34. 攻略対象 魔王ルシフェル
「我が前に光の神子を差し出せ! さもなくば、死人が出ることになるぞ!」
魔王の言葉に周りは皆、血相を変えて私に注目した。
「……」
ーー分かっている。
泣きそうになりつつも、私は覚悟を決めてゆっくりと立ち上がった。
――いくら私でも、ここで逃げるわけには行かない。
固唾を呑んで私を見守る生徒達の間を擦り抜け、校舎から出た。
あれだけの被害があったのに、今は恐ろしいほど静かだ。
一度、校舎を振り返って見渡す。
突風と雷の影響か、校庭の周りを囲んでいた木々の何本かが薙ぎ倒され、周囲には何処からか飛ばされた物が散乱していた。校庭に面した校舎の窓は割れ、悲惨な姿を浮き彫りにさせている。
彼が登場しただけで、この惨状。
――これが、魔王ルシフェルの力。
彼の力を持ってすれば、この学園は簡単に破壊できるだろう。
校舎から恐る恐るこちらの様子を窺う生徒たちの姿があった。
貴族の子である彼らは平民である私を毛嫌いし、私一人の命など大した価値はない思っているかもしれない。実際、私に冷たく当たる生徒は多かった。
でも、そんな生徒たちばかりではないことも知っている。
――彼らを私の所為で殺させるわけにはいかない。
私は改めて、校庭の中心に立つ魔王に向き合った。
校庭に一人現れた私を見て、魔王ルシフェルが目を細める。
「……」
距離が近づくに連れ、魔王ルシフェルから放たれる禍々しい覇気に恐怖が増してくる。
私は震える足を叱咤して、そのままルシフェルの元へと近づいた。
「ほぅ。お前が光の神子か」
ルシフェルは私を見て、口の端を上げた。
「まだ小娘だったとはな」
「……」
「どうした? 恐怖で声も出ないか?」
……………………。
私は間近でルシフェルと対峙し、声も出せないほどその身を固まらせた。
――この魔王。
顔が良いっ!
圧倒的美形っ!
シャープで整った輪郭。
凛々しい眉毛に切長の目、長い睫毛。
引き締まった体つきで長い手足はまるで海外モデルのよう。
非の打ち所がない、完璧なシルエット。
ええ、こんなにビジュアル良かった!?
魔王の癖に超絶カッコいいんですけど!??
攻略対象だからビジュアルが良いのは知っているけど、今までの攻略対象が主人公と同い年の学生ということもあり、どちらか言うと線の細い、若さ溢れるイケメン達だったのに対し、この魔王は大人の色気がプンプンと放ったワイルド系のイケメンだった。
正直、今までの攻略対象キャラの中で一番好みのタイプだ。
えー、この顔で××さんボイスとか最高じゃない?
私は魔王の姿をこれでもかとガン見する。
あまりの眼福度に恐怖など何処かへ飛んで行ってしまった。
そんな内心興奮に沸き立つ私に、ルシフェルは興味深そうに笑った。
「ほぅ。私と対峙しても恐怖に顔を歪ませないとは見上げた人間だ」
……はっ!
うっかり、ルシフェルを凝視していたことに気づき、私はここに来た目的を思い出す。
いかんいかん。ここは世界の存亡が関わる大事な局面。
おのれ、魔王!
色香で惑わすとは卑怯なっ!
私はキッとルシフェルを睨んだ。
「ほう。勇ましいな。なぜ、私がお前に逢いに来たか分かるか?」
「……光の神子の力が怖いんでしょ? でも残念だったわね。私はその力を開花させていないの。だから見逃してくれないかしら?」
「……フハハっ! お前、人間の癖に面白いことを言うな」
私のダメ元の提案にルシフェルは大きな口を開けて笑った。
「今まで私に命乞いする人間は山のように多くいたが、お前のような人間は初めてだ。気に入ったぞ。どうだ? 私と一緒に魔界に来ないか?」
――しまった!
そうだ。シナリオでは興味を持たれた結果、魔界に連れ去られるのだった。
自分で書いたシナリオなのにそれをすっかり忘れてシナリオに沿った受け答えをしてしまった。
しかし、この場を乗り切る方法も、人類滅亡を防ぐ具体案も思いつかない。
「だ、誰が魔界なんて……」
私はしどろもどろになりながら、せめてルシフェルに侮られないように顔を引き締めた。
「そうだ。その顔だ」
突然、ルシフェルが私の体を抱き寄せ、顎を取って顔を上げさせる。
「っ!」
ルシフェルの美しい顔が目の間にドアップになる。
――顔、近っ!
睫毛長っ!
目、綺麗っ!
はわわ。
び、美形〜っ。
魔族なのに、目がキラキラで宝石みたい。
え、こんな近くで見ても毛穴が分からないほど肌がツルツルなんだけど!?
それに赤い大きな唇はセクシーでフェロモンを感じるし、なんだか良い匂いもする!
相手が魔王だということを忘れ、私の心臓はドキドキとトキめく。
――え、ちょっと待って。魔王ルートへ行ったら、こんなハイスペックな美形と付き合えるの?
ここに来て私の心が大きく揺らいだ。
どうしよう。
乙女ゲームらしく、魔王攻略しても良いんじゃない?
翼とか角とか色々気になるけど、こんなイケメンなかなか居ないし!
それに、××ボイスで甘いセリフ囁かれたくない?
いやいや、でも相手は魔王だし、選択肢間違えたら死だよ?
でもルシフェルの恋愛ルートは今までの攻略対象キャラよりもずっと攻略が簡単だった上に、胸キュン度も高いシナリオだった。
なんせ追加パックだからユーザーに媚びた仕様となっている。
そうそう。スチル絵も多いし、ドキドキなセリフも沢山あった筈。
シナリオを網羅している私なら、簡単に攻略できる気がしてきた。
次々と邪念が浮かんできて、私の心は揺らいでいく。
……魔王ルート行っちゃう?
だって、このまま抵抗してもルシフェルに勝てる見込みなんて毛頭ない。
ここで敗れたら、人類滅亡だし!
それだったら、いっそのことルシフェルとラブラブの関係になっても良いのではないだろうか。
不純な気持ちで揺らぐ私にルシフェルが更に顔を寄せた。
「悪いようにはしない。このまま私の手を取れ」
追い討ちをかけるように、××ボイスが耳元で甘く囁く。
――っっっっ!!!
破壊力っ!!!
これには流石の私も耐えきれなかった。
――行きますっ! 貴方となら何処へでもっ!
主人公、陥落!!!
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