5月・2
「レトに聞きたいことがあるんだけど」
僕はフランの目を見る。
以前、フランが僕に接触して来た時、彼女の中にはレトがいた。
今もレトはフランを介して僕を見ているだろう。僕が隠していることを――あの時はノクトの邪魔が入って喋らずに済んだけれど、その後もレトの影はずっと僕に付きまとって――探っていた。
今もそれは同じ。
意識のない1週間、フランが寮の仕事を放棄して付きっきりで看病してくれた不自然さが全てを物語っている。
”看病”だけではなく、僕の深層意識に入り込んで……寝静まった家に入り込んで家探しするような真似をしていなかったとは言えない。
僕がアポティやクルーツォに喋ったことを繋ぎ合わせれば、旅立ちの日以降、本物のノクトが行方不明になっていることもわかるだろうし、実際、知られていると思っていた。
でもクルーツォはアーカイブを残していない。
だから、レトはまだ全てを知らない。
僕の憶測の正否を答えられるのはレトだけだ。
レトを名指しで呼び出して尋ねれば、答える代わりに隠していることを教えろ、と言って来るかもしれない。
けれど、そう思っているならなおのこと。レトは僕の誘いに乗ってくる。
フランの目を見つめること数分。
「――何でしょう?」
彼女の瞳孔がキュッと縮まった。チカリ、チカリ、と虹色の光が瞬く。
レトが出て来た。ここから先は意識をしっかり持たなければ、レトに持って行かれる。
僕は汗ばんだ両手を握り締める。
「……ヴィヴィは特殊な病気だと言ったでしょう? その病気に痣は関係ある? 花みたいな形の痣なんだけど」
クルーツォは性徴と痣は関係ないと言った。
ヴィヴィは木に変わる前、痣が出たと見せてくれた。
チャルマは痣が現れた以降、突然ファータ・モンドの病院に転院すると称して姿を消してしまった。
そして。
『表示されていた成分より生命の花が多く使われて――』
クルーツォは例の栄養剤の成分がいつもと違うと言っていた。
そのせいでヴィヴィに痣が現れたかのような言い方だった。
栄養剤は僕らが冬を越すためのもの。
光合成では足りない栄養分を補うためのもの。
僕らの生育に必要なもの。
『身長が平均より低かったのを気にして』
チャルマは僕らよりも生育が悪かった。
もし入院がてら生育を促進させるために、過剰に栄養剤を摂取させられたとしたら。
いや。
成長を促進させるために入院させていたのだとしたら。
行方をくらます前のチャルマは何処となく大人びて見えた。
その時は長い入院生活でやつれたか、顔の輪郭が髪で隠れているからそう見えるだけだと思ったけれど……子供から大人へと。数週間会わなかっただけでその違いからくる違和感に気付いてしまうほど、急激な成長があったのではないか?
「知っていたのですね、痣のことを」
フランはじっと僕を見つめる。
僕が鎌をかけているかどうか、他に知っていることがないかを見極めようとしている風にも見える。
「痣を持つ者は、いわばどちらに傾いてもおかしくない不安定な天秤のようなもの。悪いほうに傾けば不幸なことになりますが、良いほうに傾けば世界を守っていくための優秀な担い手として才能を開花させる。その発端として現れるのが痣なのです」
はぐらかされているようにも聞こえるけれど、でもそれは『痣は栄養剤のせいではないのか?』とダイレクトに聞かなかった僕のせい。
栄養剤のことを言えば、生命の花にも言及しなければいけない。
知るはずのない生命の花を知っているとレトに言ってもいいものか。
否。
クルーツォが黙っていたくらいなのだから言わないほうがいいに決まっている。
では。
生命の花と栄養剤のことを隠して、どうやってレトに問えばいい?
「優秀な担い手」
「そうです」
チリチリと感じる違和感。
今までなら”優秀な担い手”と期待されるのは”レトの学徒”のはずだった。
もしあの痣が栄養剤のせいだとすれば、要は成長の過程で誰にでも出るもの、ということになる。
その過程で木化するか、木化せずに生き残るかが”優秀な担い手”となるか否かの分かれ目だと言うのなら、”レトの学徒”は何のために必要だと言うのか。
痣が出ない僕は”優秀な担い手”として期待されていないのか?
だから『ファータ・モンドに行く必要はない』のか?
検査を希望した学徒でもない同級生たちの全てが彼の地に行くことを許されたのに、僕にその資格がないのは痣がないから以外に……違う。今は僕のことよりも真実を引っ張り出さなければ。
「……チャルマと……チャルマとフローロも痣があったんだけど」
イグニの戯言とフローロの手紙のことを混ぜるとややこしくなるから、それは置いておくとして。
レトの言葉から推測すると、痣を持ちながらも卒業まで 此処 にいたフローロは天秤が良いほうに傾いた結果で、だから”優秀な担い手”として『今でもファータ・モンドで元気で』いる。
だがチャルマは?
突然姿を消したのは、手を尽くした甲斐なく天秤が悪いほうに傾いてしまったからではないのか?
誰もいないガランとした病室を思い出す。
あの日どの病院に転院したのかアンドロイドたちに追及したけれど、彼らは教えるどころか病院から追い出した。それは。
「チャルマは、」
「察しのとおり、チャルマは木化しました。黙っていたのはあなたたちを傷つけないためです」
僕は拳を握り締める。
やはりチャルマが転院したなんて嘘だった。
僕たちが帰った後、たったひとりで彼は発症したのだろう。誰にも救いを求めることができず、それどころか救ってくれるはずの看護アンドロイドたちの手によって寄ってたかって切り倒されたのだとしたら……どんなに辛くて恐ろしかったことか!
