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合理ちゃんと雇われキューピッド  作者: 豆内もず


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28話 「こんなのあんまりじゃないか」

 昼が過ぎ、学園祭は何も起こることなく着実に終幕へと向かっていった。

 人の流れが収まった頃、期待していなかった上級生が部室に戻って来たことで、途端にぽかりと時間が空いてしまった僕は、律さんと蒔枝さんの二人と合流して学園祭を巡ることになった。


 昨日とは打って変わり、凛とした弓道姿だった律さん。何度見てもお洒落過ぎる蒔枝さん。

 この二人と歩くのは非常に勇気のいる状況だったが、集まって五分もすればそんな感情も吹き飛んでいた。

 

 人生初の食べ歩きを楽しみ、お化け屋敷でもう一度叫び声を上げ、ガタイの良いラグビー部員になぜか担ぎ上げられる。そんなことをしながら、カラフルな風船や嬌声が飛び交う校舎を三人で並んで歩いた。

 本来恥ずかしいという感情が勝って祭りではしゃぐことが出来ない僕も、二人といる時間が楽しすぎてはしゃがずにはいられなかった。

 そして、彼女達といた二時間は、あっという間に過ぎていった。


「こんなにはしゃいだの、久しぶりです」

「そうだね。私も柄になく大笑いしてしまったよ」

「ねー。面白すぎて涙出ちゃった。晴幸君ってば、片手で軽々持ち上げられてやんの。あははっ。お姫かよー!」

「せ、成長期がまだ来てないだけです。来年には絶対にあいつら全員持ち上げ返してやりますよ!」

「ビジョンが見えないね。ふふっ。私からすれば、小柄なのも魅力的だよ」

「ぐぅ」

「照れてる照れてるぅー!」

 自然と会話がつながっていく。頭でっかちな僕が、深く考えることもなく。

 この二人といると居心地がいい、そんなことを再認識させられる二時間だった。


 見て見ぬフリは出来ない。認めてやろう。今この瞬間の僕は幸福だ。

 しかし、これはきっと神様からの最後のサービス。反動はきっと大きい。それに僕にはまだやり残したことがある。


「あの、僕ちょっと一つ用事があるんで、一旦抜けますね」

 矢のように過ぎていった幸せな時間を胸に、僕は二人と別れた。



 ふわふわと浮かぶ色とりどりの風船をくぐりながら、僕は走馬灯のようにこの学園祭の出来事に思考を巡らせる。

 安久利先輩の宣伝力に加え、話題の後夜祭の言い伝えのこともあってか、飛ぶようにとはいかずとも部誌はそれなりに売れた。

 あれだけ積まれていた山も随分と切り崩され、このままいけば無事完売することだろう。

 部長曰く、期間中に部誌が完売することなどほとんどないらしい。安久利先輩に向き合ったことや、せっせこ脚本を提供したことで、僕なりに文芸部に貢献できたのではないだろうか。

 これは純粋に嬉しかった出来事。


 あと、智哉のほうは上手くいったのだろうか? 上機嫌な蒔枝さんの様子を見たところ、そこまで失敗したとは思えないが、女心と秋の空、どうなったかなんてわからない。

 悪戯に失敗しろだなんて願っていたけれど、いざ時間が過ぎるとそれも寝覚めが悪いことに気が付いた。腐っても幼少期からの友人だ。着実に苦手なタイプに成長してくれているけれど、思い出までが消えるわけじゃない。

 上手くいってくれていればいいな。

 

 やいやいと騒がしい声達が通り過ぎていく。それでもスタート時に比べると、随分と祭りの勢いも落ち着いてきた気がする。


 脚本、部誌、なりすましメール、そして律さん。ここ数週間で僕の道を彩っていた風船たちが、順番に弾けていく。

 そしてきっと明日から、空気が抜けたように萎れた日々が始まる。

 僕はゴーストライターで恋のキューピッド。舞台の主役にはなれない。魔法が解ければ、さっきのような幸せな時間は、きっともうやって来ない。

 悲観に浸っている場合か。僕にはまだやることが残っているだろ。宗方先輩の告白が確実になるよう、最後の発破をかけに行かなければならない。強い決意のもと、僕は宗方先輩の姿を探した。

 

