16. 決着
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3/30タイトル変更しました。元タイトル→「乙女ゲームのヒロインに転生しましたが、死にたくないので攻略対象はお断りします」
モルガン先輩の一撃をまともに食らったリディックは救護班の手によって、保健室へと運ばれて行った。
それから数日が経ってもリディックが復帰したという話は聞かなかった。
騎士クラスの試合の話は、もはや学園中の人間が知っており、何処を歩いていてもその話で持ち切りだった。
――しかし、その当事者のリディックの姿は学園にない。
訓練場に顔を出しても、彼の姿も、ファンクラブの姿もなく、どこに居るか知っているか聞き回ったものの、答えられる生徒はいなかった。
試合に負けて顔向けができないから家に帰ったとか、外国へ留学したとか、はたまた鍛え直す為に修行の旅に出たとか、そんな噂が飛び交う始末で、私は無性に心配になった。
そこで、最後の手段である、情報通のクラウス先生に訊ねることにした。
「ああ、リディック君ですか」
「はい。あれから訓練場にも姿を現していないようですし……」
「心配ですか?」
「ええ」
私が頷くと、クラウス先生は「ふむ」と頷く。
……うーん、これはさすがにクラウス先生も知らないか、と思っていたら。
「彼なら学園の近くの病院ですよ」
クラウスはあっさりとリディックの居場所を口にした。
「えっ、病院!? 」
思わず大きい声が出る。
居場所を知っていることにも驚いたが、その場所に更に驚いた。
「そんなに悪いんですか?」
「いえ。肋骨に軽いヒビが入ったそうですが、命に別状はありませんよ」
「骨にヒビ……」
「それももう大方回復魔法で治っているそうですし、安静の為に入院中と言ったところです。ああ、でもこの事は内密に。彼にもプライドがあるようで、怪我で入院していると知られたくないそうですよ」
……うん。じゃあ、どうしてそんな情報を貴方は知っているんだい?
思わずツッコミそうになったが、今に始まった話じゃないので、その言葉は飲み込んだ。
でも、秘密にしてあるということは、モルガン先輩も知らないということか。
格上の貴族に怪我をさせたことで、モルガン先輩の立場が悪くなるんじゃないかと一瞬不安に思ったのだが、その心配はなさそうで少し安心する。
「なんでもファンクラブの子達や家族とも面会を断って、病室に籠っているらしいですよ。よっぽどショックだったのでしょうね」
「……あの、先生。その病院って、どこか教えて下さいませんか?」
――――――――
――コンコン。
「……」
ドアをノックしても返事はない。
仕方ないので、ドアを開けると個室のベッドの上にリディックの姿があった。
「……面会なら全て断れと言っただろう」
横になったリディックがシーツを頭から被り、こちらを見ることなく言う。
「えーと」
看護師と勘違いしているとは言いづらく、どうしたものかと立っていると、不審に思ったのか、シーツの中から赤い髪が顔を出した。
「聞いているのか! …………って、お前!?」
「ごめんなさい。お見舞いと思って来たんだけど……」
「ど、どうして。いや。そもそもどうして此処が」
口をパクパクとして固まるリディックに私は苦笑いで返す。
「ははは。ちょっとしたツテから聞いて……」
するとリディックは上半身を起こそうとするが、腹部を怪我している所為か、苦悶の表情を浮かべながら、ゆっくりと体を起こした。
「……辛そうね」
その様子に思わず声をかけると、リディックは睨みつけてきた。
「笑いにきたのか?」
「違うわよ。……傷はどう?」
「このくらいなんともない」
「そう、それは良かった」
ホッとして笑顔を作ると、何故だかリディックは驚いたように目を見開いた。
「……お前、まさか本当にオレのことを心配して?」
私は素直にコクンと頷く。
