32. イベント発生
「……実は父上から火急の話を承っている」
エリオット王子の言葉に部屋の中はしんと静まり返った。
えっと……、エリオット王子の父上と言うと、王様ってことよね……。
……ええっ?
王様がクラウス先生に一体、何の用なの!?
突然の話に目を丸くしていると、クラウス先生が私をちらりと見て、エリオットに告げる。
「殿下、アリア君には席を外してもらいます」
「いいのか?」
「彼女には何も関係のない話ですので」
「そう、なのか……? 私はてっきり彼女は君に従事している者かと」
「何やら誤解されているようですね」
 
王子と先生が私を見ながら話しているが、当の私には何の話をしているのか全く見えてこない。
「……あの」
「アリア君。悪いですが、席を外して貰っても?」
口を開こうとしたら、被さるようにクラウスが言った。
有無を言わさない静かな圧力を感じ、私は頷くしかない。
「えっと……。では、失礼致します」
私は椅子から立ち上がり、エリオット王子とエレノア嬢に礼をして部屋から退出した。
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「うーん。何の話なんだろう? 気になるなー」
廊下を歩きながら、一人唸る。
自分だけ除け者扱いみたいで、ちょっと悲しくもあった。
――いや、別にいいんだよ。なんだか不穏な空気だったし。下手に話を聞いて何か騒ぎに巻き込まれるなんて御免だしね。
でも、なんか今の話気になるなー。
特に、エリオットの発言。
私がクラウス先生に従事しているって、どう言う意味なんだろう?
確かに私は先生にはお世話になっているけど、先生と生徒の立場であって、仕えているわけではない。そもそも学園講師に仕えるってどう言うことだろうか。弟子ならまだ分かるけど……。
そう言った意味でエリオットは言ったのだろうか?
それはそれとして、王様からの至急要件も気になるところだ。
しかも、ヘルプキャラのクラウス先生にだ。
怪しい。
なんか、イベントっぽい雰囲気がしない?
うーん、先生も謎なところが沢山あるからなー。
やたらと生徒の個人情報に詳しかったり、王室の派閥争いに精通していたり。
恐らくかなり上の立場の人間と通じていると見ているのだが、真相は闇の中だ。
――はっ!
王様からの要件ということは、もしやそれ関係!?
これはクラウス先生の正体が分かるチャンスなのでは!?
今から戻って、聞き耳立てるべき!?
いやいやいや。
下手に顔を突っ込んで、騒動に巻き込まれたらどうする?
エリオット王子とエレノア様の緊張した態度といい、王様からの要件といい、危ない匂いがプンプンとしているじゃないか。
気になって仕方ないけど、ここは首を突っ込まない方がいいと私の第六感が言っている。
――まさかイベントってことはないよね。
でも攻略対象に関するイベントにこんな展開はない。
エリオットもリディックもジョシュアもフラグを立たせるようなイベントはもう無い筈だし、ニコラスに関しては色々とイレギュラーな状態だが、まさか王様やクラウス先生に関係するイベントに発展することはないと思う。
それに、攻略対象に関すること以外でイベントが発生することはなかった。
シナリオライターの私が知らないイベントなんてあるわけがないし……。
やはり、ニコラスが何か関係しているとか?
でもエリオットもエレノアも私がニコラスの話題を振った時、何も知らないようだったし……。
そんなことを考えながら歩いていたら、いつの間にか校庭の方まで出てしまった。
試験も近い為か、校庭には部活動などを行う生徒の姿はなく、校舎の周りにこれから下校するのであろう生徒らの姿が疎らにあるだけだ。
私はどうしようか。
クラウス先生には追い出されてしまったし、このまま寮に帰るか、それとも図書館に行って勉強するか、悩みどころである。
私は迷った後に、図書館で勉強することに決めた。
校舎内に戻ろうと踵を返した、その時。
私の耳に女子生徒の悲鳴が聞こえた。
「――キャーっ!」
何事かと振り返えると、校庭の方から突風が吹き込み、舞い上がった砂埃で前が見えなくなる。
「わっ、なんだ!?」
「ゲホゲホっ!」
「風!?」
周りの生徒達も突然の強風に視界を奪われ、顔を覆って校舎の中へと避難する。
「おいっ! 大丈夫か!?」
「目が……」
「みんな、早く校舎の中に入れ!」
その間も校庭から風が吹き込み、視界は完全に砂埃によって遮られている。
轟々という異様な風の音に、校舎に逃げ込んだ生徒達は怯えた様子で外を見る。
「お、おい。空を見ろ!」
誰かの叫び声で、皆一斉に顔を上げた。
「なに……あれ」
「雲が……。さっきまで青空だったのに……」
「嵐でも来るの?」
上空にはぶ厚い黒い雲がとぐろを巻くように校庭の上を中心に広がっていた。
ーー明らかに異常な光景だった。
常識では考えられない何かが起こっている。
私も、周りの生徒達も皆、異様な光景に立ち尽くしていた。
次の瞬間。
耳をつんざくような轟音と共に、眩い光が空を覆った。
「キャー!」
「ひぃぃっ!」
突然の雷鳴に一様に耳を塞いでその場に平伏すようにしゃがみこむ生徒達。
地を這うような地響きが鳴り、振動で地面が揺れた。
何処かでガラスが割れるような音もした。
誰かの叫び声や泣き声がモヤが掛かったように聞こえてくる。
強烈な耳鳴りと目眩に一瞬天地が分からなくなった。
それほど衝撃音だった。
私はクラクラする頭を押さえながら、周囲の様子を確認した。
「痛てて……。雷が、落ちたのか?」
「今のは何?」
「やだ。血が出てる」
「窓ガラスが割れているぞ」
多くの生徒がその状況に呆然としていた。
よく見れば、窓ガラスの一部が割れ、廊下に飛散している。それを受けたのか、腕や頭から血を流している生徒が数名いた。衝撃で気絶しているのか、倒れている生徒の姿もあった。
「大丈夫か!?」
「誰か来て! 倒れている子がいるわ!」
たちまち辺りは騒然とし、阿鼻叫喚の様子に血の気が引いていく。
――何? これ?
何が起こっているの?
「あ……。あれ、見て」
近くにいた女子生徒の声で、外を見た。
いつの間にか、さっきまでの強風は止んでいた。
砂埃が落ち着いていき、視界が徐々に晴れていていく。
「……なんだ、アレ。誰か居るぞ」
同じく外に目を向けた男子生徒が空を指差して、言った。
――上?
空に敷き詰められた暗雲をバックに人の姿があった。
「人……?」
それは空から降りてきた。
漆黒の翼を羽ばたかせ、彼はゆっくりと校庭の真ん中に降り立つ。
私はその姿を見て、強い衝撃を受けた。
漆黒のマントを始めとした黒尽くめの格好。
黄金に揺らめく長い髪。
その頭には左右に伸びる二本の角。
「あ、あれは……」
猛禽類を連想させる金色の瞳がこちらを見た。
――ゾクリ。
全身が痺れたかのように硬直する。
なんて言うことだ。
まさか、彼が現れるなんて……。
その存在があったことを今の今まで忘れていた。
私は最悪のシナリオを思い出し、恐怖に震えた。
――間違いない。
彼は、魔王だ。
そして、最後の攻略対象キャラクターだった。
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