22. 仲間
「……そんなこと初めて言われた」
ぽつりとジョシュアが呟く。
「お前はボクのこと認めるのか?」
「は?」
「すごいと思うのか?」
「え、まぁ……思うけど……」
「そ、そうか」
頬を赤らめて嬉しそうにするジョシュアに思わず目を見張る。
……っく。
クラウスが溺愛する理由がわかった気がする。
はにかむ顔に思わずキュンとしてしまったじゃないか!
ちくしょう!可愛いなっ!
美少女にも負けず劣らず可愛いなっ!
なんならもう美少女枠だよ!
っていうか、これスチル絵じゃない?
照れたように微笑むジョシュアのシーンってシナリオにあったよね!?
おいおいおい――
これってまさかジョシュアルートに入ってしまうんじゃあ!?
「………………」
イヤアアア!
ヤンデレは嫌だ!
監禁は嫌だぁ!
ジョシュアは可愛いけれど、恋愛ルートには行きたくない!
絶対、そんなルートに行かせるものかっ!
「ジョシュア!」
「な、なんだ!? いきなり叫んで……」
「貴方のその才能、一人で抱えているなんて勿体ないわっ!」
私は寝転がるジョシュアの肩を掴んで、その体を起こさせる。
「はい? 何を言い出すんだ?」
「共同研究をするべきよ!」
「はっ?」
シナリオでは、ジョシュアにとって主人公が初めてできたライバル兼友人で、唯一の理解者だった。
だから、彼は主人公に固執してしまったのだ。
そう、彼に必要なのは新たなる仲間! 新たなる友達!
――それは私でなくていい!!
「魔術研究部に行って、共同研究をする仲間を募りましょう!」
「……一体、何を」
「貴方、一人で魔術の研究しているんでしょう?」
「どうしてそれを」
「そんなことはどうでもいいわ! それより、研究を一人でやるのは勿体ないってこと! 一緒に研究してくれる子欲しくない?」
「そ、それは……」
「欲しいよね!」
グイグイとこれ見よがしに言知を取ろうとするが、ジョシュアは中々煮え切らない様子で口をモゴモゴとさせる。
「……どうせみんなボクなんて気味悪がるだろ」
「そんなことないわ!」
「一緒に研究をしてくれる人間なんていないよ」
相当凝り固まったネガティブ思考である。
「……うじうじと鬱陶しい」
「へっ?」
「そんな風に捻くれるまえに、自分から友達作りなさいよ。あんたのは臆病なだけでしょ?」
「え、でも、ボクなんて」
「何が、ボクなんてだ! あんた魔法学ぶっちぎりのトップでしょうが! さっき私が自信持てって言ったの忘れたの!?」
「えっ、あっ……」
「ええい! もうまどろっこしい! ちょっと一緒に来なさい」
「えっ、待っ」
私はジョシュアの手を掴むと、校舎へ連れ戻り、クラウス先生の研究室を通り過ぎ、隣の魔法研究室のドアの前に立った。
「たのもー!」
大声で宣言して、ドアを力強く開ける。
そこにいた魔術研究部の学生たちが驚いた様子で一斉にこちらに顔を向ける。
注目を浴びて、ジョシュアがびくりと体を震わせ、私の後ろに隠れた。
授業だけでは飽き足らず、放課後も魔法を研究し、己の魔術を研鑽することだけに力を注ぐ、謂わば魔法オタクの面子が集まる魔術研究部。
貴族社会の中でも外交よりも研究を好む者はいる。
特に魔法の加護が強かったり、才能を持っている者だったり、純粋に研究が好きだったり。そういう人達は宮廷魔導師を目指したり、個人や仲間で研究をしたりする。
そう彼らは研究者の申し子。
オタクの中のオタク。
――トップオブ根暗集団!
根暗キャラが陽キャラの中に入ろうとするから、馬鹿にされるのだ。
なんだかんだで人は、自分と相性のいい人間しか友達になれない。
そう! 類は友を呼ぶというではないか!
ジョシュアが幼少時に一人ぼっちだったのは単に周りに類友がいなかっただけ。
でも、ここに沢山の同類がいる!
根暗には根暗を。
陰キャには陰キャを!
魔法オタクには魔法オタクを!
