4話 「それはもうおっかない女だよ」
「宇郷か……。それはもうおっかない女だよ」
文芸部長の芳崎武は、山のような図体を少し震わせてそう言った。
まずは律さんがどんな人なのかを知ろうと話題を振ってみたところ、部長から返ってきたのがこの言葉だった。
放課後の部室には僕と部長だけしかおらず、入学時に想像していた華やかな高校生活とは真逆の雰囲気が浮かんでいる。律さんがいた時の甘い香りは、秋風に吹かれて飛んで行ってしまったらしい。
僕は耳に引っかかった部長の言葉を繰り返した。
「おっかないんですか?」
「ああそうだ。目が鋭くてどこまでも合理的で笑顔も見せず、感情に左右されることがない。二年全員があいつを恐れていると言っても過言ではないな。ついたあだ名が合理ちゃんだぞ。ほら、生きていれば多少は情に絆されるもんだろう? むしろそれが人間ってもんじゃないか。しかしあいつにはそれがない。多分血が通ってないんだよ。冷徹というかなんというか、この間も鍵を貸せと急に言ってきたり——って聞いてるか?」
「すいません。途中から聞いてませんでした」
「聞けよっ!」
聞けよと大きな声で言われても、僕は宇郷律という人間のクラスでの評判が聞きたいんだ。部長の所感や人間論に用はない。
しかしながらこれは困ったことになった。長々続く部長の小言を聞き流しながら、僕は律さんのイメージを組み立てる。
たった二回しか会っていないけれど、僕が彼女に抱いたイメージはそこまで酷いものじゃない。
ちょっと変わっているけれどクールで美人な姉ちゃん、そのくらいのものだ。それすらも偏見かも知れないので良いとはいえないが。
しかし、部長の証言によると彼女の学年での立ち位置はそれなりに悪い。逆に何をすればそこまで評判が悪くなるのかが不思議なくらいだ。
「少し喋った感じそこまで怖い人だとは思いませんでしたけど、なんでそんなに怖がられてるんですか?」
「気になるか? 宇郷を語る上で外せないエピソードがあってだな」
自分の武勇伝を話すかのように胸を張り、彼は言葉を続けた。
「俺が一年の時の文化祭だから、ちょうど一年前くらいか。うちのクラスはモザイクアートをやってたんだ。それはもう超大作が出来上がる予定だったんだが、直前で何人かが素材を失くしてなあ。これは当日までに間に合わないかもしれないぞ、でも何か方法はあるはず、クラスのみんなの力を合わせて乗り切ろう、そんな熱い空気だった。そんな中あっさり方向転換を提案したのが宇郷だ。熱を入れて必死にやってた連中はそれはそれはもう怒ったさ。みんなが頑張ろうと肩を組んでいるのに、水を差すんじゃねえってな。それでも奴は、感情に流されるなんて合理的じゃない、諦めて規模を縮小すべきだと言い切った。まさに火に油、大喧嘩だったよ。そこから奴は合理ちゃんになったってわけだ」
「部長はどこにいたんですか?」
「もちろん端で見ていた。巻き込まれるのは勘弁だからな」
彼は大きな図体を更に反った。何を自慢げに語っているんだ。完全に借り物のエピソードじゃないか。
しかしそんな話のおかげでようやく全貌が見えてきた。
譲れない合理性のせいで、彼女の評価が低いというわけか。
集団の中で大きな流れのようなものがある時、それに反する意見は往々にして袋叩きにあう。なんとなくの空気というやつは、それほど大きな力を持っているんだ。
律さんも不器用だな。そういう時は場の空気になんとなく順応しておけばいいんだ。それこそ部長のように端で震えていればいい。それだけで過ごしやすい高校生活の出来上がりなのだから。
ここまでイメージがはっきりとしているならば、まずは評価をマイナスから平常値に戻すところから話が始まる。また依頼のハードルが上がってしまった。
それでも、週明けには作戦を披露すると約束してしまったわけだから、こんなところで油を売っているわけにはいかない。
僕は立ち上がり鞄を担いだ。
「情報ありがとうございます。帰ります」
「早いな! 珍しく部活に顔を出したと思ったら、何もせずに帰るのか?」
「部長だってろくに来ないじゃないですか。ほんと潰れますよこの部活。というか僕は鍵を返したかっただけですから。それじゃ」
部長の小言を背中に受けながら、僕は部室を後にした。