18. 試験
どうしてこうなった。
やることが……やることが多いっ!
学業がこんなにも忙しいなんてっ!!
ゲームだった頃にはただボタンを押せばよかっただけだった。
スキップボタンを押せば、たった1秒足らずで授業1コマが終了した。
座学も実技も苦労することなく、主人公の頑張る様を画面の向こう側から眺めればいいだけだった。
今、身に沁みて分かる。
主人公があの1秒間にどれだけ大変な思いをしていたか!
うう、ゴメンよ。ヒロイン。あんたはよく頑張っていた!
なかなかパラメーターが上がらなくて怠いな、なんて思っていた自分を殴りたいっ!
なんせ今まで平民として過ごしてきたアリアにとって、いきなり貴族の学校に入って勉強なんてハードルが高すぎる。
前世の記憶を持っていると言えども、この世界の教養も知らないし、ましてや魔法や貴族の勉強なんて知るよしもない。
ぶっちゃけ、乙女ゲーイベント回避どころじゃない。
入学して二か月で試験ってどういうことなの!?
「うぅ……」
「アリアさん、そんな泣きながらやらなくても……」
ペンを握りながら涙を浮かべ必死の形相で勉強をする私に、クラウスが引きつった顔でハンカチを差し出した。
「ぐす……。ありがとう、ございます……。でも、ここで負けたら、私……お終いなんです」
私はハンカチを受け取り、溢れる涙を拭う。
なんか私が持っているハンカチと違って、つるつるとしていていい生地だ。さすが貴族の使う物は違う。
「鬼気迫るものがありますね……」
「当たり前です! だって、この試験に落第したら、退学ですよ!」
そうなのだ。
平民であるアリアは、あくまで光の加護を受けた特待生として、この学園に入学を許されている。将来は国のために尽くすことを条件として、お高い授業料から生活費まで丸っと国から免除をされた特待生である。
その為、特待生として相応しくないと判断されれば、強制的にこの学園から退学させられてしまうのだ。
そう、早い話、良い成績をとらないと退学と言う名のバットエンドが私に迫っていた!
学園を去るのなら寧ろハッピーエンドじゃない?と思うかもしれない。
だが、それは違う。
単に平民の生活に戻るだけと思ったら、そうは問屋が卸さないのだった。
碌な成績を取ることが出来なかったヒロインは学園を強制退学させられ、町に戻る。しかし、アリアに待ち受けていたのは、世間からの冷たい目。神の名を騙ることは国民にとって最も重い罪。学園を退学させられたアリアは、光の神子を偽っていたとみなされ、酷いバッシングを受けることになるのだ。
町に戻ったアリアだったが、彼女に対して町のみんなは冷たく当たる。そればかりではない。彼女の両親までが誹謗の対象となり、一家は町を追い出されてしまうのだ!
町を出て、アリア家族は行くあてもないまま、放浪する。しかし、食べ物もいつしか底を着き、森の中で家族共々ひっそりと野垂れ死ぬのだった……
あの時、もっと勉強していれば良かったと激しく後悔しながら……
嗚呼、なんて悲惨なバッドエンド!
家族を巻き込んだ野垂れ死エンドって!!
誰がいったいこんなストーリーを考えた。
って、私だよ!!
馬鹿バカ、前世の私の馬鹿!
そこまで酷い結末にしなくてもいいじゃない!
本当に乙女ゲームかよ!?
「うぅ……お父さん、お母さん。……馬鹿な娘でごめん」
最悪な結末を思い浮かべて涙を滲ませる私にクラウスは呆れたように言う。
「色恋沙汰に構っているからこうなるんですよ。真面目にちゃんと勉強していれば今頃はこんな状況になっていなかったのでは?」
はっきり言ってそれは聞きづてならないセリフだ。
「好きで関わっていたわけじゃありませんっ! 向こうが関わってきたんです! 私だって平穏に過ごしたかったのに!」
「その割には色々と画策していたようですが」
「……」
無言でクラウスを睨むと、彼は私の気迫に押されたのかコホンと咳払いをして、取り繕った。
「まぁ、そういう事にしておきましょう。あと一週間でどれだけ出来るか分かりませんが私も出来る限りお手伝いしますよ」
「先生っ!」
「はいはい。泣かないでください。そのびしゃびしゃのハンカチは差し上げますから、涙を拭ってください」
「ううぅ、ありがとうございますぅ」
それから一週間。
私は死に物狂いで勉強をした。
朝授業前、昼休み、放課後とクラウス先生の研究室に篭り、兎に角も勉強漬けの日々を送った。
そしてあっという間に試験の日を迎え、あっという間に全ての試験期間が終了した。
――――――――
「お、終わったー」
地獄の試験期間が終わり、私は燃え尽きていた。
学生時代だってここまで勉強したことはなかったのではないだろうか。
一週間そこらで、よくぞここまで詰め込んだと自分で自分を褒めたい。
上位は無理として、中間位に行けていたら良い方だ。
「はー。今日のお茶は一際美味しいです」
「よく頑張りましたね」
いつものように魔術研究室に居座る私に、クラウスはお茶を淹れてくれた。
試験後のお茶は殊更に美味しい。
「先生のお蔭です。ありがとうございました」
「いえいえ」
「あ、あと魔術研究部の皆さんにもお世話になりました」
「魔術研究部? ですか?」
「はい。ほら、魔法学の実技試験あったじゃないですか。その試験対策を隣の魔術研究部にお手伝いいただいたんです」
「いつの間にそんな交流を」
「皆さん親切で助かりました。ちょっと個性的だけど良い子達ですね」
この部屋の隣は講義用の魔法学研究室となっており、普段は授業で使用されているのだが、放課後には魔法学を極めようとせん魔術研究部なるものが使用していた。要は部活動である。
クラウスも時より、彼らの指導に出向いていたりと、前々から気にはなっていたのだ。
「……というか、実技の勉強なら私が見ましたのに」
「先生の指導はスパルタなのでついていけません」
不思議そうに首を傾げるクラウスに、私はとんでもないと首を横に振る。
そう、クラウスは魔術の上級クラスを教える講師だ。
入学したての頃に私も実技の勉強を見てもらったのだが、教え方こそ丁寧だが、求めるレベルが高すぎて早々音を上げた苦い体験があった。
魔力のマの字も分からない自分に、次から次へと魔術式を教え込み、魔力が枯渇するまで実践させるというスパルタ講義。お陰でその日は息も絶え絶えになりながら、寮に帰宅し、丸一日寝込む羽目となった。
ある程度、クラウスの人格を知った今なら分かる。
あれは光の神子の力を測るべく、どこまで出来るか試した人体実験だったと!