「私、本当に貴方が心配で心配で……。迷惑かもって思ったんだけど、どうしても気になって……」
「アリア、お前……」
リディックは感極まったように、言葉を無くす。
「そうか。そんなにオレのことを心配して……」
「ええ」
そんな彼に私はふっと微笑んでみせた。
「だって、なんだかとんでもないことになっているんですもの」
「………………は?」
リディックは私のセリフにポカンと固まる。
この様子からすると、本当に彼はまだ何も知らないようだ。
まぁ、面会謝絶にして引き篭もっていたのだ。無理もない。
「実はね」
そう切り出し、私は何も知らない彼に説明を始める。
「今回の一件で、講師陣から上級クラスの扱いについて言及があったの。今後は家柄に関係なく実力主義で騎士クラスの編成を考えているらしいわ」
「は?」
「試合の結果が結果だけに仕方ないわよね。まさか上級クラスが下級クラス相手に惨敗だなんて。もっとも、オーウェン先生は最近の上級クラスの素行について前々から思うところがあったみたいで、それもあっての提唱だったらしいけれど」
「おい、ちょっと待て?」
「勿論、このことは皆さんの御実家にも報告が行くでしょうね。上流階級の面子に関わる大事件になりそうで、どういう反応が来るか想像するだけで恐いわ」
「……ま、待ってくれ。話を整理させてくれないか」
「あ! それとは別に、貴方の今までの行いが陛下の耳に入っているそうよ。エリオット王子の近衛騎士である貴方が発端となった騒動ですもの当然よね」
「へ、陛下の?」
「そうそう。近衛騎士と言えば、この学園に入ってから貴方がエリオット王子の警護に付いている様子が一切見られないことについても勿論報告に上がっているわ。いくら学園の中と言え、近衛騎士が王子に付いていないなんてあり得ないわよね。実際に貴方、先週までエリオット王子の周りで起っていた貴族間の攻防のことなんて全然知らないのでしょう? これについても貴方の御実家に報告が入っているそうよ」
一気に捲し立てるように話して、私はふぅと息をつく。
気づけば、途中からリディックの反応がなくなっていた。
そうよね。
私もこんな大事になるなんて予想も付かなかったから、当然だろう。
私は石碑のように固まったままのリディックに憐れみの目を向ける。
「今後の処遇について貴方の家がどのような判断を下すか、私はとても心配で……。だからお見舞いに来たの」
「……」
「リディック様? 聞こえてます?」
「……お、お前。なんてことを……」
リディックがわなわなと震え出す。
どうやら、ショックを通り越して怒りに転じたようだ。
まるでゲームで見たバッドエンドのように。
「え? 私?」
「そうだ! こんなことになったのは、お前があんな不利な勝負を持ち掛けたからじゃないか!」
「不利って……。条件をのんだのはリディック様ですよ?」
ショックなのは分かるけど、私の所為にしようなんてあんまりじゃないか。
「うるさいっ! 」
怒りで我を失ったリディックが私を睨みつける。
吊り上がったオレンジの目が狂気の色を孕んでいで、思わず後退りする。
「……落ち着きなさい。リディック」
「平民の分際で、よくもオレを陥れたな」
「いや、自業自得でしょ?」
「生意気な口を聞くなっ!」
「――っ!」
リディックが吠えて、私に飛びかかろうとした。
その時だった。
「見苦しいぞ! リディック!」
重低音の喝が私の背後から飛んできた。
振り向くと、恐ろしく顔の整った壮年の紳士が立っていた。
赤い長髪を後ろに束ね、背筋が真っ直ぐ伸びたガタイのよい体格に、オレンジの吊り目。
一目でリディックの血縁と分かる人物だ。
「……ち、父上」
リディックは部屋に入ってくる父親を驚いた目で凝視する。
「リディックっ!」
父親が一喝する。
鼓膜がビリビリと震え、私まで恐怖に硬直する。
「父上、これは……ご、誤解です」
「騎士が言い訳をするなっ!」
ゴンっ!!