「この中で、この子と一緒に研究したい人!」
私はジョシュアの手を引っ張り、勢いよく手を挙げた。
「おおおおお前、何を言い出すんだっ!?」
無理矢理手を上げさせられたジョシュアのフードが外れ、狼狽した顔が露わになる。走ってきたせいで黒髪はボサボサになっていた。
大きな金色の目を丸くし、彼は私と魔術研究部のメンバーを交互に目をやる。
「あれ、魔法学の成績一位の」
「噂のハリス家の子でしょ」
「ああ、あいつが闇の加護を持った……」
そんなジョシュアを見て、教室内がひそひそと騒めき出す。
「あっ……」
その様子にジョシュアはしょんぼりと肩を竦ませるが、私には確固とした自信があった。
「もう一度聞きます。この子と一緒に研究したい人!」
更に大きな声でもう一度問いかける。
すると――。
「はい!」
「はいっ!はいっ!」
「是非とも僕と共同研究しましょう!」
「ずるいぞ!彼はうちの班に必要な人材だ」
「いいえ、闇魔法なら、私の研究に役立つはずよ!」
一斉にあちこちで声が上がった。
「……え?」
状況が把握出来ずにポカンと口を開くジョシュア。
ふっ。
やはり。
光の加護を持った私が平民であろうと気さくに招き入れてくれていた彼らなら、闇の加護持ちというレアキャラを逃すはずがないと思っていた。
彼らは一斉に立ち上がると、我先にとこちらに向かって突進して来た。
「ハリス君っ! ようこそ我が部へ!」
「さぁ! 私と研究しましょう!」
「君、攻撃魔法の拡張術式に興味はあるかい?」
「抜け駆けはずるいぞ!」
「うええっ!」
目をギラギラとさせた魔術研究部に囲まれたジョシュアは情けない声をあげて、身を縮こませる。
「えっ、あの……」
助けを求めて私を見るジョシュア。
その目はもうキャパオーバーらしく、今にも泣きそうだ。
私は大きく頷くと、彼に笑顔を見せる。
「いってらっしゃいっ!」
「えっあ……僕は、うわっ!」
問答無用とばかりに背中を押すと、ジョシュアはたたらを踏んで前に出る。
「やぁ! ようこそ、魔術研究部へ! ハリス君、君の様な才能のある子を待っていたよっ!」
虎穴に入って来た獲物を逃がさんとばかりに魔術研究部の一人がジョシュアの手を握る。
「え、あっ、あの!?」
「それじゃあ、皆さん、この子をよろしくお願いします!」
「うえええ。ちょっと待って!」
「頑張るのよ、ジョシュア!」
はっきり言って、餌に飢えた動物が蔓延る檻の中に投げ捨てたように感じるが、これもジョシュアの成長を想ってのことである。
アディオスっ! ジョシュア!
達者でね!
しかし、手を振って微笑む私に、魔術研究部のメンバーがにじにじと詰め寄って来た。
「アリアさーん? せっかくだし、君も一緒に来なよ?」
「そうよ? 貴女の実力、もっとここで磨きましょう?」
「光魔法をもっと研究させてくれ!」
わお。
こっちも逃がさないってか。
「いえ! 自分、まだまだ勉強不足ですので、もう少し魔術が上達したら来ます! また次の試験前にはお邪魔すると思いますので、その時はよろしくお願いします! それじゃあっ!」
私は早口で言い切ると、さっと踵を返して急いでドアを閉めた。
ドアの向こうで魔術研究部によって揉みくちゃにされたジョシュアの情けない悲鳴が聞こえるが心を鬼にして無視する。
がんばれ、ジョシュア!
友達沢山作るのよ!
――――――――
後日。
クラウス先生の研究室を訪れた私は、ジョシュアが楽しそうに部活動に励んでいるらしいという報告を受けた。
「あの頑固な子をどうやって説得させたんですか?」
クラウスは不思議そうに私に訊ねるが、説得も何もない。
「嫌だなー、先生。私は本当に何もしてないですよ。ちょっと彼の背中を押しただけですって」
ーー物理的な意味で。
私はそっと心の中で付け足す。
「フッ。君って子は、本当に興味深いですね。でも、彼の従兄弟として礼を言いますよ。あの子を孤独にしていたのは私にも責任がありますからね」
おやおや。クラウス先生が私に礼を言うなんて珍しいこともあるものだ。
でもまぁ、先生にはいつもお世話になっているので、ちょっとだけ借りを返せた様で嬉しい。
あれから、ジョシュアに待ち伏せされることも、追い回されることもなくなったし、どうやら彼とのフラグは折れたようだ。
隣の教室だし、たまにはジョシュアの元気な姿を見に、顔を出してもいいかもしれない。
シナリオにはなかった、仲間に囲まれているジョシュアの姿を見てみたいからね。
お読みいただきありがとうございます。
主人公よりも可愛いジョシュア君でした。
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