13. イベント発生!?
放課後、訓練場に通い初めて今日で5日目。
そろそろ、リディックも私に対する興味が薄れ始めてきている。
私の方もどちらかと言うと、リディックではなく、ミアちゃんやモルガン先輩との友好度が深まっている感じだ。
正直言って、オーウェン先生の迫力のあるダンディな美声を聴きながら、ミアちゃん達とお喋りをする時間と化している。
リディックのフラグも立たなそうだし、徐々に通う回数も減らしていいかもしれない。
そんな事を考えながら、今日も訓練場へと向かう。
「あれ? 今日はミアちゃんいない。授業でも長引いているのかしら?」
観客席に彼女の姿がないことに首を傾げる。
グラウンドにはモルガン先輩の姿はあるので、きっと遅れてくるのだろう。
「しょうがない。教科書でも読んで授業の復習でもするか」
私はいつものようにリディックファンクラブの面々とは少し離れた場所に席を取ると、鞄から本を取り出した。
「おや、アリア君ではないですか」
黙々と本を読んでいた私に意外な声がかかる。
声のする方へ顔を向けると、クラウス先生が訓練場のグラウンドから歩いてくるではないか。
普段先生のいる研究棟から訓練場へはかなり離れているので、彼がこんな所にいるなんて珍しい。
クラウスはグラウンドの端を通り、観客席までやって来た。
「先生、どうしたんですか?」
「騎士クラスの講師に少し用があったんですよ。でも、私より君の方がこんな所にいるなんて意外です。ここ数日、研究室の方にも顔を出さないし、どうしたのかと心配していたんですよ」
「ええ、ちょっと、その、事情がありまして……」
言葉を濁す私に、クラウスは訓練場の方に目をやり、黄色い歓声の的となった一際目立っている人物を見つけ、目を細めた。
「あれはリディック・デイヴィスですね」
クラウスは私の方へ視線を戻すと意味深な笑みを浮かべる。
「……なるほど」
――何がなるほど、だ。
その探るような眼差しでこちらを見ることを止めて頂きたい。
リディックを攻略しようなんて考えていないから!
「何か誤解されているようですが、私は好き好んでこの場所にいるわけではありませんから」
私はすぐさま弁明する。
「別に何も言ってませんよ」
「……」
相変わらず飄々として捉えどころがない人物だ。
どうせ王子の次はリディックに目を付けたな、とか思っているのだろう。
こっちは関わりたくないって言うのに!
まぁ、いい。
ちょうどいい機会だ。ヘルプキャラにアドバイスを聞こうじゃないの。
「先生。私、あまり詳しくご存知ないのですけれど、彼がどんな人物かご存知ですか?」
私はクラウスを見上げて訊ねてみた。
「リディック君ですか。そうですね」
クラウスは眼鏡の縁を軽く押して、少し考えるように腕を組む。
「デイヴィス家は由緒正しい騎士の家系で、代々優秀な騎士を輩出している上流貴族です。彼の父親は禁軍の騎士隊長をしており、王族との信頼も厚い人物で、そのため、第二王子と同い年のリディック君は幼い時分から近衛騎士として王子の護衛についているのですよ」
「へえ」
「将来有望な騎士見習いとされていますが、ここ数年はあんな調子で多くの女性と浮き名を流しているようですね。王子の近衛騎士だというのに困ったものです」
「なるほど……」
ぶっちゃけ近衛騎士の設定なんて忘れていた。
そんな役職にあるのに、エリオット王子の側についているのなんて見たことがないし。
うーん、ゲームのシナリオにもそんな設定のエピソード書いた覚えはないし、これも後付け設定というやつかもしれない。よくある話だがキャラを際立たせる為に、エピソードには関係ない設定をつけることは多々ある。
近衛騎士も箔付けに付けた名ばかりの設定なのだろう。
ちなみに、リディックルートのシナリオはこうだ。
まず、彼との好感度が高まると、主人公に良いところを見せようとするリディックが、上級生相手に一騎討ちの勝負を持ちかけるイベントが発生する。
ここで主人公には2つの選択肢が提示される。
一つ目の選択肢「リディックを応援する」を選ぶと、調子付いた彼は勢い余って上級生を剣で刺し、瀕死の状態にしてしまう。
軽い気持ちでやった勝負は大事となり、学園内で起こった惨劇に、リディックは責任を糾弾されて学園を追放されてしまう。
ここで一人で責任を負えばいいものの、リディックは勝負をさせたのは主人公の所為だと主張し、ヒロインを道連れにしようとする。学園を追い出されたリディックは自暴自棄となり、主人公を逆恨みして殺してしまうのだ!
