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30. ニコラスside②



 下級クラスの座学が行われる教室。

 明日の午前の授業で彼女はここを使用する。

 彼女のスケジュールは把握済みだ。


 扉を開け、誰もいないことを確認する。

 放課後も随分経ち、もう夕暮れの時刻となっていた。

 校舎には部活動の生徒ぐらいしか残っていない。

 一般教養などの座学で使用するこの階は特に静まり返っていた。


 私は教室内を見渡し、彼女が使用している席にゆっくりと近づいた。


 窓際の一番後ろという目立たない席。

 

 術を仕掛けるのに最適な場所だった。

 私は机に掌を置き、詠唱を呟く。

 夕日が差し込む薄暗がりの教室で、掌から紡がれた小さな魔法陣が淡く光り輝いていく。

 

 選んだ魔法は炎の魔法で、彼女が席に座った途端、魔法陣から現れた炎が彼女を覆い焼き尽くす代物だ。

 いくら彼女が光の神子とはいえ、全身を包む炎から逃れる方法はない。

 

「……後は目隠しの魔法を上から掛けて」


 呪文を唱えながら机に描かれた魔法陣を撫でると、見る見る魔法陣が消えていった。


 この方法は戦場でよく仕掛けられるトラップ魔法として使われている。もっとも、危険なものなので、普通の学生はまず教わることはない。

 こういった類の魔法は独学で幾つか身につけていたが、こんな所で使うとは思いもしなかった。やはり知識は最大の力だ。


 ――彼女には悪いが、ここで死んでもらう。


 幸い、平民の一人がいなくなったところで大した騒ぎにはならないのが、貴族社会というもの。

 学校側は誰がやったか調べるだろうが、平民の彼女を面白く思っていない生徒は多い。幾らでも工作は出来るし、私の所まで追えない筈だ。


「――君の正体を暴けなかったことだけが悔しいよ」


 最後にもう一度机を撫で、術式を完成させる。


 ――さぁ、これで終わりだ。



「こんな所で何をしているんですか?」

「――っ!」


 誰もいない放課後の教室の筈だった。

 音もなく扉を開け、いつの間にか教室の中に入っていた人物を見て、血の気が引いていく。

 

「――クラウス先生?」


 薄暗がりの中、白衣姿の先生が扉にもたれかかって、こちらを見ていた。


「先生こそ、どうしてここに?」

「見廻りですよ」


 眼鏡を指で押し上げ、彼は悠然と微笑んで言った。


「……魔法学の講師が、ですか?」


 そんな話を聞いたことはない。

 そもそも彼は上級クラスの魔法学の講師。

 一般教養の講師ならまだしも、魔法学の講師がこちらの校舎に来ること自体が殆どない。担当していない下級クラスの教室なら尚更だ。

 私の問いかけに彼は首を横に振る。

 

「いいえ。もっと違う立場の人間としてです」

「違う立場?」


 唖然とする私を見て、クラウス先生は意味深に頷いた。


「ああ、なるほど。まだ君はその程度なのですね。宰相の御子息と聞いて、期待していたのですが」

「……先生?」

「気にしないでください。私の見込みがまだ甘かったと言うだけです」


 明らかに見下したその言い方にカッと頭に血が昇る。

 しかし、それ以上に相手の正体が分からない恐怖の方が上回った。


 一介の魔法学講師じゃないというのか?

 状況から考えて、私を付けて来た?

 何故?

 ――まさか私が何をするかを知って!?


「忠告しておきます」


 クラウス先生が静かに口を開く。

 殺気だった空気に呑まれ、喉の奥がひりついた。


「忠告?」

「ええ。彼女に手を出そうなんて考えないことです」

「……一体、何のことですか?」

「惚けても無駄ですよ」


 クラウス先生が指を鳴らすと、机に触れていた掌が燃えるように熱くなり、慌てて机から手を離す。

 次の瞬間、机に施した魔法陣がボッと音を立てて炎を上げ、消し炭になって消えていった。


「……こ、これは、誤解です。先生」

「誤解でもなんでもいいですよ。警告はしました」


 柔らかな物言いが余計に恐怖を煽った。

 ――こいつ、何者だ。


「先生も第二王子派ですか?」


 軽い火傷を負った右手を庇いながら、ダメ元で訊いてみると、扉に手をかけていたクラウス先生は顔だけ私の方に向け、言った。


「この学園にも色々な人間がいるだけ言っておきましょう」


 ――自分で調べろということか。

 きっとここで粘っても、彼が口を割ることはないだろう。

 しかし、最後にこれだけは。


「一つだけ教えてください。彼女は、――アリアというあの生徒は一体何者なんですか?」


 答えてくれないだろうと思った。

 しかし驚くことに、クラウス先生はその質問に心の底から楽しそうに笑った。


「さぁ? 私も興味深く思っているところです」



 



 ――バタン。


 扉が閉まり、誰もいなくなった教室で脱力する。

 思い出したかのように、校庭の方から居残った生徒たちの声が聞こえてきた。

 そのことに気づいた瞬間、背筋が凍りつく。

 

 ――今まで音が遮断されていた? まさか空間ごと!?


 気づかない内に、空間魔法で外界から隔離されていた。 

 空間を切り取る魔法は誰もが使えるものではない。王宮の宮廷魔道士でも極一部の人間だけだ。 

 いくら魔法学の講師と言え、一介の講師が扱える魔法ではない。


 その事実に今更ながらゾッと血の気が引いていく。


 それに私の仕掛けた魔法陣を無詠唱で無効化させた実力。

 もし、仮にあそこで先生と敵対し、戦闘になったら間違いなく私の負けだろう。逃げ出すことも助けを呼ぶことも出来ずに死んでいたに違いない。


 ――クラウス先生にも、アリアにも関わらないほうがいい。


 本能がそう告げる。

 

「……ははっ」


 思わず笑い声が漏れた。


 なるほど。

 どうやら私はいい気になっていたようだ。

 自分がいかにちっぽけな存在か思い知った。

 

 何と驕っていたのだろう。

 エリオットの一件に然り、全て自分の手で動かせると思っていた。

 失敗してもまだ手はあると思っていた。

 私にはなんだって出来る、その力があると、そう思っていた。


 そうではない。

 単にただ、今まで見過ごされていただけだった。


 どの組織の人間かは不明だが、この学園には生徒以外にも動いている者がいる。

 

 ――それもそうか。

 ここは王族や貴族たちが通う学園。

 様々な意思が渦巻いていて当然なのだ。


 何ということだ。

 生徒会長に就任し、対第二王子派の人間として暗躍し、巧く人を操っていると思い込んでいた自分のなんと滑稽なことか。


「……フフ。ハハハハっ!」


 ――面白い。

 こんな愉快な気分は久しぶりだった。

 

 これは敗北でも挫折でもない。

 新たな目標が私の中で生まれた瞬間だった。


 自分より優れている人間がいるという喜び。

 こんな小さな学園すら牛耳れないようでは自分もまだまだだ。



 ああ、もっと大勢を動かせる存在にならなくては――。

 

 

主人公の知らないところで暗躍していたクラウス先生でした。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

少しでも面白いと思ったり、続きが気になると思っていただけましたら、

ブックマークや評価をしていただけると嬉しいです。

よろしくお願いします!

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