6月・6
今しがたノクトが口にした言葉は、僕の右耳から入って左耳から抜けて行った。
それはもう華麗に。華麗過ぎて何を言ったのか暫くの間理解できなかったほどに。
ええと?
作った?
……何を??
失踪している間に厨二病が悪化したのだろうか。
こんな時、僕はどう返せばいいのだろう。
「理解できないのはわかる。俺もやっとそうなのかなって思い始めたところだし」
いや、初期段階ならそこで立ち止まろう!
転生勇者でも正直引くのに神とか言い出したら、僕はすっぱりと関係を断ち切れる自信がある。幼馴染みのよしみ、兼、年長者への礼儀で口には出さないけれど。
が、出さなくても伝わってしまったようだ。
ノクトは少しだけ口を尖らせる。しかしそれでも考えを改めるつもりはないらしい。
「ホラ話に聞こえるだろうけどお前、出まかせには耐性あるだろ? だからちょっと黙って聞いてくれ」
そんな長い前置きの次に続いた言葉は、僕の想像なんて軽く超えていた。
曰く、この世界は能登大地が引き籠って作っていたゲームの世界であるらしい。ゲームと言ってもシステムと、突発的なイベントを少々盛り込んだまでの未完成品で、だからノクトも最初は、この世界がそうだとは思っていなかったそうだ。
その世界はAIに支配されていて、人類は数百年前に数を減らし、舞台となる町には子供しかいない。
そんなノクトが語った”ゲームの世界”は、僕が知っているこの世界と確かに酷似している。
「でも疫病の話は? あれもノクトが作った創作なの?」
「俺の世界では実際にあったんだ。隣の国で正体不明のウイルスが見つかって、数ヵ月の間に世界中に広がって大勢死んだ。俺が知る限りではまだワクチンも見つかってなくて、とにかく他人と接触しないようにするしかなくて。店も会社も閉まって、いっつも混んでるバスもガラ空きで……ちょうどいいって言うとアレだけど、いかにもディストピアな設定だからゲームに盛り込んだ」
加えて、そのゲームはキャラクターが大勢死ぬらしい。
先ほどの『知らねぇ奴がどうなっても~』だの『ファンタジー物書きは~』だのと言った発言はそこに起因しているのだろう。
けれど。
「でもそれだけで此処がゲームの世界だとは言えなくない?」
と言うか、普通は『此処は俺が作ったゲームの世界だ!』と言われて『はいそうですか』とは思わない。
ホラ話に耐性があるというのは、何を言われても信じるということではない。何を言われても信じずに聞き流せるということだ。
そんな僕の内なるツッコミなどまるで伝わっている様子もなく、ノクトの話は続く。
「最初はわくわくしたんだ。俺が作った世界にいるってことが。どうして此処に来たのかは知らないけど戻ったところで明るい未来が待ってるわけでもないし、だったらゲームをリアル体験するのもいいかな、って。だってよ、概念だけの未完成品がこうして完成して世界になってるんだぜ?」
「はあ」
「でもさ、チャルマやヴィヴィがいなくなったあたりで怖くなったんだ。あいつらは此処で生きてて、俺なんかのためにいろいろ考えてくれたりしたのに……キャラがバタバタ死ぬのはそうしたほうがディストピアっぽいかなとか、そんな軽い気持ちだったのに、俺、とんでもないことしたんじゃないかって」
その表情は本気で苦悩しているように見える。
しかし。しかしだ。
あり得ない。転生だって認めたくないのにゲーム? 死んだほうがディストピアっぽいから? そんな浮かれた理由でヴィヴィやチャルマが死んだって!?
「……随分殺伐としたゲームだね。その分だと僕も危ないね」
爪の垢ほども信じられる要素がない。
しかし嫌味混じりに言った指摘にノクトはと言えば、
「心配するな。お前は死なせねぇ」
なんて、主人公が言いそうな台詞を吐いてくれちゃうからツッコミが追いつかない。
死なせないって?
ノクトが?
マルヴォの時は全部終わってからやっと出て来て、ヴィヴィの時は助けてもくれなくて、フランの中にレトがいることを知った上で僕をフランとふたりきりにして逃げた奴の、どの口がそれを言う!?
