11. 攻略対象 騎士見習いリディック
突然のイケメンキャラの登場に、私を取り囲んでいた令嬢たちが「これは誤解ですのよ」と言って、あっという間に逃げ去って行った。
――私も一緒に逃げれば良かった!
攻略対象キャラに気を取られて固まっていた私は、彼女たちの姿が見えなくなって初めてそんなことに気づいた。
「大丈夫かい?」
攻略対象キャラであるリディックが一人この場に残った私に声をかける。
極力関わりたくないが、仕方ない。
私は助けてもらったお礼を述べることにした。
「助けていただきありがとうございます」
「困っている女の子を助けるのは男として当たり前だよ」
さらりとキザな台詞を放つリディックに、ああこんなキャラだったと、彼の性格を思い出した。
俗に言う女誑しキャラ。
炎をイメージさせる赤髪は背中まで届き、スラリとした長身ながらも筋肉のついた体格。女の子を魅了する切長の目はオレンジ色。
その美貌と恵まれた体格、それに代々騎士を輩出する上流階級の家柄。
リディック自身も騎士を目指すべく、小さな頃から剣術を学び、その実力もある。
そんな環境で育った彼は、昔から女性に大変モテる上に、ナルシストで社交的な性格も相まって、女性との浮名が絶えない人物だった。
しかし、その中身は実はピュアな少年。
幼少期から想いを寄せる年上の令嬢がいて、二人は両想いだったのだが、彼女の家の都合で令嬢は若くして別の男の元へと嫁いで行ってしまう。
そのことに深く傷付いたリディック少年は、誰にも自分の心の内を見せないよう、心を閉ざしてしまう。そして誰に対しても深入りすることなく、上辺だけの付き合いをする女誑しとなった。
ゲームの中ではリディックルートに入ると、最終的に彼はヒロインに心の傷を癒され、身分を超えた真実の愛に目覚めるという内容だった。
――はいはい、初恋拗らせ系設定ね。
そんな攻略対象のリディックは、改めて私をじっと見下ろす。
「オレの名前はリディック。君は?」
「……アリアと言います」
エリオット王子がキラキラ系オーラなら、リディックは野性味溢れる迫力のあるオーラといったところか。
こちらを見る目はまるで獲物を見つけたライオンのようだ。
そのオレンジ色の瞳がキラリと光る。
「へぇ、君。光の神子って言われる平民の子だろ? ――可愛いね」
……んんん。
CV××さんの囁きボイスっ!
××さんの声で可愛いって囁かれた。
××さんの声で可愛いって囁かれた!
××さんの声で可愛いって囁かれちゃったよ!
その破壊力といったら。
流石、乙女ゲームの常連のイケメンボイス!
至近距離で直接言われると、破壊力がヤバいっ!
私は俯いて、顔面が崩壊するのを必死に堪える。
このビジュアルで、この声とかっ!
彼に陥落する女の子たちの気持ちが分かってしまった。
しかーし!
ここでリディックのルートには行きたくない!
しっかりするのよ、アリアっ!
私はブンブンと首を横に振り、意識を取り戻すと、表情筋を引き締めてリディックに向かい合う。
「あの、私これから授業に向かわないと行けませんので、失礼します! 助けて頂いてありがとうございました!」
そう言って、サッと踵を返そうとする。
しかし――
私の進行方向にリディックが先回りし、進路を塞いだ。
壁に片手を付き、自分と壁の間に私を閉じ込める。
おおおおお!?
これって壁ドンっていうやつでは???
少女マンガでおなじみのシチュエーションに頭が混乱する。
小柄な私にとってリディックが壁ドンをやると身長差がありすぎて完全に全身を覆われてしまう。
ひええ、助けて。
「あの……」
戸惑って彼を見上げると、リディックはぐっと顔を近づけ、またもやウィスパーボイスで囁く。
「ねぇ、よかったらこれからデートしない?」
ンンンっ!
私のハートにトキメキが被弾する。
流石、タラシキャラっ!
声優の使い所分かってる!
くぅう。
こんなの瞬殺でメロメロになってしまうわ!
手強すぎる。
……負けちゃダメよ! アリアっ!
