21. 闇魔法
「ジョシュアは才能があるのね」
「闇の加護なんて一族でも初めてだぞ」
「こんな弟を持てて誇りだよ」
「ジョシュアは凄いわ」
小さい頃から両親や兄姉にそんなことを言われて育ってきた。
物心ついた時から、ボクの才能を目にした両親は優秀な教師を雇い、英才教育を受けさせた。魔法自体は好きだったし、頑張った分だけ家族も喜んだので、勉強は楽しかった。
――しかし。
ある貴族が主催するパーティーでボクは貴族の同世代の子供らから虐めを受けた。
――闇魔法使いは恐ろしい存在だ。
――闇の加護なんて悪魔の子しか持たない。
――闇魔術は危険な魔法だ。
魔術を大して知らないその子供たちは寄ってたかって、そんな風に言って暴力を振るった。
その時までボクは闇魔法が世間からどのように見られているかなんて知らなかった。
少なからずショックだったし、今まで頑張ってきた事を否定されて傷ついた。しかし、黙ってやられているボクではない。
仕返しに攻撃魔法を放った。
攻撃魔法といっても大したものではない。ちょっと脅そうとしただけだった。実際に闇魔法の威力を見せれば彼らだって逃げ出すだろうと思った。
しかし怒りの為か、魔力が上手くコントロール出来ずに、魔法は暴発し、彼らに怪我をさせてしまった。
幸い、彼らの怪我は大したことはなく、寧ろボクを虐めたとして、ハリス公爵家の権力を持って、その件は無かったことになった。
それからパーティなどであっても、僕を虐める人間はいなくなったが、遠巻きに影口を言われるようになった。
それ以来、極力人前に出ることをやめた。
代わりに、闇魔法は凄いということを証明してやりたくて、ますます魔法学にのめり込みようになった。
そんなある日のこと、夏期休暇で我が家に訪れたクラウス兄上に出逢った。
「ふぅん。これは君が?」
庭で魔法学の勉強をしているボクに声をかける人間がいた。
ボクより年上のその少年は、地面に描いた魔法陣をマジマジと観察して、唸った。
「……よく出来ている。その年でこの術式か。すごいね」
魔法陣は自分で考えた術式を取り込んだもので、オリジナルのものだった。それを一目で理解する彼も相当魔術に詳しいことが分かった。
驚く僕を見て、彼は自己紹介をする。
「ああ。僕はクラウス。僕の母は君のお父さんと姉弟なんだ。僕たちは従兄弟さ」
「従兄弟?」
「ああ。しばらく学校に通っていたから、中々顔を出せなかったけど。君が小さい時にも会っているんだよ」
当時まだ学生だったクラウス兄上は、その当時から人好きのする笑みで興味のあることに首を突っ込んでいくタチだった。
「ねぇ、この術式、実際に展開してみることは出来るかい?」
「えっ?」
突然やってきて、ぐいぐいと自分のペースで話を進めるクラウス兄上に、ボクは戸惑いつつも頷いた。
「……出来るけど」
「じゃあ、やってみせて」
「え、でも。人に見せたことないし」
「じゃあ、ボクが第一号だ」
「いや、でも見せられないよ」
「どうして? 大丈夫だよ。ほら、早く」
有無を言わせない迫力で、いつの間にか杖まで持たされた。
しかし、過去の記憶が思い出され、ボクは首を振った。
「ダメだよ。人に見せるだなんて。闇魔法だよ? 危ないよ」
――あの時みたいに暴走して、また傷つけたら。
そう思うと怖くて、杖を持つ手が震えた。
「大丈夫。これでも僕は魔法学ではトップクラスの成績なんだ。君の魔法を封じ込めるくらいなら簡単に出来るよ」
「……でも」
「君だって、本当は誰かに見てもらいたいんじゃないか? これほどの魔法陣だ。これを誰にも見せないなんて勿体ないとは思わないかい?」
それはボクの心を内を覗いたかのような悪魔の誘惑だった。
