31. 訪問
ニコラスの一件から一週間。手を引くという宣言通り、彼からのコンタクトは一切なく、平坦な日々を過ごしていた。
それとなく、クラウス先生にニコラスについての情報を訊いたのだが、上級クラスや生徒会でもいつも通りらしく、何か裏でアクションを起こしているということはないらしい。
攻略対象が大人しい分には何の問題はないのだが、モヤモヤした気持ちが燻っていた。
――本当に何が起こったのだろうか?
気になるとは言え、ニコラスの動きには警戒しつつ、日常を過ごす他ない。
しかも、もうじき次の試験が始まる。
怪しげな攻略対象キャラの動きより、先ずは目先の勉強に集中が必要だ。
そんなわけで、試験前の猛勉強に向けて、放課後いつものようにクラウス先生の研究室に向かっていた。
「おや? アリア君?」
「エリオット王子に、エレノア様。……どうしてこんな所に?」
魔法学研究室の前でばったり遭遇したのは、エリオットとエレノアだった。
彼らとこんな所で出会うなんて珍しい。しかも、お供を連れずに、二人だけとは。
もしかしてデート?
でも、こんな場所で?
「えっと、研究棟に何か御用ですか?」
疑問に思い訊ねると、王子はいつになく真剣な表情で頷いた。
「ああ。クラウス先生に至急の用事があってな」
「クラウス先生に……?」
よく見れば王子だけでなく、エレノア様もどこか緊張した面持ちを浮かべている。
この二人がそんな表情をするなんて――まさか!
「ニコラスに何か!?」
もしかして何か動きがあったのではと訊ねれば、彼らはキョトンとした表情で首を傾げた。
「ニコラス?」
「彼がどうかしたの?」
……あ、あれ?
てっきり彼が動いたのかと思ったのだが、どうやら違うらしい。
よく考えれば、私の所ではなく、クラウス先生を訪ねて来たのだから、ニコラスは関係ないか。
ここ数日ニコラスについて考えていた所為で、つい早とちりしてしまった。
「あ、いえ。……何でもありません」
「アリア。ニコラスと何かあったの? 先日の生徒会からニコラスの様子もおかしいし。……まさか、何かされた?」
顔色を変えるエレノアに私は慌てて首を横に振る。
「ち、違います! 何もありませんよ!」
「そう?」
彼らはニコラスに一番近しい人間。
下手に勘繰られて、ニコラスの気が変わったら大変である。
「はい! 本当に何もありません」
「……そうなら、良いんだけど」
「エレノア。今はその話は置いておこう」
訝しがるエレノアをエリオットが遮る。
その表情は固いままだ。
いつものキラキラ微笑のエリオット王子らしくない。一体、何があったのだろう?
「そうでしたわね。……アリア。クラウス先生はいらっしゃるかしら?」
「多分、いるとは思いますけど」
私は研究室を見て、頷く。
彼らの表情を見るからに、何か良からぬことがあったのだろう。
先生に勉強を見てもらう予定だったが、ここは退散した方がいいかも知れない。
「あの、先生に用があるなら、私はお邪魔でしょうし、ここで失礼しますね」
「……いや。アリア君も一緒に来てくれないか?」
「はい?」
――――――
「クラウス先生」
「失礼しますわ」
「……」
「おやおや、これはまた珍しい人物が揃ってお越しですね」
部屋に入ってきた私たちを見て、クラウスは面白そうに目を細める。
「とりあえず、中にどうぞ。今、お茶を淹れますね」
そう言って、クラウスは部屋の奥へ行ってしまうので、私はとりあえずさっきまで書き物の仕事をしていたらしい散らばったテーブルの上の書類と本を端に寄せて片付けると、エリオットとエレノアに奥の席を勧めた。
いつもなら私もそちら側に座るのだが、今回は先生の隣の椅子に座ることにした。
「個人の研究室は初めてだが、狭い部屋だな」
「意外と片付いていらっしゃるのね」
物珍しそうにキョロキョロと先生の研究室を見渡すエリオットとエレノア。
他の先生方の研究室は私も知らないが、あの絢爛豪華な私物まみれの生徒会室と比べるものではない。
それにしても、一体彼らは何の用だろう。
私が居ていいものだろうか?
