2. 攻略対象 エリオット王子
――どうして、彼が此処に!?
イベント発生場所は校庭じゃなかったの!?
私は突如現れた攻略対象の姿に、体を硬直させる。
そんな私を見てか、エリオット王子はこちらへ歩み寄ってきた。
風に靡く金髪のサラサラとした髪。制服を隙なく着こなした細身の身体付きに長い手足。白い肌は陶器のように美しく、紫の瞳はまるで宝石そのものだ。
キラキラと眩いオーラは何かエフェクトがかかっているのだろうか。
まるでアイドルが画面から出てきたよう。
これが王子のオーラ!
――ま、眩しいっ。
直視するのも憚れる姿に、眩暈さえ覚えた。
「大丈夫かい?」
「ひぇっ」
魅惑のCV××さんの声に小さな悲鳴が上がる。
さすがメイン攻略対象キャラだけあって、イケボ過ぎる。
このビジュアルにこの美声って最強じゃない?
攻略対象の恐ろしさに震えながら、意識が飛ばないようになんとか耐えきる。
「もしかして具合でも悪いのかい?」
蹲る私にエリオット王子は心配そうに声をかける。
「い、いえ。大丈夫です」
「そう? なんだか顔色が悪いみたいだけど……」
――あんたのせいだ、あんたの。
そう思ったが口には出さず、にっこりと笑みを浮かべて見せた。
「ご心配なく。大丈夫ですので……」
「本当に?」
エリオットが更に一歩近づいて、王子の紫の瞳が心配そうに私を覗く。
――っっ!
至近距離のビジュアルっ!! 良っ!!!
ゲーム内でも一番のビジュアルのキャラだが、実際目の当たりにすると語彙が足らんくらいに美しい。
ヒェェ、攻略対象キャラみんなこんな破壊力あるのかよー。
「立てる?」
「へっ?」
差し出された手に我に帰る。
美しい仕草で手を差し出す姿はまるで天使のようで……
「ありが……とう……ございま……」
ふらふらと引き寄せられるようにその手を取ろうとして、思い出す。
このシチュエーション!
場所は違うが、紛れもないイベントのスチル絵!
これがスチルということは、これはエリオット王子との出会いイベントだ!
全身から血の気が引き、伸ばしかけていた手を引っ込める。
確かイベントでは、ここで王子の手を取ると、周りで見ていたご令嬢たちから目をつけられるのだ。
本来イベントが発生する校庭とは違い、この場所は人気は無いが、何処で何か起こるかはわからない。
つまり王子とのフラグへの第一歩!
ここで彼の手を取るわけにはいかない。
「殿下の御手を取るなんて、私には恐れ多いことですわ」
私は無理矢理笑顔を作ると、エリオットの手を躱して立ち上がる。
空に浮いた手に戸惑った様子のエリオットだったが、すぐに柔らかい笑みに戻る。
「おや? もしかして僕のことを知っているのかな?」
「……」
あ、まずい。
私は一方的に知っているが、王子とは初対面だった。
えっと、この出会いイベントってどんな会話してたっけ?
下手なこと言えないぞ。
内心、心臓がバクバクと鳴りながら必死にシナリオを思い出そうとする私に、案の定、エリオット王子が突っ込んできた。
「もしかして何処かでお会いしていただろうか?」
キラキラオーラを振り撒きながら、エリオットが訊いてくる。
だからその笑顔眩しいんだって!
「い、いえ。お会いするのはこれが初めてです。……その、殿下は有名ですので」
顔を背けそうになるのを必死に耐えていると、王子はにこやかに言う。
「ふふ。そうかい? ねぇ、よければ君の名前を教えてくれないかな」
ヤバい。
もしかしてフラグ?
こんな序盤でフラグを立たせたくないんだってば!
「名乗るほどの者でもありませんわ」
「そう言わずに」
ホホホと笑って誤魔化すが、王子は諦めない。
滅茶苦茶グイグイ来るじゃん!
なんでこんな平凡地味庶民に興味持とうとするのよ!