下級クラスの先生だって、そんな非道な真似しなかったのに!
優しい顔して実は鬼だよ、この男。
そんな訳で、実技試験対策として勉強を見てもらうのに、クラウス先生ではなく、隣にいた魔術研究部に頼ったという訳だ。
クラウス先生に見てもらったら、試験の前に死んじゃうからね!
その魔術研究部の皆さんは、どちらかというとオタク気質の子達が集まったちょっぴり厨二病ちっくな話し方をする個性的な面子の集まりだった。最初はちょっと引いたけど、中身は貴族とは思えない気さくな良い子たちばかりで、魔術ド素人な私にも優しく指導してくれた。
彼らからしたら、私の光魔法がとても珍しく、研究対象として魔法を教えてくれたこともあったみたいだけど……。まぁ、そこはWin-Winの関係ということで。
試験後も是非とも光魔法の研究をさせてくれと懇願されているが、彼らのお陰で実技試験も終わったし、気が向いたら顔を出してもいいかもしれない。
「……ところで先生。私の成績はどんな感じですか?」
「落第レベルではないのでご安心を」
机を挟んだ向かい側でお茶を飲むクラウスはにっこりと微笑んで答える。
試験が終わった直後だというのに、当然のように私の試験結果を知っているクラウスの情報収集能力が恐ろしい。成績発表は来週のはずだ。
ともあれ、彼がそう言うのならば、退学は免れたということだ。
「良かったー」
私は心底ホッとして、椅子にもたれかかった。
――お父さん、お母さん。アリアは家族を守ったよ!
「本音を言えば、もう少し上位を狙って欲しかったところですけど。それはまあ次回以降のテストに期待しましょう」
嫌でーす!
私は心の中で叫ぶ。
あれだけマンツーマンで勉強を見てもらった立場なので、本人を目の前にして口が裂けても言えないが、成績上位を目指すつもりは毛頭ない。
なんせ、迂闊に成績が良いと、上級クラスに編成され、攻略対象達のフラグが立ってしまうからだ。
エリオット王子とリディックに関しては、もうフラグは立つことはないだろうが、それでも上級クラスには残りの攻略対象キャラが二人潜んでいる。
どちらの攻略対象のフラグ解放条件は、上級クラスの編入なので、このまま今の成績を維持できれば彼らとのフラグは立つことはないはずだ。
これでやっと私の学園生活に平穏が訪れるのね!
これが真のハッピーエンドよ!
シナリオライターの私にかかれば、死にゲーの乙女ゲームも怖くないってことよ!
あははははははっ!
――――――
ハッピーエンド。
そう、その筈だった。
――事件は、唐突に起こる。
いつものように放課後にクラウスの研究室に向おうと廊下を歩いていた私を呼び止める声がした。
「ちょっと、そこの平民」
可愛らしいショタボイスが聞こえ、思わずもの凄い勢いで振り返る。
「うおっ!」
驚いた声が聞こえ、見ると、学生用の魔術師のローブを着た少年が尻餅をついていた。
私があまりに奇怪な挙動で振り向いたものだから、声をかけてきた人物が驚いて後ろに転倒してしまったようだった。
「ごめんなさい。大丈夫ですか?」
私は駆け寄り、黒いローブ姿の少年に手を差し出す。
少年はローブのフードを深く被っており、顔の半分以上が隠れている。
「……」
しかし、その少年は差し出した私の手を叩き落とすと、自分で立ち上がった。
小柄の少年は立ち上がるとちょうど私と目線が同じくらいに高さになる。
深々と被ったフードの下から覗いた金色の両目が私を睨む。
……あれ?
――この目。
ゾクリと悪寒を感じ、背中に嫌な汗が流れた。
「――お前。アリアとか言う平民だな」
少年は私を睨みつけたまま、口を開く。
低く唸っているが、隠せないほどのショタボイス。
――こ、この声は!
「ちょっと顔貸しな」
ローブから覗く華奢で色白の肌に体が震えた。
私は知っている。
この可愛らしいショタボイスと、ローブに隠れた童顔プリティーフェイスを!
間違いない。
―――第三の攻略対象キャラクターだ!
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