お茶を飲んだら、それとなく席を外した方がいいかもしれない。
そんなことを考えていると、クラウス先生がお茶を運んできた。
「はい、どうぞ」
「いただきます」
各々カップを手に取り、紅茶に口をつけた。
「っぐ!」
「――っ!」
エリオットとエレノアが一口飲んで、口元を押さえる。
――え、なに?
私は手にしたカップを慌ててテーブルに置く。
まさか、毒入り?
く、クラウス先生――!?
隣に座るクラウス先生に目を向けるが、彼は微動だにしなかった。
そして、悶えていたエリオット達がキッと顔を上げた。
「何だ、このお茶は! 渋くて飲めたものじゃないぞ!」
「何を飲ませますの? ここまで美味しくないお茶は初めてですわっ!」
――あれ?
「おや? お口に合いませんでしたか?」
首を傾げるクラウスと口元を抑えながら戦慄くエリオット達を見て、私は改めてカップのお茶を恐る恐る口に含んだ。
ーーゴクン。
「……? いつものお茶ですね」
平然と紅茶を飲む私を、奇怪なものでも見るような目で二人が見てくる。
「アリア。このお茶、先日生徒会室で私が出したお茶と同じ茶葉でしてよ」
「ええっ?」
私は目の前のカップを凝視する。
とてもじゃないが、同じ味ではない。
先日頂いた紅茶はもっと透き通っていて、上品な味わいだったのは覚えている。
「……」
私は隣で澄ました顔でお茶を飲むクラウス先生を見つめた。
「少し渋かったですかね?」
「……少しなんてものじゃないぞ」
「そうですか?」
どうやら私は毎日とんでもないものを飲まされていたらしい。
いや、たしかにやけに香ばしい紅茶だとは思っていたんだよ。
まさか、渋いだけだったとは……。
「エリオット様にこんなお茶を飲まさせるわけにはいきませんわ。私が入れ直します。アリア手伝いなさい」
「は、はい」
問答無用に腕を引っ張られ、私はエレノアに従ってお茶の淹れ方を教わった。
「アリア。いくら好きな人の好みとは言え、指摘はしないといけませんわよ」
お茶を淹れながら、こそりとエレノアが耳打ちしてくる。
あはは、まだその嘘設定続いてたんだった……。
今更訂正するのも面倒だし、そのまま誤解させておこう。
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「ふむ。確かに美味しくなりましたね」
「これが本来の味でしてよ。今度はアリアに淹れ方を訊くといいわ」
「ええ、そうしましょう」
エレノアが入れ直したお茶を頂きながら、クラウス先生は頷いた。
やっと一息つけて、やれやれである。
「それで、エリオット殿下がわざわざ私に何の御用でしょうか?」
時機を見計らって、ようやく本題へと話が移った。
表情を引き締めたエリオットが緊張した面持ちでクラウスに向き合う。
そこで私は、退出する機会を逃してしまったことに気づいた。
このまま話を聞いていて良いのだろうか?
しかし、私が退出を申し出るより先にエリオットが口を開いた。
「……実は父上から火急の要件を承っている」
お読みいただき、ありがとうございます。
少し投稿期間が空いてしまいました。
久しぶりの投稿です。
もう少しお話しは続くので楽しんで頂ければ幸いです。
やっと書けた、味覚についての裏設定。
エリオット、エレノア→舌が肥えている
リディック、ジョシュア、ニコラス→標準
クラウス先生→味音痴
アリア→なんでも美味しい
番外
ミア→やや難あり
モルガン→ミアの作った物ならなんでも食べる(愛)
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