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12. 騎士訓練



 そんなわけで放課後になると、リディックの訓練を見学するために、私は騎士クラスの授業が行われている訓練場へ向かうこととなった。


 授業とはまた別で行われる騎士クラスの訓練は、主に将来騎士を志願する生徒を対象に行われている特別授業のようなものだ。

 ゲーム内ではリディックルート以外では見たことはない。

 訓練場は学園の中でも端っこにあり、入学してから初めて足を運ぶ場所だった。


 訓練場は広いグラウンドを囲むように、すり鉢状の観客席が並んだコロシアムのような設計をしている。

 ゲームでは分からなかったが、こうして現物を見てみると、とても迫力があることがわかる。


「そこっ! もたもたしてないでさっさと走れ!」


 そんな訓練場に足を踏み入れた途端、野太い声が響き渡る。

 

 ーーこ、この声は!


 私は観客席からグラウンドを見渡し、声の持ち主を探した。

 すると、訓練場の真ん中で熱血指導をしている人物がいた。

 短く刈り上げた髪型に、分厚い首にムキムキの上半身。甲冑を着ていても分かるその体格の良さは、さすが騎士クラスの講師である。

 ゲームでも彼は講師役として登場していた。

 名前はオーウェン先生。

 そして、怒号を飛ばすオーウェン先生のCVを務めるのは大御所声優の××さんっ!


「早く準備しないかっ!」


 張り上げた野太い声に背筋がゾクゾクする。

 嗚呼、そのダンディなお声がまた聞けるなんて!

 はわわ、好きぃ!


 正直、フラグ折る為とはいえ、こんな場所に通うの面倒だなと思っていたけど、××さんのイケおじボイスが聞けるなら喜んで通っちゃうよ。


 予期せぬところでテンションの上がった私は、騎士クラスの面々が集まっている所へといそいそと移動した。





「やぁ、アリアちゃん。来てくれて嬉しいよ」


 歯の浮くような台詞で出迎えてくれたのは騎士クラス専用の制服を身につけたリディックだった。


 衣装チェンジがあると、より攻略対象キャラって感じだ。

 清廉潔白な白い制服が燃えるような赤髪に相まって凛々しく見える。

なんだか後光が差しているかのよう。

 着替えるだけで、なんでこんな眩しいんだろう。

 

