
このお茶会に参加したのは、その現状を確認することが目的の一つであった。
今まで何度も王子と遭遇していたが、王子のオーラに気を取られるあまり、彼の周りに取り巻く人間たちの顔なんて見ていなかった。
私は彼らの顔を一通り覚えると、新しく用意されたフォークを手に取り、ケーキを一口頬張る。
さて、あとはもう一人、釣り竿に魚が引っかかってくれることを祈るのみだ。
――――――
それは予想よりも早く反応が返ってきた。
「ちょっと、そこの貴女」
エリオット王子とのお茶会イベントの翌日。
放課後、いつものようにクラウス先生の研究室に向かう途中、近道をするために中庭を通っていたところへ声をかけられたのだった。
高飛車な口調で私を呼び止めたのは、ピンクがかったブロンドヘアを縦巻きロールにさせた何ともゴージャスな見た目の女子生徒だった。
彼女は二人の女子生徒を後ろに従え、仁王立ちで私を睨んでいた。
ピリピリとした空気を纏い、険しい表情を見せる彼女に私は思わず息を呑んだ。
「……あ、貴女は?」
絞り出すように何とか問いかければ、彼女は吊り上がった目を更に吊り上げ、怒りの形相を浮かべる。
「私の名前はエレノア・ジョーンズ」
彼女の名前に私は大きく目を見開く。
――やっぱり、彼女が。
私は震えそうになる体を堪えて、拳を力強く握り込む。
そんな私に向かって彼女は威圧的な態度で言い放つ。
「侯爵家の一人娘であり、ーーエリオット王子の婚約者よ」
うおおおおおっ!!!
キタキタきたー!!!
お待ちしておりましたーっ!
彼女こそ私が待っていた相手。
エリオット王子の婚約者。
――俗に言う悪役令嬢の登場である。
私は満面の笑みを浮かべると、彼女を迎えた。
「初めてましてエレノア様! お会いしたかったですわ!」
みんな大好き、悪役令嬢の登場です。
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