4月・3
拉致られること数分。クルーツォが足を止めたのはフォリロス広場の入口だった。
赤錆色のマントを羽織ったアンドロイドに首を抱え込まれて連れて行かれる赤ベストという構図は予想以上にかなり目立ったらしく、通りすがりの方々から投げられる奇異の視線が痛すぎる。
明日あたりどんな噂になって流れているのか、今から考えただけでも気が重いけれども、これも自分が蒔いた種。仕方がない。
僕らの後ろを同じく無言でノクトが付いて来るのが見えた。
アンドロイドから「付いてこい」と命令口調で言われたのが癇に障ったのか、先ほど以上に機嫌が悪そうな顔をしている。
広場を挟んだ彼方にある門は固く閉じられ、その前にふたりの警備兵が立っている。
旅立ちの日にはバスが何台も停留する此処は、テニスコートに例えれば8面は軽く入る大きさ。
しかしさすがに警備兵が立っている前で遊ぶ物好きはいない。誰もいない広場にやって来た僕らは(たとえそれが広場の端だとしても)彼らの恰好の”暇つぶしの的”になったようだ。
彼らの心情だってわからないわけではないけれど、何処に行っても結局人の目が付いて回る事実に失笑を隠しきれない。
とは言え、距離があるから声が警備兵にまで届くことはない。
口の動きを読まれることもないだろうし、監視カメラを仕掛ける場所もない。
密談するには何処よりもいい場所なのだろう。
けれども。
「で? 要件は何だ」
「……アーカイブは、」
「心配するな。残さないから」
あれだけアポティに念押しされたにもかかわらず、クルーツォはこの会話を記録するつもりはないようだ。
彼が記録しないのなら、この会話がレトに伝わる可能性はほぼ消えたと言っていい。
しかし、多分に第三者に聞かれたくなさそうな素振りをした僕のせいではあるけれど、レトの指揮下にいなければならないアンドロイドがレトと情報を共有しないように動くなんて、本来ならあり得ない。
アポティやフランならきっと何も考えずにレトに繋ぐ。
もしくは最初から繋がっている。
でもそれは配慮がないのではなく、情報をレトと共有することはアンドロイドにとって当然のことだからだ。
なのにクルーツォはそれをしないと言う。
1度ならまだしも2度。
事前に忠告まで受けているのに記録しなかったとなれば、今度こそ”壊れている”と判断されかねないのに。
「残さないと危ないんじゃない? クルーツォが」
『――今度忘れたら修理工場行きだ』
去り際、アポティが投げて来た言葉がまだ耳に残っている。
クルーツォがアーカイブを残さないのは僕を守るため。僕がいつも不用意に、レトに伝えられないようなことを聞いて来るからに他ならない。
伝わればただでは済まないと知っているからこそ、こうして庇ってくれている。
親しい相手だからか、人間を守ると言うアンドロイドの特性のせいなのか。
理由は定かではないけれど、とにかく僕の迂闊な言動でクルーツォに害を及ばせるわけにはいかない。
「気にするな」
クルーツォは、ふ、と鼻で笑った。
「アーカイブを残すと言ったらお前は何も喋れなくなるんじゃないのか? そういう話がしたいのだろう?」
「アポティは心配性なだけだから」と付け加えて。
そう。彼の前で生命の花の名は出せない。
本に記載されていないところからしてあの花の存在を学生が知る必要はない、とされていることは確かだし、だとすると僕の知っていますアピールは何の得にもならない。
それどころか、誰が教えた? と犯人探しが始まりかねない。
クルーツォはアポティを信用しているようだし、僕からしても薬の知識や商いの上ではこれ以上ないほど信用できる人だとは思う。
けれども、それと同時にアンドロイドでもある。
そして権力者の忠実な手足とは、押し並べて世間から信用される人物だったりするものだ。
一緒に来ているノクトは何も言わない。
ワクチンの提案をしたのは僕だから、僕から話したほうが正確に伝わると思っているのか、クルーツォと喋りたくないだけなのか。
生命の花の秘匿性も、知るはずのない情報を知ってしまった場合にどうなるか、なんてこともわかっていないだろうから、「ワクチンの話をするだけなのに何故こんな場所まで?」と訝しんでいることは間違いない。
「時間がないぞ。あと2,617秒」
「あ、あのね、疫病のワクチンのことなんだけど!」
疫病と聞いてクルーツォの片眉が上がった。
「疫病!?」
「ち、違う違う違う! もしそういう依頼があったら作れる? って言う、」
ああ、こんななりでもさすがは薬師。病気に対する食いつきが普通じゃない。
そりゃあこの町の薬を一手に引き受けている、みたいなことをアポティが言っていたし、だからこそ僕たちの命を預かっている自負もあるのだろうけれど。
「感染源になるウイルスか菌があれば作れないことはないが……本当に誰か感染したわけじゃないんだな?」
「誰も感染してないしウイルスも菌もないよ。でも、あの、例えば生命の花でその”ウイルスも菌もない疫病”のワクチンを作ることはできないかな、って」
「何故そんなものが要る?」
僕の説明を聞いたクルーツォは、冷ややかな目を僕ではなくノクトに向けた。
『ノクトは前文明の世界から転生して来た。あの時代に流行った疫病を打ち負かすワクチンを持って帰らければならない――』
そんな与太話にしか聞こえない説明でもクルーツォならきっとわかってくれる、と言うのは泡ほどに脆い期待だったけれども……案の定、言葉の意味としては”わかって”くれたようだけれども、納得の意味では”わかって”くれていない。
「……純真な子供に嘘を教えるな、って目はやめろ」
「よくわかっているじゃないか」
ああ。ノクトとクルーツォの間で冷戦が勃発しそうだ。
どうも最近、クルーツォが僕の保護者を買って出ているように見えるのは気のせいだろうか。
ノクトも僕のことを子供扱いするけれど彼の中身は能登大地30歳だから、と……それを言うならクルーツォだって3桁、確実に2桁後半は間違いないわけで。
何だこの外見詐欺。ってそうじゃない。
ここは!