 ――あ、これイベントスチルか。


 さすがスチル絵なだけあって、リディックが輝いて見えていた。


「今日は君の為に頑張るから、応援よろしくね」


 ウインクを飛ばすリディックに、私の背後から黄色い歓声が飛んできた。


「キャー! リディックさま!」


 驚いて振り向くと、そこには目を輝かせた女子生徒の軍団が観客席に整列してた。


 そうだった。

 チャラ男のリディックにはファンクラブなる存在があったんだっけ。


 アイドルさながら黄色い声援が飛び交う様子に唖然としている内に、リディックはクラスメイトの元へ向かって行った。

 その場に残された私は、ファンクラブに混ざって座っていればいいかなと思い、令嬢方に混ざろうとしたのだが、冷たい視線でぎろりと睨まれる。


 ――あ、これは一緒にいるなってことですね。


 色々と察した私は彼女らの席から遠く離れた席に座ることにした。


 うーん、本当に私って、攻略対象キャラ以外には冷たい扱いを受けるヒロインだな。


 しみじみとそんなことを考えながら、ひとりポツンと座っていると、騎士クラスの訓練が始まった。

 将来騎士を志願する者が集まるだけあって、騎士クラスの生徒は体格の良い生徒が多く、揃っていると迫力があった。

 眺めていると、騎士クラスにも二つのグループがあることに気づく。

 リディックが所属しているグループは白の制服だが、もう一つ、青い制服を着ているグループがいた。

 彼らはそれぞれグループに分かれて訓練を始め出す。

 走り込みから、素振り、二人一組の組合の打ち込み練習等など。


 見ているうちに分かったが、彼らは学年毎ではなく、上級階級と下級階級に分かれたグループ編成になっているようだった。

 勿論、リディックが所属する白い制服のグループが上級クラスに当たる。


 なぜ、そんなことが分かったと言えば、上級クラスの生徒の下級クラスに対する態度だった。

 オーウェン先生の目の届かない所で、彼らは下級クラスの面々に見下した態度を取っていた。

 武具を取りに行かせたり、罵声を浴びさせたり。

 それだけなく、訓練に関しても下級クラスは真面目に打ち込んでいるのに対し、上級クラスは先生の目がある時だけちゃんとするが、そうでないときはサボっている。


 正直言って、見ていてあまり気分のいいものではない。

 攻略対象キャラであるリディックは、虐めこそ加勢はしないが、その行為を止めることもない。完全傍観しているといった感じだった。

 運動部は上下関係が厳しい世界とは言うが、ここでは家の階級毎に立場の違いが謙虚に出ているようだ。

 流石は貴族社会と言ったところか。

 

 妙なところで感心していると、休憩時間になったようで、リディックが観客席の方に帰ってくる。


「リディック様。今日も素敵でした!」

「これタオルです!」


 きゃーきゃーと黄色い声を上げてリディックを取り巻く御令嬢たちを横目で見ながら、ため息を吐く。

 そんな私の元へ隣から黄色い声とは別の可愛らしい声が聞こえた。


「お菓子を作ってきたの。よかったら食べて」


 訓練場には似つかわしく無い、おっとりとした口調に思わず顔を向ける。

 リディックファンクラブとは少し離れた場所で、栗色のふわふわとした髪の女の子が騎士クラスの男の子に差し入れをしていた。


「いつもありがとう。ちょうどお腹が空いていたんだ」


 下級クラスの青の制服を身につけた男子生徒は、差し入れをくれた女の子に照れた面持ちで微笑む。

 その笑顔に彼女もまた頬を赤くして顔を綻ばせていた。


 まぁ、素敵なカップル。

 初々しい二人の様子にこちらまでほんわかしてしまう。


 それに比べて……


「リディック様、これ差し入れの果物です。食べてくださいー」

「食べさせてくれるかい?」

「やだー。はい、あーん」

「うん、美味しい」

「私も持ってきたんです。食べてください」

「次は私よ」

「こらこら、慌てないで子猫ちゃんたち。僕の口は一つだからね。順番だよ」

「きゃー」


「……」


 本当にこの差……

 マジないわー。

 こんなチャラ男のために命を投げ出しての恋愛をするなんてありえない。

 早くフラグを折らないと。

 そのために、あと数日通わなければいけないのだが、すでにげんなりしてきた。


「はぁ」


 私が深々とため息を吐いていると、突然グラウンドから風が吹き、目の前にスカーフが飛んできた。


「あっ」


 目の前に落ちたスカーフを拾い上げると、「すみません」と声がして、さっきの初々しいカップルの女子生徒の方がこちらに駆け寄って来る。


「はい、どうぞ」


 手にしたスカーフを彼女に差し出すと、彼女は私を見て、驚いた表情を浮かべた。


「あ、ありがとう」

「いえいえ。大したことでは」


 そう言って、再び椅子に腰掛けようとしたのだが、何故か女子生徒がその場に留まった。


「?」 


 なんだろうかと首を傾げると、彼女は少し躊躇してから口を開く。


「あの。アリアさん、ですよね?」


 突然、名前を告げられて、ビックリする。


「え、どうして?」

「クラスは違うけど、貴女は有名だから」


 あー、まぁそうね。色々な方面で有名人よね、私。


「あ、違うのよ。そういう意味じゃなくて!」


 苦笑いを浮かべる私を見て、彼女は慌てて訂正しようする。


「いえ、大丈夫です。慣れているので気にしないで下さい。えっと、何か御用でしたでしょうか?」

「あの! 良かったら、あちらでクッキーを食べませんか?」

「へ? ……いいんですか?」


 私は目を丸くして女子生徒をまじまじと見つめる。

 茶色のふわふわ髪に華奢で白い肌のまさに可憐という文字が似合う美少女だった。


「はい。スカーフのお礼です」


 おっとりとした口調で微笑む少女に、私は少し考えて頷く。


「……じゃあ、遠慮なく」

 

