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6月のオラシオン  作者: なっつ
6月のオラシオン
39/55

4月・2


 図書館を出、見上げた空はやはりサンドベージュ。

 雲が流れているけれど、あの雲は映像でしかないから、実際のところは町の外でどれだけの風が吹いているのかは推測のしようもない。


 クルーツォは帰って来ただろうか。

 ヴィヴィは今日も星()みの灯台から外を見ているのか。それともクルーツォの調合室( ラボ )に行っているのか。


 でも考えてみればヴィヴィがクルーツォに会いたがっていたのはクリスマスの時の礼がしたいから、だったはずだ。

 前回の『クルーツォの調合室( ラボ )に行ったことがある』時点で礼は言えているだろうから、あとはクルーツォの無事が確認できればいいだけだし、その確認は薬局で聞けばいい。

 僕が勝手に想像して勝手に気にしているだけで、今頃ヴィヴィは全然関係のない取り巻きの誰かと遊び歩いているのだろう。きっとそうだ。

 


「……何ひとりでニヤニヤしてんだよ」

「え? そんな顔してた?」


 飛んできた指摘に声のほうを見ると、ノクトが不機嫌そうに僕を(にら)んでいる。

 何だ? 僕は彼を怒らせるようなことをしただろうか。「帰る」と言われて「はいそうですか」と放り出すこともなくちゃんと付いて来たし……ああ、もしかして。


「ごめん、聞いてなかった。もう1回言って」

「だから何ニヤニヤしてんだって……それだけしか(・・)言ってない」


 ”しか”をやたらと強調したノクトは、「もういい」と呟くと()を速めた。


 あっという間に離れた距離に、やってしまった感だけが漂う。

 やってしまった。僕が全く話を聞いていなかったことまで完全にバレた。

 しかもニヤニヤって。ノクトは僕がクルーツォのところに行くのを楽しみにするあまりそんな顔をしたと思っているに違いない。

 確かにクルーツォのことを考えていたから反論はできない。

 けれど「会えるから嬉しい♡」なんて意味はこれっぽっちも……5%……いや10%くらいなのに。



 抱えたままになっている本が重い。

 僕は(かばん)を下ろし、本を押し込む。その間にも猫背気味な後ろ姿は遠ざかっていく。

 図書館で読もうと思っていたもののノクトの気まぐれのせいで持ち帰る羽目になったその本は、フローロのリストに載っていた植物の本。

 以前、ヴィヴィが生命(いのち)の花が図鑑に載っていないと言った時に、フローロももしかしたら調べていたのかもしれないと思い当たった本だ。

 ヴィヴィが見た本と同じかどうかはわからないけれど、この本も図鑑サイズなのでかなり重い。

 持ち歩く厚さではない。


 (かばん)を持ち直し、視線を前方に向ける。

 放課後の通りは授業から開放されて浮足(うきあし)立った学生で(あふ)れ、ノクトの姿は人混みの(はる)か先に消えようとしている。


 ……こんな重い本を抱えて付き合ってあげているのだから、そんなに怒らなくたっていいのに。

 と言うか、何をそんなに怒っているのだろう。クルーツォにワクチンを頼みに行くのは、僕ひとりで行っても構わなかったのに。



              挿絵(By みてみん)



 足早にノクトを追いかけてやっと手が届く距離にまで詰めた頃。遠くに薬局が見えた。

 そしてその前に止まっている、見覚えのある車も。

 ゴツゴツした溝の大きなタイヤは最初は違和感しか覚えなかったけれども、今ならわかる。これは砂地を走るため。町の外に――生命(いのち)の花を採取しに行くためのものだ。


 クルーツォが帰って来た。


 僕は薬局に駆け寄り、窓から中の様子を(うかが)う。

 ラボの場所を知らない僕は此処(ここ)か病院にしかクルーツォとの接点がない。

 けれどいつも薬局で店番をしているアポティにレトの影を感じてから、どうにも苦手意識が働いてしまって……気軽に入ることすらできなくなってしまっている。


 (のぞ)き込むと、見慣れた赤錆(あかさび)色のマントが見えた。カウンター越しにアポティと話をしている。

 と、窓に背を向けているクルーツォの代わりに、アポティに気付かれた。


 クルーツォを指さし小さく手招く(さま)悪戯(いたずら)好きな好中(?)年にしか見えないけれど、その仕草に(だま)されてはいけない。

 アポティはレトと(つな)がっている。


 それを言うのならアンドロイドの全てがレトの支配下なのだけれども、何故(なぜ)かクルーツォにはレトの影を感じたことはない。

 感じないだけで本当のところは初期型(クルーツォ)後期量産型( アポティ )も大差ないのだろう。

 けれどその”感じ”が、僕がクルーツォを信用している理由で。

 だからアポティがどれだけ親しげに振る舞おうとも、(だま)しにかかっているようにしか見えなくて。

 『お目当ては此処(ここ)にいるよ。入って来なよ』と身振り手振りと目が雄弁すぎるほど雄弁に語ってくれているからこそ、かえって僕の足は動かなくなって。



 アポティが()に向かって奇妙なジェスチャーを繰り広げること数分。

 やっとクルーツォが気付いた。振り返り……僕を視認したと思いきや、眉間に(しわ)を寄せて口角を(ゆが)ませる。


 アンドロイドだから無表情なのだろうと思っていた当初の頃に比べると、随分と表情が変わるようになった。

 向こうも僕に心を開いてくれているから、なんてことを口走ったら最後、隣にいる幼馴染みの皮を(かぶ)った(やつ)に「アンドロイドに心があるはずないだろう」と言われるのがオチだけれども。