 足を進める事五分ほど、僕はあっさりと宗方先輩の姿を発見した。華やかな男女グループの中心に居座る彼は、あろうことか輪を抜けこちらに声を掛けにくる。

「おう、片桐! お前最高だな」

「あ、宗方先輩。何がですか?」

「お化け屋敷だよ。いやーあの叫び声は最高だったよ。やる気がなかった奴らも、あれで味を占めたみたいで、急に本気でやり始めたもんな」

 彼は腕を僕の肩に回した。そんな効果があったなら、多少恥をかいた甲斐もあったのかもしれない。

 制汗剤の爽やかな匂いと苦手な距離感が、作戦に対する緊張感を増長させた。

「お恥ずかしい限りです……」

 僕は媚びた笑いを浮かべ、大きく息を吸った。

「そういえば、後夜祭でも何かするんですか?」

「ははっ。なに? また取材?」

「いえ、純粋な興味です。お化け屋敷、夜だともっと怖そうだなと思ったんで」

 手に持った学園祭のしおりをくるくると回しながら、彼は言葉を吐き出す。

「ははっ。後夜祭は校内使えないだろ。テニス部が模擬店出すからちょろっと手伝って、あとは客として楽しむよ」

 知ってる。後夜祭の出店可能スペースは校庭だけだ。

 一般参加の的屋や部活動の出店で校庭のほとんどが埋め尽くされ、学校のイベントとは思えないような空気になることもわかっている。

 わかったうえで、僕は無知で愚かな後輩のフリを続け、最後の発破をかけ始めた。

「そうなんですね。そういえば、宗方先輩も、乗っかっちゃったりするんですか? 後夜祭の言い伝え」

「なんか流行ってるらしいな。というか、片桐もそんなことを気にするお年頃なんだな」

「そりゃ僕も男子高校生ですから」

 僕の言葉に彼はおおらかに笑みを浮かべた。お年頃って、たかが一個上なだけだろ。余計なことを喋らないでほしい。僕が聞きたいのは後夜祭でのあんたの行動だけなんだ。

 へらへらと上っ面の笑顔を作りこみ、僕は彼の言葉を待った。

「まあ、そうだな。お前には言ってもいいか。口堅そうだし」

 がやがやという騒がしい声を避けるように、彼は口元に手を置いた。

「俺、合理ちゃんに告白しようと思ってるんだよ」

「えっ、マジっすか!?」

「声でけえよ!」

 顔を赤らめ、彼は僕の頭を弄った。頭を伏せながら、僕は小さく笑みを浮かべる。


 なんだ。背中を押す必要すらなかったのか。告白まで誘導するための策を幾千も用意してこの場に臨んだのに。……幾千は言いすぎたな。

 そりゃそうか、あんな魅力的な人、他にいないんだから。

「……お似合いだと思います!」

 僕は顔を上げ、笑顔で言葉を返した。

 後夜祭、告白、二人が結ばれる。「宗方を惚れさせたい」という律さんの依頼は、それでちゃんと全部終わる。違うな、ちゃんと全部終わってしまう。大団円だ。


 曇るな。笑え。ここまで来て悟らせるな。僕は二人の先輩の恋に目を輝かせる、無知で愚かでかわいい後輩役。ここで暗い顔なんていう三文芝居をするな。


「あはは。まだ成功もしてねえっての。お前は? 彼女とでも回るのか?」

「彼女? 僕にそんな華やかな話題なんてありませんよ」

「いや、でも昨日一緒にお化け屋敷に来てたじゃないか」

「あー。あれは妹です」

「妹!? なんだそうなんか。この間ショッピングモールでも見たからてっきり彼女かと思ってたよ。すまんすまん」

「い、いえ」

 驚いた。あんなに僕にそっくりな妹を彼女と間違えるとは。

 部長が蒔枝さんを僕の姉と信じ込んだように、人の見立てとは当てにならないものだなと思わされる。

 しかし、今はそんな感想を抱いている場合ではない。ショッピングモールという単語が、奥底に封じ込めていたはずの僕の記憶を掘り返した。

 

「宗方先輩には女性の兄弟っています?」

「俺? 俺は一人っ子だよ」

「そう……ですか」

 歯切れ悪く言葉を吐いたタイミングで、彼の友人からお呼びがかかる。

「わりぃ。じゃあ行くわ! 結果、楽しみにしててくれよ!」

「はい。それでは」

 彼は友人と合流し、学園祭へと溶けていった。後姿を追いながら、僕はもう一度記憶を呼び戻す。


 ショッピングモールで僕の姿を見られていたということは、やはりあれは見間違いなんかじゃなかった。

 宗方先輩、同じ年頃の女性、カップルを思わせるほど仲が良さそうな様子。

 記憶の巡りと共に、その時の感情も湧き出てきた。


 彼は律さんに告白しようとしている。じゃあ、あの時の女はなんだったんだよ。律さんが告白を受け入れたら、お前はどうするつもりなんだよ。

 恋を知らない少女に、どんな現実を突きつけようとしているんだ。


 ふらふらとした足取りで部室へと向かう途中、智哉の姿が目に入った。

 隣にいるのは確か同じクラスの女子。普段から智哉と仲良くしていて、クラスの影である僕が見てもお似合いで、今に至っては手まで繋いでいて。

 仲睦まじく歩く姿は、まるで出来立てほやほやのカップルのようだった。


 急激な吐き気が僕を襲った。

 何もかもうまくいかない。いや、やるべきことはやったし、僕に課せられた使命は全て果たされたといってもいいから、これは言い過ぎた。

 でも、こんなのあんまりじゃないか。

 結果として僕は、律さんを不幸にするため彼女の願いを叶え、自力で恋愛が出来る智哉のために必要のないなりすましをして、優しくしてくれた蒔枝さんを騙し続けたことになる。

 

 

 部室にたどり着いた頃には、もう自分がどんな顔をしていればいいのかもわからなかった。

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