6月・1
6月だけ10話あります。
あれ以来、ノクトは帰って来ない。
セルエタがこちらにあるのなら見つけ出すことは不可能ではないと思われたが、1年前の旅立ちの日と同様、いやそれ以上に、彼のセルエタは持ち主の居場所を感知してはくれなかった。
彼が本物ではないから感知しないのか。
それとも改造を施してあるのか。
前回は距離とアラームは作動したのにそれもない。
以前、イグニのセルエタをバラバラにしていたのは、この日のために構造を知るつもりだったのかと思ったものの、時既に遅し。
前回と違って門は閉ざされたままだから外に出た可能性は薄い、と言うのがせめてもの救いだろうか。
それでも旅立ちの日までに見つからなければ、ノクトはただひとりこの町に取り残されることになる。
この世界で生きていくと言ったのに。
”僕と”でなくてもいい。僕と”ノクト”とはただの幼馴染みで、将来を誓い合ったわけでもない。外見が同じだからと言って僕はノクトに”ノクト”を求めたりはしない。
『――元々お前のノクトのだ。俺のじゃない』
けれど、彼にはそう見えたのかもしれない。
ノクトのセルエタは何も言わない。
僕はどう接したらよかった?
あくまで”能登大地”として接するべきだったのか?
でもそんなことをすればレトに知られる。この世界の住人ではない”能登大地”が生きるためには”ノクト”でいる以外にはなかった。彼もそれはわかっていたはずだ。
なのに。
寮の部屋が分かれていたからか、直近まで臥していたからか、僕がノクトの監視責任を問われることはなかった。
もしかすると彼は、僕に責任が及ぶことも見越して相部屋を解消したのかもしれない。
三日三晩降り続いた雨が止んだある日、アポティが学校にやって来た。
配らなければいけない薬があるのだと言う。
この時期に飲む薬などなかったはずだがと訝しく思うも、ファータ・モンドに病気を持ち込まないための予防薬だと言われれば、はいそうですかと受け取るしかない。
何処も悪くないつもりだけれど、かつて人類を滅亡の危機に陥れたウイルスも感染者の移動で広まったそうだし、ヴィヴィの”特殊な病気”もあったばかりだし。感染に対して鋭敏にならざるを得ないのは理解できる。
が。
「何か言いたそうな顔だねぇ」
「あー……いえ、別に」
何だろう。随分とかわいらしい。
卒業祝いのつもりなのか、大きなバスケットにひとり分ずつ小分けにされた袋が詰められた状態で飾られている。
袋の口に結わえたリボンも色とりどりなら、中身のカプセルもカラフルで、菓子だと言われたら疑いもせずに口に入れるどころか、感じるはずのない甘味まで感じてしまいそうだ。
小袋をひとつ手に取り、僕はそれとアポティとを見比べる。
「何が言いたいか、当ててみせようか?」
「いえ」
……これはアポティが包装したのだろうか。
夜、店を閉めてからひとり黙々と袋詰めする彼の姿を思い浮かべてしまった。
さらにはクルーツォがいたらきっと手伝わされていただろうと、このふたりが夜なべして袋にリボン結びする冗談のような光景まで……ああ、自分の想像力が恨めしい。
だがしかし。その想像は置いといて。
「アポティはこれが何の予防薬なのかは知ってるの?」
ヴィヴィの”特殊な病気”は病気ではない。
レトははっきりと言わなかったけれど、僕はそう思っている。それに病気であろうとなかろうと、レトは『感染しない』と言った。
それからいくとこの薬の山は矛盾としか言いようがないけれど、きっと僕が知らないだけで木化以外にもファータ・モンドに入れたくない病気はこの薬の数だけあるのだろう。
「説明するかい? 1種類3分として15種類あるから、45分ほどかかるけど」
さすがに相手の顔色から容態を推測する達人も僕の想像は範囲を超えたのか、夜なべリボンの光景は伝わらなかったようだ。