中立な僕が仲裁しないと!
「あの、」
「お前もお前だ。人間はそう簡単に転生しない。常識的に考えればわかるだろう」
仲裁しようとしたら飛び火した。
しかも半年近く前に、転生と転移について語るヴィヴィに対して僕が放った言葉が、クルーツォから返って来た。
非常識なのは当然だ。
信じられない気持ちもわかる。
加えてクルーツォはアンドロイド。どれだけ言動が人間臭くても、それは数多の数式やプログラム――0と1から割り出された結果――でしかない。
「だけど、もしノクトがこの世界に飛ばされてきたことに意味があったら? 世界の命運をかけて飛ばされたんだとしたら?」
僕のようにあと数ヵ月待てば彼が転生話を信じるようになる。とは限らない。
むしろならない。
待つ時間もない。
「本人にそんなつもりは全くないのだろう?」
ノクトは帰る気はないと言った。
ワクチンを持って帰るのが転生理由じゃないかと言っているのは僕だけだ。でも。
「覚えてないだけ! とにかく急に来たんだから急に帰されることもあるかもしれないでしょ? その時になってワクチンを用意するのは遅いでしょ?」
「覚えていないということは、その命運は他の誰かに託されていると考えるべきじゃないのか?」
信じないのに、転生者がいること前提で話を進めてくれる優しさが身に染みる。
しかもやけに説得力がある。
「そ、それはそうなんだけど、ほら。その誰かが不慮の事故で入手できなくなったとかあるじゃない? 現に向こうの世界では疫病が流行ってるんだよ? 持って帰る数は多いに越したことはないよ!」
クルーツォは大きく溜息を吐いた。
呆れている。
感情などないはずなのに表現力が凄い! じゃなかった、突拍子もない話だってことは重々承知しているつもりだけれども。
「クルーツォ、」
何も山や海を薬でどうにかしたいと言っているわけではない。
人類が滅亡しかけた疫病とは言え、簡単に言ってしまえばウイルス性の風邪。高熱が10日以上続き、倦怠感を覚え、悪化すれば血栓ができて死に至り、回復しても後遺症が残るだけの、ただの風邪の超強力版だ。
なのにあの世界には対処する薬がない。
爆発的な感染は薬の完成よりも先に、多くの命を奪ってしまった。
けれどこの世界には生命の花がある。あの時代にはなかった花が。
症状もまるで違うあらゆる病気に効くと言われる花。
ノクトがこの世界に来た意味は、きっと薬を持ち帰ることだ。
そうすれば命が繋がる。今こうして僕たちが生きる世界を守ることにもなる。
「まぁ、確かに生命の花を使えばそれなりの効果は期待できるかもしれない。しかしだな」
生命の花の存在を教えた手前、知らぬ存ぜぬで済まされないと思ったのか、変に隠すと何をしでかすかわからないから観念したのか。
クルーツォは考え考えしながら口を開いた。
「普通の花では駄目だ。0番花なら期待はできる……が……」
「0番花?」
0番花とは、生命の木が最初に咲かせる花を指すそうだ。
花の季節になって最初に咲かせる1番花よりも希少な、その木が一生に1度しか咲かせない花。当然のことながら効能ももっとも高い。
しかしクルーツォでさえ0番花の現物は見たことがないと言う。
「0番花だけは花の時期が定まっていない」
クルーツォに限らず、生命の花の開花を待つ者は他にもいる。
群生林が近いファータ・モンドでは生命の花についての研究も此処以上に進んでいて、当然のことながら0番花もその研究対象で。
数が少ないだけに勝手に持って行かれることがないよう、日夜貼りついて見張っているのだとか。
この分では僕がフローロに伝えようとした”大発見”も既に誰かが思いついていそうだし、手を尽くした後かも知れない。
でも、疫病のワクチンはまた別の話。
全く必要のなくなったこの時代に、そのワクチンを作ろうと思う者などいない。
伝え聞く症状だけを頼りに精製した薬がどの程度効くかは 博打 でしかないけれど……でも材料さえ手に入れば……!
「それじゃあ、」
「マーレ! クルーツォ!」
その時、声が聞こえた。
ヴィヴィが僕らに向かって駆けて来る。
商店街であれだけ目立ってしまったのだ。近くにいれば気がつかないはずがないし、暇を持て余した学生の出歩き先なんて知れている。
それにしても人生15年、彼が喜々として駆け寄ってくることなんてなかった。
チャルマを失い、ヴィードが大怪我をし、あれだけいた取り巻きに避けられれば人恋しくなるのか。
それとも、
『――僕、クルーツォの調合室に行ったことがあるんだ』
クルーツォがいるからか。
僕は横目でクルーツォを窺う。
表情は変わらない。ヴィヴィに会えたことを喜んでいる風でも――。
まただ。
そんなことに安堵する自分が嫌になる。