「薬が入用(いりよう)か? (いた)って健康そうに見えるが」


 薬局から出て来たクルーツォは開口1番そう言うと、カウンターの中にいるアポティを振り返った。


「あ、違うんだ。薬が要るわけじゃなくて」


 けれどアポティを呼ばれても困る。

 一応、買わざるを得ない状況になった時用に、虫よけスプレーか目薬あたりの安価なものの購入も想定してはいたけれど、買わずに済むなら買いたくない。


「久しぶりに会えて嬉しいんだよ。なんせ5ヵ月ぶりだからねぇ」


 ()いで現れたアポティのほうが以心伝心。

 『お腹がシクシクする』だの『よくわからないけれど調子が悪い』だのという漠然(ばくぜん)とした不調の訴えから最適な薬を処方する達人は、僕が思っていることなんてお見通しだ。


 5ヵ月前とは11月。栄養剤を取りに来た時のことを言っているのだろう。

 と、思って疑問がひとつ。


 クルーツォとはその後、クリスマスと病院でも会っている。

 けれど、その情報はアポティとは共有されていないらしい。

 人間同士ならただ単に教えていないだけの話だが、アンドロイドとなると話は別だ。彼らはレトを通じて情報を共有しているはずなのに……アポティはそのことを知らない。

 何故(なぜ)だ?




 思えば、


『いい子でいろよ、”レトの学徒”。お前はお喋りが過ぎる』


 病院の帰りに言われたあの台詞(セリフ)は意味深だった。『レトにとってのいい子でいろ。でなければ危険だ』と言う意味だったのではないか、と後で気付いた時には背筋が寒くなった。

 あの夜の会話をクルーツォはレトに伝えなかった可能性がある。

 レトに伝わらなければ他のアンドロイドも共有することはできないから、アポティが知らないのも頷ける。

 でも! 今はちょっと置いといて!!



「嬉しい? 会えて?」

「うわあああああああ!!」


 本人の前で言わないでほしい。

 ずっと隠していた恋心を片想いの相手にバラされた女子学生みたいな声を上げてしまったのは、ヴィヴィがクルーツォに興味があるようなことを言ったせいで変に意識してしまっているからだ。そうだ。そうに違いない。


「立ち話もなんだから中で喋って行ったらどうだい。今日はもう客も来ないから構わないよ」


 ニヤニヤとアンドロイドとは思えない笑みを浮かべながら、ドアを大きく開け「どうぞ」と手で(うなが)して見せるアポティに対し、クルーツォは、


「喋るだけなら外でいい。金を払わない客は客じゃない」


 と、にべもない。


 けれど僕としてもそのほうが助かる。アポティが聞き耳を立てている前で疫病用のワクチンが欲しいだの、生命(いのち)の花を融通してくれ、だのとはとても言えない。

 贅沢を言えば外と言っても店の前では通行人に聞かれそうだし、監視カメラ経由&読唇(どくしん)術を駆使(くし)すればレトが会話の内容を知ることもできるわけで……小説の読みすぎだと言われそうだけれども、言えるものなら「お人払いを」なんて言いたいくらいで……。


「ええっと、」

「……………………ちょっと来い」


 言い(よど)んでいると、突然クルーツォの腕が僕の肩(と言うよりもほぼ首)に回った。


「かわいいからって拉致(らち)っちゃいけないよ?」

「お前と一緒にするな。ちょっとそのあたりを散歩してくるだけだ。あと3,180秒で蒸留が終わるからすぐ戻る」


 探るように目を細めるアポティにそう言い残し、クルーツォは僕(の首)を捕まえたまま歩いていく。そのままでは首が絞まるので、僕も拉致(らち)られた体勢のまま後に続く。


 行き先は不明だが商店街とは反対方向。多分、僕の言いたかったことを察して人の少ないところに移動してくれるつもりなのだろう。

 3,180秒が何分なのかは咄嗟(とっさ)に計算できない。

 もの凄く長い時間のようだけれども、きっとそんなに長くはない。



「おい!」

「心配ならきみも付いて来るといい。と言うか来い。勝手に犯罪者に仕立てられても困る」


 声を荒げて呼び止めようとするノクトを一瞥(いちべつ)し、クルーツォは肩越しに言い放つ。


「ちゃんとアーカイブは取っておけよクルーツォ。今度忘れたら修理工場行きだ」


 立ち去る僕たちにアポティの声が追いかけて来た。

 ”アーカイブを取り忘れた”とは病院から送ってくれた時の会話のことだろう。

 僕がいろいろと質問攻めにしたあの日の会話をクルーツォはわざと残さなかったと……残さなかったけれど、残さなかったことは(・・・・・・・・・)知られている(・・・・・・)

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