「攻略法は俺の頭の中にある。筋書きのとおりなら、世界を支配している人工知能を倒せば異世界への扉が開いて、そのディストピアから脱出できるんだ。つまりレトを倒せばいい」
要するに、”魔王を倒したら勇者は元の世界に戻される”みたいなものだと考えればいいのだろうか。さらに、転移してきた勇者だけでなく生き残った現地民も一緒に行ける、というオプションが付く、と?
『だから安心してレトを壊していい。世界が壊れてもその先の生活は保障する』と突然言われたところで納得も信用もできないけれど、壊した世界と心中する羽目にならずに済むのは良かったと言うか何と言うか。
突然すぎて考える余地は欲しいところだけれども。
「あの、それで……もう倒してたりする?」
そして手の内を明かされると、ちょっとばかり不安と言うか、気になることが。
先ほどから続く轟音と振動。何処かのパイプが外れて落ちたのか、時折金属を叩きつけたような音までが聞こえて来る。
あの音は何だろうとさっきからずっと気になってはいたの……だ……けれど……もしかして僕が知らない間にレトを破壊してしまったのか!?
彼が好きそうなファンタジーだと、ラスボスを倒すと大抵、意味不明に施設が壊れ始めるのだけれど。
「いや。つぅか、”レト”ってぇのはマザーコンピューターみたいなのじゃなくて、ネットワークと一体化してるんだ。ネットの中でレトの意思が自由に飛び回ってる。だから寮の女や薬局のオッサンの中に入り込むこともできる。つまりこの町、この世界の全てがレトと言えるんだが……なのに全く”レト”に接触できない。俺は主人公じゃないからなんだろうな」
どうやら不発に終わったらしい。ほっとしたような、そうでないような。
が、だとするとあの爆発音は? 振動は?
地下でこれだけ揺れるのなら、地上はとんでもないことになっているような気がして仕方がないのですけれど、僕の意識がなかった間に一体何が起きているのですか!?
そんな複雑な心情をノクトは不安と受け取ったようで、僕の肩をポンと叩くと何処ぞの勇者がやりそうな笑みを見せた。
「だが町のあちこちに爆弾仕掛けて逃げ道は絶った。物理で壊せばネットも途切れる。爆破の後処理で手一杯になってる間に何処にも逃げられなくなってるって寸法だ。袋小路に追い詰めりゃこっちのもん。必ず倒す!」
「爆弾んんーー!?」
待て! 爆弾って何だ!
いや、爆弾は知っているけれどもそんなものを一学生、もしくは引き籠りゲーム制作者に作れるものなのか? 創造主だから可能なのか!?
「そんなに驚くことじゃねぇだろ。簡単なのならその辺の材料でできるんだよ。ドライアイスとか。まぁ殺傷力はアレだけど」
「殺傷力とか言わないで!」
失踪している間に何をしていたのか、とてつもなく不安だ。
少なくとも町のあちこちに爆弾を仕掛けたことだけは判明したが、ってこれはもうレトを倒して自分たちが正義だと主張しなければ犯罪者まっしぐらなパターンじゃないか!!
「あの……僕此処で脱落してもいいかな」
「何言ってんだ」
「いやでもレトを倒すとか無理無理の無理」
「安心しろ。お前は命に代えても守る」
ああ! こういう台詞を吐かれたらときめくのがお約束なんだろうけれど、相手はノクトだ。ときめいたら負けだ!
「何だよその顔は! これでも1回は守ってんだぞ。お前が卒業式の日に襲われるイベントがあったのを思い出して、とにかくそれは阻止しようと思って。まぁちょっと試算がズレて爆破規模がデカくなっちまったけど、そのおかげであの女に邪魔されることなくお前を連れ出せたわけだし、」
ノクトの言葉に思考が止まる。
図書館の爆破事件のことだろうか。クレアは僕に何をするつもりだったのか……その前にあの爆破はあなたのせいですか!? 1歩間違えれば僕に引導を渡していたであろう奴が、どの面下げて『命に代えても守る』ってぇぇ!?
「いや、そこで感動するなよ? 俺が優しくするのは裏があるって言ったろ?」
「感動してない! 感動どっか行っちゃった!!」
僕は頭を抱える。
殺されかけて感動できる人徳者がいるなら紹介してほしい。
でもその前に!