これが通称バッドエンド。
二つ目の選択肢「心配して見守る」を選ぶと、リディックは影ながら応援していた初恋の君を思い出し、その隙を突かれて勝負に負けてしまう。
騎士としてのプライドが折れたリディックだったが、主人公はそんなリディックに叱咤をするのだ。自分を叱る主人公の愛情に彼は気づき、リディックは今まで閉ざしていた心を開くようになる。
これがハッピーエンドに繋がる恋愛ルート。
しかし、この恋愛ルートのシナリオの中でも主人公はリディックファンクラブの令嬢たちから妬みを買い、数々の嫌がらせをされる。
リディックの好感度が一定以上溜まって入れば、リディックが助けてくれるのだが、そうでない場合、最悪死ぬ。
もう一度言おう。
最悪死ぬ。
……誰だ、こんなクソシナリオ書いたの。
バッドエンドでも殺されるし、恋愛ルートでも下手したら殺されるじゃないか!
酷い!
死しかない!
こんなシナリオ書いたやつ許せん!
誰よ!
って私だー!
馬鹿馬鹿! 何でこんなクソシナリオ書いた、前世の私っ!
間違ってもこのリディックルートだけは開放したくないー!
と、いつもなら明後日の方向に叫ぶ私だったが、今回の私は一味違う!
なんせ、ばっちり対策は打ってあるから、問題ないのだ!
こうしてリディックのファンクラブの片隅に埋没していれば、リディックのフラグ自体発生しないからだ!
ここ数日でリディックの私に対する興味を失っているし、あと数日通ってフェイドアウトすれば万事解決よ。
「ふふ、私って天才」
私が自分の立てたプランに酔い親しんでいると、クラウスが訓練場の方を見て「おや?」と首を傾げる。
「どうしたんですか? 先生」
「なんだか不穏な空気が漂ってますね」
クラウスが指差す方を見て、私は愕然とした。
訓練場の端で、何やら揉めている男女の姿が……
って、リディックがミアちゃんにちょっかいをかけているじゃないか!
その横には顔を蒼白させたモルガン先輩もいる。
あれは明らかにリディックがミアちゃんを口説いている状況だ。
「あれはスタンレー家のモルガン君とベネット家のミア君ですね。下級貴族のスタンレー家の嫡男とその婚約者ベネット嬢のカップルですよ。元々は、財政が厳しいスタンレー家が上流階級のベネット家の資金目当てで取り付けた政略結婚による婚約でしたが、交流を重ねるうちに相思相愛となったらしいです」
さらりと生徒の個人情報を流すクラウス。
あんたの頭の中には全校生徒全員の個人情報が詰め込まれているのか。
凄いを通り越してもはや恐怖だ。
って、ツッコミを入れている場合ではない。
明らかにリディックが何かやらかしている。
あの純情な二人の恋路を邪魔するなんて!
どう考えても嫌な予感しかしない私は立ち上がった。
険悪な雰囲気の彼らの元にやってきた私は驚き光景を目にする。
リディックが嫌がるミアちゃんの手を掴んでいたのだ。
その傍らには顔色を変えたモルガン先輩がいたが、彼は悔しそうに体を震わせて、その状況を見ているだけだった。
「ミアちゃん!」
私はその様子を目の当たりにし、カッとなって、二人の間に無理矢理割って入ると、ミアちゃんの手を掴むリディックを引き剥がした。
「何をする!」
突然現れた私に、驚いたリディックが睨む。
「ミアちゃん、大丈夫?」
私は馬鹿騎士を無視して、怯えるミアちゃんの肩を掴んだ。
震える彼女の足元には、差し入れの手作りのお菓子が無惨にも地面に転がっていた。
「酷い……。これ、貴方がやったの?」
リディックを睨むと、彼は一瞬罰の悪そうな表情を浮かべたが、すぐにいつもの澄ました顔に戻し、弁解をする。
「少しアクシンデントがあって、落ちてしまっただけだ。……フン。まぁどの道、三流貴族には過分な物だった」
リディックは隣にいるモルガン先輩をちらりと見て、侮辱の言葉を投げつける。
「それ、どう言う意味よ」
「彼女にはもっと相応しい男がいるっていう意味だ」
まさか!