「あー……ええと……木化についての予防薬があるかどうかだけ」
「ああ、木化ね。やっぱり気になるよねぇ」
アポティは深く考える様子もなく、半透明な粒を指さした。
「これだよ。これは予防って言うより抑制剤って言ったほうがいいかもだね。あの病気を防ぐ薬はまだ開発されていないんだ」
”特殊な病気”について、レトは『安全に発症できるようにする』と言った。この薬はきっとそれだ。
木化が成長に伴うものなら、その時だけ成長を抑制すればいい。
どうしても木化されては困る場所……例えば、ファータ・モンド行きのバス車内で発症しないように、とか。
痣すら出ていない僕には不要のものだが、痣の発現から木化ガチャのスイッチが入るまでに何時間あるかは人それぞれ。ひとりでも車内で発症したら、同乗者全員があの時の僕やクルーツォのように巻き込まれ、飲み込まれてしまうだろう。
飲んでおくに越したことはない。
「それじゃよろしく頼むね監督生くん」
ヴィヴィの一件以降、入院療養や検査を望む学生が後を絶たず、最上級学年で残っているのは僅かに40人ばかり。去って行った中には残り3人の”レトの学徒”も含まれていたから、必然的にこの手の雑用は僕に集中することになる。
そんな雑用を任されるのもあと少しで終わりと思えば、寛容にもなるけれど……。
「いやあ、5人もいた時には誰にお願いしようか毎回迷う羽目になってたんだよねぇ。ほら、同じ子にばっかり集中しちゃうと悪いじゃない?」
「……栄養剤の時も僕でしたよね」
「栄養剤? ああそう言えばきみだったね。頼みやすい顔してるんだよね、きみ」
悪気はない。悪気はないんだきっと。
やもすれば腹の底から湧きあがって来ようとする悪態を、僕は理性で抑え込む。
僕はクルーツォ絡みで意味もなく薬局に行くことが多かった。そのせいで他の学徒より識別度合いが高くなっていただけだ。
そう言えば、あの時の栄養剤は引き出しにしまい込んだまま飲み忘れてしまった。
原材料が虫ではないと判明した以降、飲もうとは思ったのだ。でもしまった場所にはなくて……だから結局飲まずじまい。
ノクトの分と一緒にしていたから彼が間違って飲んでしまったのかもしれない。
『飲むくらいなら光合成していたほうがましだ』と豪語した手前、僕の不在を狙って急いで飲んだから数なんて気にしていなかったとか、『どうせ栄養剤だから飲まなくてもいい』、もしくは『正直に僕に言うと怒られる』なんて理由で黙っていたに違いない。
でもこの薬は栄養剤ではない。むしろその逆。
だからこそちゃんと飲まなければ。
ヴィヴィの最期を思い出し、僕はひとつ身震いする。
「そんな顔するなよ。良いこともあるんだから」
僕の顔をどう見て取ったのか、おどけたようにアポティは言う。
「どんな?」
「預ける相手を選ばなくていい」
どうやら彼は、僕が最後の最後まで雑用を押し付けられることに不満を持っていると思ったようだ。
顔色と微妙な訴えだけで的確に薬を処方する人が、何故今ばかりは考えていることを読み取れないのか。
ああ、でも。
アポティが僕に頼んでくれたおかげで、僕はクルーツォと出会うことができた。
そう考えれば、僕にとっても”良いこと”だったのかもしれない。
……”良いこと”。
そうだろうか。
僕に関わらなければ今頃クルーツォは……。
胸が痛い。
両手で籠を抱えたまま、僕は俯いて唇を噛む。
「しかし、あのチビ助たちも卒業か。クルーツォだったら泣いてたねぇ」
僕の思いが伝わったわけではないだろうけれど、アポティは感慨深げにそんなことを呟いた。
毎年、卒業生に言っている台詞かもしれないが、クルーツォの名が出て来た部分だけは今年オリジナルだろう。だから余計に感情が籠っているようにも聞こえる。