「……あのさ。今更何も期待してないけど、裏って何」
僕が抱えていた秘密どころではない怒涛の展開に頭が追いつかないけれど、さっきからノクトの言葉に妙に引っかかる単語がひとつ。
これはスルーしたら駄目なやつ。早めに問い質しておかないと、後で勝手に聞いて答えたことにされている、そのくせ結構重要度の高いやつだ。
「あー、だからさ。俺じゃレトに接触できないって言ったろ」
「うん」
「それは俺がしがないモブだからだ。敵に遭遇するのは主人公。つまり確実にレトに出会える奴が要る」
「主人公?」
「そう。そいつは俺が知る限り、この1年の間に4回レトに会ってる」
それが裏?
でもそれが僕と何の関係が?
ノクトは黙っている。僕に当てさせるつもりなのか、答えを言う気はなさそうだ。
ヒントはこの1年の間に4回レトに会っている、と言うだけ。
レトが一個人の前に現れるなんて稀なことだから、簡単に見つかりそうではあるけれど。
例えば挙動不審だとか。
レトに隠し事をしているとか。
逆にレトが隠していることに勘付きそうだとか……。
「………………………………………………………………………………………………僕?」
「自己肯定感低すぎないか!? 仮にも監督生だろう!?」
いや、いきなり主人公と言われても!
しかもどう考えても、
「……つまり……僕に囮になれと!?」
「あ、そこの理解は早いんだな。さすが監督生」
なんだろう。僕に期待している理由が世間一般の主人公に対するものと違う。
まぁ、いきなり城に呼び出されて魔王を倒せとか言われるよりはまし……ましなのか!?
「帰っていい!?」
「だから駄目だって言っただろう! いいか? 俺はお前を手放すつもりなんかねぇからな」
だーかーらー!!!!
そういう台詞は普通の学園ドラマのうちに聞きたかった! ってそうじゃない!
カミングアウトを終えてすっきりしたのか、すっかり世界を救う主人公(のチームの一員)になったような顔で、ノクトはズンズンと歩いて行ってしまう。
何時の間にやら休憩は終わりなのか、僕を背負うのはやめたのか。おんぶしてほしいわけではないけれど、あまりにも後ろを気にしていない。
僕がこのままこっそり踵を返して逃げることだってできるのに、僕が付いて来ると信じている。その背(猫背だけど)が無言で語って来る全幅の信頼……いや! そんなことで絆されちゃ駄目!
第一、ついて行けば確実にレトの敵対勢力になる。
この、町に爆弾を仕掛けまくっている凶悪犯の仲間にされてしまう。
僕はどうすればいいのだろう。
レトに従ったところで将来は読めない。ヴィヴィやチャルマの後を追うだけになるのか、フローロと同じ道を辿って、違う結末に辿り着けるのか。
それともノクトに協力してレトを倒し、過去に――疫病が蔓延して、且つ同じ”種”がいない世界――に行くのか。
髪が緑だからと奇異の目で見られ、下手をすれば人体実験の材料にされかねない世界に。
そうこうしているうちに、ある扉の前でノクトは立ち止まった。此処が目的地らしい。
しかし錆びついた扉は見るからに歪み、押しても引いてもびくともしない。
「ちょっと待ってろ」
ノクトは2、3度扉に体当たりした。だが開かない。
「おかしいな。開くはずなんだが」
「そのままじゃ無理だよ。油、ほら、そこのパイプから漏れてる黒いのが多分油だから、それを下の蝶番と錆のところに塗って。そのほうが開けやすい」
僕は壁に這うパイプを指さす。
繋ぎ目が緩くなっているらしいそのパイプから壁にそって黒い染みができている。表面のギラつきは油の証拠だ。
この扉を出れば”レトとの対決”に近付いてしまうわけだから本音を言えば出たくないけれど、あちこち崩れてきている水路に残るのも嫌だ。仕方ない。
ノクトは言われた通りに油を掬い取り、蝶番に垂らしている。
素直過ぎて気持ち悪いが、それだけ早く出たいのだろう。
「塗ってから暫く置いておいたほうが効果があるんだけ、」
が。
僕が言い切るか切らないかのうちに、彼は有無を言わさず力任せに体当たった。
メリメリと剥がれるような音を立てて扉が開く。
「おお! さすが主人公効果!」
「違う」
……この調子だと、僕は本当にレトと対決させられそうだ。




