表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/32

11話 「春が来ちゃったの?」

 ふわふわとした感覚のまま帰宅した僕は、椅子に深く身を預け携帯電話と睨めっこを始める。


 珈琲数杯とケーキをご馳走してもらっただけではなく、純粋に会話を楽しんでしまったな。

 しかしあれだけ濃い時間を過ごしたのに、僕に課せられた演目は一つも進んでいない。なんなら本人と喋ってしまったせいで、余計にメールに対して思うことが増えてしまった。


 どれから手をつけよう。机に頭を落とすと、大きな溜息が漏れる。それを遮るように自室の扉が開いた。

 振り返ると、堂々と部屋に侵入してくる妹と目が合った。

「ハル兄ー? 漫画返してほしいんだけど。……って顔暗っ!」

「なっちゃん。ノックくらいしてね」

 項垂れている姿を妹に見られてしまった。

 二歳下の那月(なつき)は、こうやってノックも無く、よく僕の部屋に踏み入ってくる。

 母親が男を作って家を出て行ってから、家事の大半を担うことが多かった僕に、彼女はわりと懐いている。

 彼女は宙に浮きそうなほど軽快な足取りで僕の部屋を闊歩した。

「なーにー? 見られてまずい物でもあるのー?」

「ないよ」

「ねー! ゲームしようよゲーム!」

「せめて訴えをまとめてから来てくれる? えっと、漫画だっけ?」

「そうそう! 明日友達に貸すのー」

 本棚から借りていた漫画を取り出す。


 少女漫画だと侮っていたが、結局この漫画を参考にしたハンカチ作戦が上手くいってしまった。

「ありがとね。参考になったよ」

 本を手渡すと、那月は不思議そうな顔を浮かべた。

「ほいさ。ん? 参考? なになに、まさか春が来ちゃったの? ハル兄に春が来ちゃったの? ぷぷっ」

「小説の参考ね。僕が友達が少ない陰キャなのは、なっちゃんもよく知ってるでしょ」

「なるほどたしかに! 理解した!」

 恥ずかしいからあっさりと納得しないでほしい。

 僕と違って那月は人の懐に入るのが上手い。僕の断れない性格が育ててしまったと言っても過言ではないが、彼女は手を貸してもらうという能力に長けている。

 ここまで考えてひらめきが湧いてきた。漫画より先に直接那月に話を聞けばよかったんだ。僕はベッドに腰掛けて彼女に視線を向けた。

「なっちゃんちょっと質問していい?」

「なーにー?」

 那月は漫画をその場に置き、僕の隣に腰掛けた。

「自分のことを好きになって欲しかったら、まずなにをするべきだと思う?」

「うむむ。その好きっていうのはどういう好き?」

「恋愛にしようか」

「ハル兄……。熱でもあるの? 今日は私がご飯作ろうか?」

 彼女は目を丸くして僕を見る。本当に失礼だなこの妹は。僕が恋愛話をするのがそんなにおかしいか。いや、おかしいな。那月のリアクションが正解だった。

「さっきの話の続きだよ。小説でそういうシーンが必要だから、参考にしたいんだ」

「なーんだ。びっくりしちゃったよぉ。そういうことね」

 彼女はふむふむうなずいた後、堂々と腕を組んだ。

「ではでは、那月様が教えてしんぜよう」

「お願いします」

「絶対に必要なのは、相手に自分を意識をさせる時間を増やすことだね」

「時間を……増やす?」

「自ずと意識が向いちゃう空気を作って、こっちの事を考えさせる時間を増やしちゃえばいいの。めちゃくちゃ話しかけたり、しょっちゅう遭遇したり、やたらと好意をアピールしたり。そしたら気づかないうちに意識が向いちゃうもんなんだよ」

 自発的な行動がてんこ盛りだな。僕はぼんやりと時計を眺めて言葉を返す。

「要はアプローチをかけてなんぼってこと?」

「そゆこと! まあ偶然そういう空気になることもあるだろうけどねぇ。漫画にもあったじゃん、あの子お前のことが好きらしいぜ、みたいな遠回しなやつ。そこから恋が始まる、なんてこともあるかも!」

 彼女はぱたぱたと足を動かして漫画を指差した。確かにそんなシーンがあった気がする。

 ぽやんとしていると思っていたけれど、意外と考えてるんだな。思いの外参考になってしまった。

「なるほど。ありがと」

「報酬はおかず一品追加でよろしく!」

「はいはい。ご飯まで大人しく漫画でも読んどいてね」

「あいあいさー!」

 那月は漫画を拾い上げ、とことこと自室へと戻っていった。


 あの子、お前のことが好きらしいぜ、か。一つ作戦を思いついてしまったが、これをすると本格的に僕が矢面に立たないといけなくなる。

 これ以上負担が増えて大丈夫なのだろうか。とにかく一つずつこなしていこう。それしかない。

 僕はキッチンに向かいながら、ぼんやりと蒔枝さんの手の感触を思い返していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