この男、ミアちゃんにまで手を出そうって言うの!?
モルガン先輩を見ると、彼は強ばった表情を浮かべ、悔しそうに顔を下に向ける。
その手は側から見ても分かるくらいキツく握られていた。
身分上、彼はリディックに逆らえない。
だからどんな侮蔑的な発言をされても、耐えるしかないのだ。
「……最低ね」
気づけば、そう呟いていた。
「はっ?」
リディックは「何か言ったか?」と首を傾げる。
「最低だって言ってんの!」
「アリアちゃん!」
リディック相手に暴言を放つ私をミアちゃんが慌てて止めようとする。
しかし、一度口をついてしまった言葉を止めるつもりはない。
私はリディックを正面から見据える。
「婚約者がいる令嬢を口説こうとするなんて騎士の風上にも置けないわ! しかも、白昼堂々、婚約者のいる前で口説くなんて、なんて最低なの!」
「なん……だと?」
「将来有望な騎士見習いだか知らないけど、来る日もくる日も女の尻を追いかけて、あんたねぇ、王子の近衛騎士として恥ずかしくないの?」
「平民の分際で礼儀知らずな!」
私の発言にリディックが激昂する。
「ハハ。身分なんか関係ないって口説いていたのはあんたじゃないの! 自分に都合の良い時だけ身分を振りかざすなんて呆れるわ」
「アリアちゃん!」
リディックに暴言を吐く私の腕をミアちゃんが引っ張る。
そして彼女は私を庇うように前に出た。
「ごめんなさい。リディック様。失礼を致しました」
「ミアちゃん?」
「アリアちゃんは関係ありません。お許しください」
恐らくは平民という身分の私を想っての発言だろう。
ミアちゃんはリディックに対して深々と謝った。
その彼女の誠意ある態度にリディックは一旦溜飲を下げて、そっぽを向く。
「……ふん。しかし、先の言動は見過ごすわけにはいかない。このオレが平民に庇われているだけの下級貴族以下とはな」
そう言って、今度は隣にいるモルガン先輩に矛先を向けた。
――おやおや。本性を出してきたじゃないか。
態度も口調もどんどん傲慢なものへとなっていく。
ゲームでもそうだった。
今までの女性を口説く彼は被り物の彼。本性はこっちだ。
結局は彼も上流階級のお貴族さま。
自分の周りにいる女の子相手もそうだけど、本質として、常に人を見下しているのよね。
「……」
モルガン先輩を見ると、彼は悔しそうに唇を噛み締め、俯いていた。
下級貴族である彼はリディックのような上位階級の貴族に刃向うことは出来ない。
いくら学園内とは言え、ここでの生活で起こる騒動はお家にも直結するからだ。
……悔しいな。
私がヒロインなら、モルガン先輩に味方するのに。
ん? あれ?
ふと、私はこの状況がイベントに酷似していることに気づく。
主人公に良いところを見せようと上級生相手に一騎討ちに勝負を持ちかけるイベントは、元々は下級貴族に歯向かれたことから始まる騒動が一端となっていた。
ーー待って。
その下級貴族の上級生って、モルガン先輩!??
ゲーム内の設定を思い出そうにも、ぼんやりとした生徒のビジュアルしか思い出せなかった。
けれど、条件としてはモルガン先輩にバッチリ当てはまる。
ええええ?
主人公が介入してなくてもイベントって発生するの??
いや、今回は主人公の代わりにミアちゃんがヒロインとして間に挟まれている状況だ。
このまま行くと一騎討ちのイベントが発生するってこと?
そしてモルガン先輩は致命的な傷を負う可能性があるってことで……
おいおいおいおいっ!
冗談じゃないっ!
――お前みたいなクズ男に、二人の将来を破滅させてたまるものですか!
この状況、どう打開できるか。
――考えるのよ! アリア!
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