第3話:貴族の御通り
空間ディスプレイ上の「法律」をタッチした。
このよくわからない世界で使われている言語が日本語となったことで、この空間ディスプレイがすべての支配権を握っていることが確認できた。信じられないけど。
なら、話は簡単だ。
この国の刑法のようなものを「公然猥褻OK」にすれば、俺は無罪となり釈放される。
そうなるように修正を加えてっと。
「おい、警備員!こんな牢獄に俺を閉じ込めていいのか?あん!?」
何故か喧嘩腰でそう言い放つ俺は、凄まじい勢いで立ち上がって鉄格子を両手で掴んだ。ここはもう覚悟を決めよう。俺は人とあまり会話したことないから余計に緊張してしまうんだ。
「なんだ貴様は」
「よくも俺を捕まえてくれたな、このクソ警備員共が!」
「その口の聞き方はなんだ!」
*
檻の中で余計な火種を撒いてしまったものの……俺は……。
ー脱獄に成功した。合法的に。
「いいいよっっっしゃあああああああああああああああああ!1週間ぶりの青空だああああああああああああ!」
中世の西洋の街風の街の道路風の道路の真ん中風の真ん中で、両手を天に突き上げ1週間溜め込んだ心の叫びを放った。
街の人たちが俺を凝視しているが気にしない気にしない。
前にここに来たときと違い、今はしっかり服を着ている。全裸ではない。牢屋を出る前に簡易的な服はしっかりもらってきた。
そういえば、空間ディスプレイに表示されてたカウンタが10000から9000になっている。
「おい!あれ見ろ!」
「リジル一族だ!」
「シエンナ様、出産の日が近いらしいぞ」
「おお、それはおめでたいな……」
「けどあの一族は俺たちとの交流を避けたがるんだよな。祝福もまともにやらせてくれないだろうなー」
「まあ、なあ、仕方ないだろ」
「おっとそれ以上言うなよ。禁句だぞ」
「……わかってるさ」
突然、街の人たちがざわついた。
ざわつきの原因は道路の奥からやってくる奴らか?
パソコンの使いすぎで目が悪いので、目を細めて視界のピントを合わせた。
視界に映ったのは、2人のピンク髪の女性となんかイケメン風の男?家族か?女性陣は顔が恐ろしいほど似ている。母親と、父親と、その子供……?町民にシエンナと呼ばれている母親らしき人は妊娠をしているらしくお腹が膨れている。もうそろそろ出産というノリだろうか。
服装もその辺にいる街の人の服装とは違う。この街のなんかのお偉いさんだろうか。
そんなことを考えていると、ピンク髪一族は俺に距離を詰めてきた。いや、俺が道のど真ん中にいるから進路を妨害しているんだこれ。
「おいガキ、早く道の隅に寄れ!刺されるぞ!」
「お、おう……わりいな」
言われる通りに道の隅に寄ってやった。なんで俺が退いてやらないとならんのだ。理不尽だ。
なんか、5歳くらいのピンク一族のお嬢ちゃん、俺を睨んでないか?
「わ、悪かったな……ぶう!?」
「馬鹿かテメエは、口を利くな!』
さっき俺に向かってガキ呼ばわりした中年男が俺の口を両手で覆ってきた。誘拐だ!
「放しやが……」
「黙れガキ……!」
中年男がより強い力で俺に抱きつ……ではなくて、中年男の両腕があまりにも本気すぎて窒息死してしまいそうだ。俺は21歳だからガキじゃねえよ!俺が、ボディビルダーだったら本気で殴りたい。この男を。
そして、ピンク一族は去った。邪魔者は去ったぜ。
一気に中年男から解放された。
「なにしやが……」
「ガキ。リジルの貴族の前で余計なことをするな」
「やっぱり高い地位の奴ら……もとい、ご家族だったわけか」
「ガキ。あんなに有名な一族を知らないのか。遥か昔、例の大災害からサランへーデル王国を守ったあの一族を。ああ、わかったならもうこんなことするなよ?」
「わかったよ。悪かったって」
「ガキ。わかったならとっとと去りな。ガキといるとバチが当たりそうだ」
ガキガキうるさい中年男は去っていった。自分から去れと言ってきたじゃないか。
しかし、もう夕方か。異世界での本格的な行動は夜明けからだ。
「おい、じいさん!」
「なんだ!俺はじいさんじゃねえぞ!」
「ここから一番近いホテ……宿屋はどこだ?」
「ちっ、すぐそこだよ。人にものを訪ねるときは事前調査をし……」
「あざーっす!」
俺は中年男が嫌いだ。だから、相手の言葉を遮るように言ってやった。人を怒らせる有名な方法だ。
ぶっころすぞてめえという言葉が後ろから聞こえた気がしたが、構わず俺は宿屋に入っていった。
*
中世風の煉瓦造りの民家風宿屋に入り、宿泊の手続きを進めていた。
「一泊98エリーになります」
おっと、前払い制か。
そして俺は金を持っていない。
空間ディスプレイを出してお金の制度を廃止させれば万事解決だろう。
咄嗟にお金の制度を廃止させるよう空間ディスプレイ上の文字列を修正する。「コンパイル」をタッチして「実行」。
あれ?空間ディスプレイが赤く光り、「ERROR」と表示された。ダメなのか。さすがに常識に反していた?
ならばこうだ。宿泊時のお金の支払いを無料化しよう。早速、そのように文字列を修正し、「コンパイル」をタッチして「実行」。通った。さらにカウンタが9000から20減って8980になった。
「よし、俺をここに泊めてください」
「部屋番号は5になります。ごゆっくりどうぞ」
チョロい。チョロいぞこの異世界。
こうして、俺の楽しい楽しい異世界生活が今、始まった。