「さぁ、やってごらん」
「……」
ボクは言われるまま、杖を構えた。
詠唱を始めると杖に魔力が集まるのを感じる。
その魔力に呼応するように地面に描いた魔法陣も光り輝いた。術式通りに発動すれば、真っ直ぐ空に向かって魔法弾が飛ぶ魔法だった。
「おおっ、凄い。これが闇魔法か。禍々しいエネルギーだ」
「……っ!」
あの時の事件がフラッシュバックして、詠唱を一節間違えた。
魔法陣が中途半端に発動し、闇魔法がクラウスの方へ飛んでいく。
「危ない!」
「おっと」
クラウスは早口で詠唱をすると、自身に向かってくる闇魔法の軌道を逸らした。
逸れた軌道は、庭にある巨木に向かい、メキメキと大きな音を立てて倒れた。
「ははは。凄いや。」
唖然とするボクに、クラウス兄上は笑って拍手をした。
「ジョシュア。君は天才だね」
そう言ってボクの頭を撫でるクラウス兄上は、闇魔法をちっとも怖がっていなかった。
ハリス家を代々見守っていた庭の巨木が無惨な姿となり果てたことで、流石に当主である父親から雷を落とされることとなった。
「いやぁ、叔父さんに怒られたね」
「……うん。怖かった」
散々怒られたのに、クラウス兄さんは依然として飄々と笑っていた。
下手をすれば、彼にあの攻撃が当たるところだったのに。
そのことを咎めれば、クラウス兄さんは、なんてことのないようにボクに言った。
「大丈夫さ。君はまだ十にもなっていない子供だろう。これからもっと魔術は上手くなる。それこそコントロールもね。そうだ。何なら夏休みの間は僕が教えよう」
「本当?」
「ああ。僕の魔法を見ただろう。僕も魔法には長けているからね」
「……闇魔法が怖くないの?」
「怖くないさ。君も知っているだろう? 魔法には良いも悪いもないんだ」
「……」
「いいかい。ジョシュア。君の持つ闇の加護は素晴らしい加護だ。努力していれば、きっと君を認めてくれる子が現れるはずだよ」
――――――
クラウス兄さんはそんな風に言ってくれたが、闇魔法理解してくれる人間なんているはずがないと思っていた。
でもボクにはクラウス兄さんがいるから、兄さんさえ認めてくれればそれでいいと勉強を頑張った。
大勢の人間がいる学園への入学は、正直気が重かったが、クラウス兄さんが講師として在籍していると聞いて、通う決心をした。学園は魔法学の勉強にも力を入れており、ここでなら闇魔法を理解してくれる人間もいるのではと淡い期待もあった。
しかし授業に出て、すぐにその期待は裏切られる。
初日の実力を見るテストで披露した闇魔法に、周りの生徒たちは畏れの目でボクを見た。
同じ上級クラスで、光魔法を披露するエリオット王子のショボい魔法にはあんな目を輝かせて称賛をするのに、どうして闇魔法は忌み嫌うのか。そんな同級生たちにすぐさま嫌気がさした。
――分かっていたことだった。
ボクがどんなに闇魔法を極めていても、誰もそれを評価してくれない。
凄いと言ってくれる人間なんてどこにもいないのだ。
そう、思っていたのに――。
「――運も才能も、それを努力する実力もあって、一体何が不満なのよ! あんたはね、凄いのよ! もっと自分に自信持ちなさい!」
平民で大した成績でもないくせに、ボクを見下ろして仁王立ちで説教してくる光の加護持ちの彼女。
でも、闇魔法使いのボクを恐れず真っ直ぐに見つめる生徒は、彼女が初めてだった。
お読みいただきありがとうございます。
ここまで20話のつもりが長くなったので分割しました。ジョシュアsideの話のみになってますね。
学生時代のクラウス先生、非常に気になります。
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