リディックの頭に父親の拳が振り下ろされた。
「っ!」
痛みに頭を抑えて呻くリディックを薄目で覗く。
うーわ。あれは痛そう。
そのリディックの父親がくるりと踵を返し、こちらを向いた。
思わずビクリと体が震える。
「……アリアさん。愚息が迷惑をかけたね」
「いえっ! とんでも無いです!」
ものすごくジェントルなのに、圧が強くて、めちゃくちゃ怖い。
さすが禁軍の騎士隊長。
声が上擦りそうになる。
「しばらくの間、愚息を鍛え直すことにした。責任を持って、まともな男にするつもりだから安心してくれたまえ。今回の件は、こいつにとって良い経験になっただろう。礼を言うよ」
「そ、そんな、恐れ多いです……」
「フフ。噂通り、君は面白い子だな」
「へ? 噂?」
「何でもない。さあ、後のことは私に任せて、君は帰りなさい」
「は、はい。……し、失礼します」
私は親子を残して、病室から出る。
……なんだか、意味深に微笑まれたんだけど。一体何なの?
どんな噂を聞いたの?
って言うか、私、噂になっているの?
モヤモヤが残りつつも、とりあえずリディックに襲われなかったことにひとまず安堵する。
まさか父親自ら来るとは思わなかったけど、予めリディックの実家に連絡を入れておいて正解だった。
一対一で対峙してたら、バッドエンドの二の舞になるところだった。
手配してくれたクラウス先生に感謝である。
あの怖い父親に育てられたリディックには同情するが、性根は鍛え直してもらわないとね。
「良かったわね、リディック。貴方の燻っていた人生が大きく変わっていきそうよ」
父親の説教が響く病室に向かって、そっと呟くと、私は病院を後にした。
――――――――
「はぁ。ミアちゃんの差し入れも美味しかったけど、やっぱり、先生の淹れるお茶が一番落ち着きます」
あれから数日が経ち、日常が戻った私は、クラウス先生の研究室でまったりと過ごしていた。
うん。攻略対象が静かだと私も平和だわ。
風の噂(と言うか、ほぼクラウスの情報なんだが)によると、騎士クラスの階級によるクラス分けを止めて実力によるクラス編成をするという話だが、上流階級の貴族たちの猛反発を受け、それは見送られることになったそうだ。
しかし、下級クラスに負けた上級クラスに向けられる周りの目は冷ややかなもので、彼らによる下級クラス虐めは無くなったと聞く。
「今回のことで腐り切っていた上級クラスが心を入れ替えたようで、真剣に授業を打ち込んでいるらしく、オーウェン先生も喜んでいましたよ。これで今年以降の卒業生は良い人材が輩出出来そうで、学園としても思わぬ利益がありそうです」
「へぇ、それは良かったですねー」
なんだか色々と改革があったようで、クラウスは珍しく活き活きと話す。
この男、ひょっとして噂話好きだな。
「これも対戦試合を提案した貴女のお蔭だとオーウェン先生が感謝していました。……まさかこれも狙っていたのですか?」
「ハハハハ。そんなまさか」
私だってここまで騒動が大きくなるなんてビックリしている。
正直、私はミアちゃんとモルガン先輩が守られて、尚且つリディックの鼻を明かせたらそれで満足だったのだ。
寧ろ、画策したのは私よりも――
「私より先生の方がこの件に噛んでいるでは?」
私はテーブルを挟んで向かいに座るクラウス先生を見つめて言った。
「ほう?」
「この一連の騒動が王様の耳にいち早く届いたのって、誰かがそう上に報告したからじゃないかと思っているんですけど」
「さぁ? 何のことですかね」
そう言ってクラウスは優雅にカップを傾け、涼しい顔でお茶を飲む。
相変わらず、正体を明かす気にはならないようだ。
ただの一介の講師じゃないことは明白なんだから!
ほんと、どんな裏設定があるのだろう。
まぁ、そこら辺を突っついて、下手に敵に回してしまうのだけは避けたいので、触れないでおくけれど。
こうしていつもの日常が戻ってくれば、問題なし!
ああ、平和が一番!
「美味しいお茶ですね」
「そうだね」
互いに腹の内に黒いものを抱えたまま、私とクラウスは笑い合ってお茶を飲む。
「……ところでアリアさん」
ふと、クラウスは机の脇に追いやった私の鞄に目を向けて言う。
「来週から試験がはじまりますが、勉強の方は順調ですか?」
「へ?………………試験?」
突如、耳に入る言葉に世界が止まった。
「……………………………………えええっ!!!!!」
とんでもないことに気づき、私は絶叫を上げる。
……あ、あれ?
私の平和はどこへ?
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