「……えっと」
どう答えたものかと考えていると、運良く校舎の方から授業の開始を知らせる鐘の音が聞こえた。
チャンスだ!
「いっけない! もうこんな時間っ!」
私はオーバー気味に言い放ち、くるりとその身を反転させる。
「教室に行かなくてはいけませんわ! それでは殿下。お先に失礼いたします」
「あ、待って君!」
エリオット王子の声を無視して、私は急いで校舎へと逃げ込んだ。
――――――
猛烈な勢いで廊下を走り、人気のないところで足を止めた私は、後方を振り返って追って来ていないことを確認する。
「ふう。危なかった」
――無事に切り抜けられた。
……と思いたい。
はあ。入学早々肝が冷えたわ。
まさか、王子との強制イベントが始まってしまうとは思わなかった。
ゲームではエリオット王子との出会いは必須イベントだった。
だから、発生場所が違うにも関わらず強制的に起こったということだろうか?
どこまでゲームの強制力が関わっているか分からないが、これは考えているより用心しないといけないかもしれない。
「……対策が必要ね」
廊下の隅で考え込んでいると、不意に背後から声をかけられた。
「そこの君」
「は、はいっ!?」
人が来ていたことに気づかず、心臓が飛び出そうになる。
えっ! 何!?
また強制イベント!?
恐る恐る振り向くと、廊下の真ん中で白衣のような白いローブ姿の一人の男性が立っていた。
背中の半ばまで届く長いストレートの深緑の髪に、細いフレームの眼鏡をかけていて、いかにもインテリと言った風貌の男性だ。
明らかに生徒ではない様子に、一先ずはホッとする。
どうやらイベントではないようだ。
成人男性ってことはここの講師だろうか?
――あれ?
何処かで見たことがあるような……。
誰だっけ?
「もうすぐ授業が始まる時間ですよ。早く教室に行きなさい」
あら、美声。
っていうか、この声も聞いたことが……?
考えに耽っていると、講師は不審な目で私を見つめて言う。
「もしかして教室が分からないのですか?」
「え?」
「新入生ですね?」
「あ、はい。そうです」
「一年の教室は一つ上の階になります。右に曲がって突き当たりに階段がありますから、そこから行きなさい」
「ありがとうございます……」
何か勘違いさせてしまったようだが、とりあえずはお礼を言うと、
「急ぎなさい」
そう言って、彼は立ち去ってしまった。
――――――
うーん。どこかで見たことがあるんだけど。
どこだったかしら?
考えながらも、言われた通り階段を上がり、新入生のクラスへと向かう。
廊下にはまだおしゃべりをしている生徒たちの姿があった。これから始まる学園生活に浮き足だっている様子である。
私が向かう教室は一番奥の部屋だ。
ドアを開けると何人かの生徒がこちらを見たが、すぐに視線を外された。
地味で平凡な見た目の学生に興味ないのか、それとも平民だと知っていて無視しているのか分からないが、イベントが起こらないのであればそれでいい。
特に席も決まっていないようで、私は後ろの方に空いている席を見つけてそこに座った。
軽く周りを観察するも、これといって目立った生徒はいない。
所謂モブといったところだ。
このクラスには攻略対象キャラは所属しない筈である。
この学園は入学すると同時に3つのクラスに分けられる。振り分けは家柄の階級順となり、上級、中級、下級クラスとなっている。
ちなみにこのクラスは貴族の中でも階級の低い身分の人が振り分けられている。
つまりは一番下位のクラスだ。
普通、光の神子という特別な人間は上級のクラスに所属させるのがセオリーかと思うが、主人公は平民ということで、まずは学力を見るために一番低いクラスに所属させらているという設定だった。
身分によってクラスが分かれているが、特例もあり、生徒の学力や能力が高い者は上のクラスに移ることも出来る。
確か、ここで次の試験で良い成績をとれば上位のクラスに移るイベントが発生するのよね。
もちろんその上級クラスには先程の王子を含めた攻略対象がいる。彼らと一緒のクラスになるとそれだけ関わりが増えると言うことだ。
逆に言えば、上位成績を取らなければフラグイベントは発生しにくい。
つまり、このクラスにいる限り、平和が守られるに近い。
うん。一生このクラスにいられるようにほどほどの成績を維持しよう!