そのことを僕たちが知れば、今の僕や学生たちのように動揺する。心に傷を受ける。
そう判断して隠すことにしたのだろう。クルーツォが『彼らが教えてくれないのは守秘義務があるからだ』と言ったのはきっとそれだ。
が、問題にしたいのはそこではない。
痣が性徴の証ではなく、ただ単に育った結果として現れるものだと言うのなら。
あの栄養剤はほぼ全員が飲んだと言っていい。
成長が促進されれば痣も早く現れる。普通に生きていても何時かは現れるであろう痣の発現を早めたことに理由はあるのか?
ただ単に容量を間違えただけか?
予想に反した影響が出てしまっただけか?
そして検査を希望して彼の地に旅立った学徒称号のない同級生たちは、検査が終わったら帰ってくるのか? そもそも木化する可能性を残したままの学生を、彼の地は受け入れるのか?
チャルマと同じように彼の地に転院したと言われているヴィードは――。
僕が黙っているのはショックを受けているからだと判断したのか、フランは僕に手を伸ばす。宥めるように頭を撫でる。
「安心なさい。この病気は感染しません」
しないだろう。ただの成長なのだから。
「ヴィヴィやチャルマの悲劇はもう決して起こさせません。私たちはあの病気が安全に発症するよう、全力で薬の開発に取り組んでいるのです」
きっと学期の途中で姿を消した同級生たちの中にも、性徴ではなく痣の発現が本当の理由だった者もいたのだろう。
彼らが”担い手”として今もファータ・モンドにいるのか、極秘裏に処分されてしまったのか。今となっては知る由もない。
しかし。
「……木化は特殊な病気じゃない」
「マーレ?」
「ヴィヴィは特殊な病気だけど感染しないから安心しろ、ってレトは言ったけど、本当は違うでしょう? 痣が成長過程で発現するのなら、僕たち全員に発症する可能性がある。それは”特殊”じゃない」
数百年前、人類は突然変異した。
新たな進化を遂げた者だけが生き延びた。
しかしその進化によって、疫病に打ち勝つ代わりに木化するかもしれない、と言う負の部分をも持ってしまったのだとしたら。
「ねぇレト。普通は病気は発症しないように抑えるものだよ? どうしてその方向に薬を開発しないの? どうして”安全に発症”するほうに行くの? 僕にはレトが発症することを望んでいるように見える。ただでさえ少ない僕たちが2分の1の確率で減る可能性を放置するどころか、促しているように見える」
『栄養剤ねぇ。本格的に植物になってきたな』
ノクトは僕らをそう称したけれど、本当にそうなのかもしれない。
「かわいそうなマーレ」
フランは頭を撫でていた手をさらに伸ばし、僕を抱きしめた。
アンドロイドの体は硬くて、服越しでも冷たくて。彼女が表したいであろう意図とは逆に、拘束されているように感じてしまう。
と同時に、クルーツォの時は、と考えると……彼もアンドロイドだし、クリスマスの時にしろ商店街を連行される時にしろその腕の力は振り払えないほど強かったけれど、それでも拘束されているとは思わなかった。
この違いは何だろう。信頼と言うのなら付き合いの長いフランやレトのほうが上だろうのに。
「あなたは心に深い傷を負ってしまっているようです。だから私を疑う。痣の前に心を治さなければ。心の治療は時間がかかりますが大丈夫。私に委ねれば全てが解決します」
レトは痣よりも心の傷を心配している。
痣による木化は、レトにとっては重要視するものではないのだろうか。
”安全な発症”はもう実用段階に入っているのだろうか。
「そうすればフローロにも会えます」
「フローロ、に」
『きみがどんな選択をしても、僕は恨んだりしない』
夢の中でフローロはそう言った。
自分の後を追う必要はない、と、そう言いたげだった。
あれは僕の潜在意識がフローロの後を追って研究職に進むことを拒否してることの表れなのか、それとも”夢のお告げ”のようにフローロの意思なのか。
「フローロはまだ元気でいるの!? 世界のために尽くしてくれてるの!?」
彼はまだ木化していない。
でもだからといって安心はできない。
イグニの戯言のように、危険に晒されているのか。
あの手紙にあるように、いずれやって来る僕たちを保護しようと動いているのか。
前に尋ねた時もレトは『フローロは元気にしている。世界のために尽くしてくれている』と言っていた。
普通に考えれば、自分に敵対する者に好意的な評価などしない。
でもレトなら人間的な感情による忖度すら演技できるのではないか?
もしイグニの言っていることが正しいのだとしたら、フローロに危険をもたらす敵は……レト、ではないのか?
唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。
フランの耳にも届いたかもしれない。
「……もちろんです。彼のおかげで飛躍的に向上しました」
この言葉は嘘か。真実か。
もしレトが私利のために平気で嘘を吐くようになったら世界は、人類は終わる。レトを作った先人がそんなことを許すはずがない。
「あなたにも期待しているのですよ。あなたは”レトの学徒”なのですから」
信じられない。
”レトの学徒”になって約半年、仕事と言えば雑用ばかり。
ヴィードが抜けても後継が選ばれることもなく、今度は学徒でもない痣持ちに”優秀な担い手”となることを期待していると言い出した。
彼女が期待する理由の中に”レトの学徒”であることは含まれていない。




