10. エリオット王子side
おまけの間話です。
「……ふぅ」
やっていた作業がひと段落し、思わず息が漏れる。
サインが終わった書類を確認済の紙の束の上に置くと、椅子に座ったまま大きく伸びをした。
「お疲れさまです。殿下」
頃合いを見計らったように、お茶の入ったカップが差し出された。
湯気の立ち上る温かいお茶に思わず笑みが溢れる。
「相変わらず良いタイミングだな」
お茶の代わりにサイン済みの紙の束を手渡せば、側仕えの彼はパラパラと紙を捲って書類に目を通した。
「進捗は良さそうですね。溜まっていた仕事が早く片付きそうでなりよりです」
「エレノアにも早く逢いたいからな」
「今まで婚約者に感心を持たなかった方の発言とは思えませんね」
側仕えは苦笑しながら、書類を片付ける。
「……そうだな」
エレノアが今までどんなに自分を想っていたか知り、私は本当の愛に気づいた。
今まで求めていた真実の愛はこんな近くにあったのだ。
それを知ってからというもの、エレノアが愛おしく、毎日逢いたいとさえ思っている。
「そうだ。エレノアにお茶会の誘いを入れよう。明日の放課後はどうだろうか」
いい事を思いついたと口元を綻ばせていると、横から水を差された。
「エリオット殿下。エレノア様はしばらく無理かと思われますよ」
「何?」
反射的に睨めば、側仕えは深いため息を吐いた。
「殿下同様、エレノア様も身辺整理に追われているようです」
「……むむ。そうか」
会えないのは残念だが、理由が理由なだけに仕方ない。
彼女も私と同様に、今まで自分を取り囲っていた者達に良いように操られていたのだ。
立場を脅かされていたのは自分だけではなく、婚約者のエレノアまで巻き込んでしまったことに深く反省する。
今、こうして精魂詰めて行なっている仕事も、その反勢力に対する制裁を含めた情勢の立て直しの一環だった。
知らないところで多くの人間と金が動いたことを知り、その後始末をしている状況だ。
これも全て私の落ち度によるものだ。
「彼女には私のせいで随分と迷惑をかけてしまったな」
「殿下のせいだけではないでしょう。彼女の失態は彼女のもの。エレノア様自身も殿下の婚約者であり、由緒ある侯爵家の人間なんですから。周りの人間関係に気を配るのは当然です」
「うむ。……相変わらずお前は手厳しいな」
「ええ、私は殿下の一番の味方ですからね。耳の痛いこともズバズバ言いますよ」
そのセリフさえ、耳の痛い言葉だった。
「すまない」
私はここ最近の自分の犯していた過ちに謝った。
「お前が私の元に戻ってくれて嬉しいよ」
「ええ、殿下が私を遠ざけたときにはどうしようかと思いましたが、こうして再びお仕えできることに感謝しております」
昔馴染みの明らかな苦言に私は苦笑いを浮かべた。
この側仕えをしている彼は、幼い時分より私に仕えてくれていた。年も同じということから昔から彼を振り回しては叱れて、共に学び、支え合い、一緒に育った掛替えのない臣下だった。
なのに、私は――
学園に入学して、直ぐに彼を側仕えから解雇してしまった。
多くの生徒に会い、色々な人間に感化されて、昔から私に尽くしてくれた者を自ら遠ざけてしまったのだ。
いや、それは丁の良い言い訳だ。
本当のところは、もっとくだらない私の我儘だった。
学園に入学してすぐ、私は一人の少女と出会った。
平民という身分ながらに、神から直接加護を受けた彼女。
しかも、その属性は私と同じ希少な光属性。
私はすぐに彼女に興味を抱いた。
それが拙かった。
側仕えの彼を始めとして当時私の周りにいた昔からの重鎮は皆、安易に彼女に近づくのはよしてくれと進言した。
しかし、私はそれを受け付けなかった。
寧ろ、周りが異議を唱えれば唱えるほど、益々彼女に惹かれていった。
そんな中、私に彼女との仲を取り持とうと、声をかけてきた人間が現れた。
彼らは私の恋に味方し、王族であっても自由に過ごしていいと私に囁いた。その甘言にまんまと私は乗ってしまった。
そして、今まで傍で仕えてくれた者達を解雇し、彼女との仲を取り持ってくれる人間を採用した。
――その者達が、私を王子の座から引き摺り落とそうと、籠絡させるために近づいた者だと知らずに。
耳触りの良い言葉ばかりを吐く人間を信用していた私は、なんて愚かだったのだろうか。
これでは国を治める王族としての資格はない。
私自身は第二王子ということもあり、王位を継承することに興味はない。しかし、周りはそうは見てくれない。私の気持ちがどうであれ、担ぎ上げたり、引き摺り落としたりと、私だけでなく、私の周りですら巻き込んでいく。
しかし、それが王子として生まれてしまった私が担うべき責任であり、定めだった。
――私はそのことから無意識に逃げたかったのかもしれないな。
だから、私をここから連れ出してくれそうな運命の相手を求めていたのだ。
そして私は特別だと噂される人間に、周りの制止を無視して自ら近づいた。
それが、――あのアリアという光の神子だった。
しかし、運命の糸で繋がっている相手は彼女ではなかった。
もっと近くにその相手はいた。
私には共に力となってくれるエレノアがいると気づいたのだ。
私に必要だったのは道の外へ連れ出してくれる相手ではなく、共に歩んでくれる相手だった。
この先どんなに王子としての重圧がかかってこようとも、エレノアが居れば一緒に立ち向かうことができると思っている。
――私はもう逃げない。
そう決めることができたのは今回のことがあったからだ。
本当に今回のことは良い勉強になった。
私の目を覚ませてくれた彼女には感謝をしなくてはいけないだろう。
「……エリオット殿下。こちらが頼まれていた報告書になります」
そう言って、側仕えは一枚の書類を渡してきた。
そこに書かれたのは、その少女に関することだった。
「うむ」
「……正直申しまして、彼女には怪しいところは御座いません」
「……そうか」
私やエレノアに忠告をしてくれたことに感謝はするが、あの資料はどこから集めたものなのか。
信頼出来る伝手を使って、記載されている名前について全ての素性を調べたが、あの書面に書かれていた内容を確認するだけでもかなりの時間を浪した。
それだけ、敵も素性を巧く隠していたことなのだが、一介の学生、しかも彼女は平民、に調べられる能力があるとは思えない。彼女自身はとある筋からと言っていたが……。
――一体誰から?
そもそも本当に彼女はただの平民なのだろうか。
「殿下、いかがされましたか」
「……あ、いや。この件に関しては引き続き調査を進めてくれ」
「かしこまりました」
側仕えは礼をとって、下がる。
アリアに関する情報には怪しい点はない。
だが、彼女は光の神子としてこの学園に入学してきた特別な力を持つ持ち主だ。
――きっとただの平民ではあるまい。
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