ビバ! 平民!
ビバ! 下級クラス!
――――――
そう、決意を新たにしたところだったのに……
どうしてこうなった?
午前の講義が終わった昼休みのことである。
今日は初日ということもあって、ほとんどが授業に関する説明だった。
午後もそれが続くようで早くもウンザリとするが、ここはまず栄養補給だと、私は昼食を摂るために食堂へと赴いていた。
もちろんボッチだ。
だが、気にしない。
平穏であればそれで良し。
広い食堂は席も十分にあり、混み合うというもなく、私は隅の方の空いている席で昼食を満喫していた。
食堂のメニューは少ない種類ながらもどれも美味しそうな上、なんと無料だった。
おそらく入学金とか貴族からの支援金から賄っているのだろうが、平民である私にとって大変ありがたいシステムである。ちなみにどのメニューもケータリングにも対応しているため、食堂以外の場所で食べる生徒も多いようだ。
静かな場所があれば、私もそうしようかな。
そんなことを考えながら食事を済ませ、そろそろ教室に戻ろうかなとしていたところへ、何やら入口の方から騒めきが聞こえた。
何だろうか?と思っているうちに、その騒めきが近づいてくる。
……なんだか非常に嫌な予感がする。
私は急いで席を立とうとするが、一足遅かった。
人垣の中から見覚えのある金髪が視界に入る。
全身が見えなくても、そこからキラキラエフェクトが発せられているのが分かった。
見ないでも誰が来たか分かる!
逃げ出したいのに、人垣が邪魔して進路がない!
私があたふたしている間に、その人物は私の前に現れた。
「やぁ、また逢ったね」
エリオット王子の再来である。
え? 今朝の今でもう?
まだ昼休みだよ?
混乱する私にエリオット王子は爽やかな笑みを浮かべる。
それに対し、王子の周りに集まった子息令嬢から「お前は何者だ」という鋭い視線が突き刺さる。
ひっ、何この状況!
「……私に、何か御用でしたでしょうか?」
震えそうになる声を絞り出して訊くと、エリオットはポケットから白いハンカチを取り出して私に差し出した。
「君、ハンカチ落としてただろ」
「えっ?」
差し出した白いハンカチは紛れもなく私の物だった。
もしかして、逃げる際に落としてた?
ベタ過ぎる展開にサーと頭から血の気が引く。
……迂闊過ぎるだろ、私。
自ら攻略対象キャラと接触する機会を増やしてどうする。
「どうかした?」
「い、いえ、ありがとうございます」
とりあえずハンカチを受け取り、お礼を述べる。
まさか、これだけの用件で食堂まで来たのだろうか?
わざわざ私を探しに?
ちらりと顔を上げると、王子は満足そうに笑い、私に訊いてきた。
「ねぇ、君って噂の特待生なんだね」
うわ。早くも調べられてる……。
仕事早すぎでしょう? まだ1日も経過してないよ?
私は青ざめながら頷くと、王子は目を輝かせる。
「僕も君と同じで光の加護を持っているんだ。めずらしい加護だから、周りにも光魔法を使える人間がいなくて。そんな僕らが同じ学園で、しかも同じ時期に入学なんて素晴らしい出会いだと思わないかい?」
そういえば、エリオット王子はとてつもなくロマンチストだったことを思い出した。
シナリオでも同じ光の加護を持つ主人公に運命的なものを感じ、勝手に好意を持つのだ。
そして、次に来るセリフが予想できた。
「良かったら、僕たち友達にならないかい?」
嗚呼!やっぱり!
王子の言葉に周りが騒めく。
突き刺さるような目が痛いっ!
女子生徒たちからは殺気まで感じるし!
ヒェェっ。
ああ、なんてことだ。
早くも破滅への第一歩が始まってしまった……。
お読みいただき、ありがとうございます。
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