「いえ、授業がありますので」
声を振り絞ってなんとか断ろうと試みる。
「そんなのサボろうよ」
「サボると授業についていけなくなるので、結構です」
「少しくらい大丈夫だよ。君のこと、もっと知りたいんだ」
「いえ、本当に困りますので」
なかなか首を縦に振らない私にリディックはフゥとため息をついた。
「つれない可愛い子猫ちゃんだなぁ」
「ぶふっ!」
思わず吹き出してしまった私を許して欲しい。
――子猫ちゃんって。
リアルでこんなセリフ吐かれて、笑わない人いる?
いくらイケボでささやかれても無理!
ゲームでは有りだけど、リアルでは無理!
誰だよ、こんな恥ずかしいセリフ考えた奴……って私か。
特大ブーメランを喰らい、おかげでさっきまでの興奮は何処へやら、一気に冷静さが戻ってきた。
「……?」
急に吹き出したり、かと思えば真顔になったりと、完全に挙動不審な私に、リディックは不思議そうな顔を浮かべた後、スゥと目を細め、口の端を上げる。
「君、面白い子だね」
あ、なんか興味センサーに引っかかってしまったみたい。
これって、もしかして、「オレの誘いを断る面白え女」ってきなやつ!!?
ああ、ヤバい。
そう言えば、リディックルートのシナリオでそんな展開もあったと今更思い出した。
さっきまでの澄ました笑みから、もっと砕けた調子でリディックは口説き始める。
「そうか、残念だなー。せっかく知り合いになれたんだし、もっと仲良くなりたいなって思ったんだけど。そうだな、デートがダメなら、放課後に騎士クラスの見学に来なよ」
「……騎士クラス、の見学ですか?」
「オレのこと知らない? 騎士クラスでも期待の星って言われるんだ。君が応援に来てくれたら頑張れるからさ。ね、一度でいいから」
私の中でリディックルートのシナリオが一気に甦ってくる。
そうか。
この展開は、あのシナリオと同じ。
ならば、ここで私が選ぶ選択肢は――
「平民の私にはリディック様のお誘いなんて勿体ない話ですわ」
私はリディックに向き合うと、袖にしつつも、まんざらでもない素振りをする。
「同じ校舎で学ぶ学友じゃないか。身分なんてここでは関係ないよ」
案の定リディックは思った通りの台詞を返してきた。
「君が来てくれてると嬉しいな」
「……分かりました」
控えめに頷いた私に、リディックは満足そうに笑みを浮かべる。
「ふふ。じゃあ、放課後。場所は訓練場で。待っているよ」
そう言って、リディックはウインクをして、その場から立ち去って行った。
「……はぁ、まさかこんな所で次の攻略対象が現れるなんて」
突然攻略対象に遭遇した所為で、どっと疲れた。
「あー、面倒なことになったわ。訓練場にわざわざ通うなんて、行きたくないよう。でも、行かないとフラグが立つし、行かないとダメよね……」
説明しよう。
リディックルートでは、まず主人公はリディックに訓練場に来るようナンパされることから始まる。
しかし、ここでほいほい言われるままに通っても実は好感度は上がらない。
寧ろその他大勢の取り巻きの一人に見られてしまい、フラグが立たずに恋愛ルートから外れてしまうのだ。
恋愛ルート解放条件は、ナンパされても訓練場に行かないを選択すること。
これを3回繰り返すと、俗に言う「オレの誘いを断る面白え女」扱いに昇格され、無理矢理訓練場に連れて行かれるというフラグが発生するのだ。
つまり!
こうやって自主的に訓練場に行くことにより、そこら辺のつまらない女扱いに降格され、リディックルートを阻止できるという訳だ!
やだー! 私すごい! 天才!
さすが脚本様!
フッ、エリオット王子で一つ学んだのよ。
回避出来ない場合は敢えて敵陣に乗り込むのも手だと。
わざわざ攻略対象に会いに行くのは気が重いが、これでフラグを折ることができるなら万々歳よ!
さぁ、待っていなさい。リディック!
あんたのフラグは絶対に立たせないから!
目指せ、そこら辺の埋没女!
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