 彼女と一緒に席を移動すると、先程の青い制服の男子生徒が迎えた。


「やあ、こんにちは。見かけない顔だね」


 短髪の黒髪の彼は騎士クラスの中では比較的小柄といえよう。きりりとした顔付きだが、優しそうな雰囲気を醸し出している。


「初めまして。えっと、クッキーのご相伴に預かりました」


 私が笑って言うと、何故だか彼は彼女の方を見て、焦った様子をみせる。


「ミア。クッキーって……」

「ふふ。手作りなんだけど、よかったら」

「あっ……、ちょっと」


 彼女が差し出したバスケットの中には可愛い型に焼かれたクッキーがぎっしりと詰まっていた。


「うわー。美味しそう。いただきます」


 私は差し出されたクッキーを手に取り、口に入れる。

 もぐもぐ。

 ほろ苦くて、塩が効いているクッキーは初めて食べたが、お煎餅のような不思議な味だ。

 

「うん、美味しい!」

「ふふっ。良かった」

「……そうか……良かった」


 私が感想を述べるとクッキーを作った彼女だけでなく、何故か彼の方も安心した表情を見せていた。

 ん? 何だろう?


「私もいただこうかしら」


 彼女は私とは全く違う優雅な仕草でクッキーを口にする。


 エリオット王子やエレノア嬢を見ても思ったけれど、王族や貴族の方の仕草って本当に美しい。

 彼女の立ち振る舞いを見ても、それ相応の教育を受けている人間なんだろうなと想像出来た。ふわふわとした言動から箱入りのお嬢様という印象を受ける。


「あら? 少しお塩が効いていたかしら?」

「でも、甘じょっぱくて美味しいですよ」 

「……ミアの料理は少し個性的だからね。口にあったようで嬉しいよ。じゃあ、二人はゆっくりしていって。僕はそろそろ行くから」

「個性的?」


 美味しいのにどういうことだろうと思ったが、それを訊く前に彼はバタバタとグラウンドの方へ走って行ってしまった。


「……えっと、ミアさん?」

「気軽にミアと呼んで。私も貴女と同じ新入生よ」

「えっと、それじゃあミアちゃん。あの、じゃあ、私もさん付けなんかしなくて大丈夫です」

「そう? じゃあ、アリアちゃん。よろしくね」


 うふふと可愛らしく笑うミアちゃんに私は一瞬で心打たれてしまった。


 私が平民だと知っているはずなのに、こうやって優しく接してくれるって、まるで天使のような存在である。


 くぅ! 

 ヒロインっていうのは彼女のような聖女なんじゃないの?

 可愛いよ。ミアちゃん!


 そんなミアちゃんはモジモジと照れた素振りで告白する。


「実はね、一人で見学しているのが少し恥ずかしかったの」

「ああ、なるほど」


 だから、私に声をかけたということか。

 確かにあのリディックファンクラブの面子には声をかけにくい。


「えっと、見学って、彼の?」

 

 訓練場の方に目を遣り、先程の彼の姿を探す。

 どうやら彼は下級クラスのグループを取りまとめている人物らしく、キビキビと他の生徒達に指示を出している姿が見つかった。


「ええ」


 彼女は頷くと、頬を赤く染めて説明する。


「モルガン・スタンレーと言って、一学年上の上級生で。……私の婚約者なの」


 あらあら。

 婚約者がいるなんて、流石は貴族学校。

 でも、こんな慎ましいカップルなら全然応援したくなっちゃう。

 ミアちゃんもモルガン先輩も初々しいカップルって感じだ。


「私、放課後はここにいることが多いから、もし見かけたら気軽に声をかけてくれると嬉しいわ」


 ミアちゃん!!

 平民相手に嫌な顔せず、それどころかこんな優しい対応してくれるなんて! なんて良い子なの!!

 あんなふざけた攻略対象じゃなくて、貴女の為に通いますとも!!

 


色々と登場人物が増えました。

オーウェン先生のCVはお好きな声優さん名を入れてください。


お読みいただき、ありがとうございます。

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