「クルーツォが?」
「そうさ。なんせ10年見守ってきたんだからね。クルーツォは表には出て来ないから知らないまま卒業する子も多いだろうが、きみらの健康を管理してきたのは彼と私だよ」
言われてみればそうかもしれない。
学校に薬を卸すのはアポティだし、その薬を作ってきたのはクルーツォだ。
やもすれば僕たちは勝手に育ったように思ってしまうけれど、やはりここまで大きくなれたのは多くのアンドロイドの支えがあったからで。だからやはり、彼らを嫌うノクトは間違っている。
「クルーツォは見た目が若いからか、子供たちにやたらと懐かれるんだよねぇ。エンカウント率は私のほうがずっと上だって言うのに理不尽だよ。ほら、きみだって私よりクルーツォだろう?」
「え? いえ、そんなことは」
鋭い指摘に心臓が跳ね上がった。
クルーツォと比較してどちらが、なんて考えたこともないけれど、ただどうにもアポティにはレトの影がチラついて、だから避けてしまっていた。
悪意は気付きやすいと言うし、やはり当人なら気がつくものなのだろう。初等部の頃から見守ってくれていた恩を仇で返してしまったようで申し訳なく思う。
アポティは「みんなそうだから気にしなくていい」と苦笑いを浮かべると、つい、と門のほうに目を向けた。
正確には門の向こうにあるファータ・モンドを見たのかもしれない。クルーツォはまだ帰って来ない。
「何だかんだ言ってクルーツォは子供好きだからね」
「そうでしょうか」
「そうとも。彼の感情のオリジナルには弟妹でもいたんじゃないか、って見てるよ私は」
僕と話すのも今日が最後だからだろうか。アポティは随分と饒舌だ。
いや、喋ろうと思えば明日も明後日も喋ることは可能だけれども、卒業を間近に控え、式のリハーサルやら荷造りやらで僕たちは結構忙しい。
アポティも新たに入って来るであろう新入生に向けてする準備があるだろう。だから彼と話す機会は今日が実質最後になる。
「オリジナル?」
クルーツォがいれば、アポティもここまで思い出話に花を咲かせなかったかもしれない。
しかし彼が帰って来る目処はたっていない。
「そう。初期型はね、人間の記憶と感情をデータ化して乗せてあるんだ。そのほうが人間に近くなる、人間に好かれやすくなる、って理由でね。でもその分、思考に矛盾を生じて壊れやすい。で、結局、後期量産型には感情を乗せるのはやめたのさ」
クルーツォが妙に何か言いたげな顔をしたり、レトとの情報共有を切ったりしたのは感情のせいだったのだろうか。確かにあの時、フランやアポティなら情報共有を切ることはないと思ったけれど。
「そのせいで腕を失くして、ホント馬鹿だよ」
実際にクルーツォの腕を吹き飛ばしたのはアポティの銃であって、感情ではない。
クルーツォが僕を助けようとしたこともアンドロイドの義務であって、感情ではないかもしれない。
ただわかるのは、飲み込まれた腕を切り離すことに躊躇って対処が遅れれば、腕どころかクルーツォそのものを失っていたと言うこと。
アポティは感情がないからこそ撃つことができたのだ、と言うこと。
「だからね。こういうことがあると感情なんてないほうがいいと思ってしまうね、私は」
クルーツォばかり懐かれるのは理不尽だ。
クルーツォには感情があるから。
そんな話をしておいて、それでもアポティは感情などないほうがいいと言う。
確かに、命令されたことの良し悪しを考えることもなく実行するだけのほうが楽だ。矛盾を抱くこともない。
けれどこうして話をしていると、後期量産型アンドロイドにも感情があるように思えてしまう。
いや量産型に限らず……アンドロイドも人間も、体のつくりが違うだけで宿る魂は同じじゃないかと、そう思いたくなる”人”が多すぎる。




