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6月のオラシオン  作者: なっつ
6月のオラシオン
37/55

3月・4


 坂道の途中で僕は足を止めた。

 ヴィヴィが追いかけて来る様子はない。マルヴォの一件を思えば、あんな人気(ひとけ)のないところにひとり残して来て良いものかと心配にもなるけれど、元々(もともと)この町で事件が起きるほうが(まれ)だし、話している間も誰かが来た様子はなかった。

 ヴィヴィが毎日星()みの灯台に行くことを知っているのなら先回りして身を(ひそ)めていることもあり得るけれど、それならなおのこと今日は避ける。そこまで読む相手なら、まだ近くにいるかもしれない僕に見つかりかねない()(おか)すはずがない。

 そう自分勝手に納得させて僕はポケットから紙片を取り出し、セルエタのライトを起動させる。


 紙片にはやや右肩上がりの文字が並んでいる。フローロの筆跡に似ている。



『親愛なる後輩のきみへ。

 まだきみが何処(どこ)に行くかも決まっていないのなら、其処(そこ)から逃げてほしい。

 けれどもしファータ・モンド行きが決まってしまっているのなら、()の地で僕を探して。

 僕たちはきみが生き残れるよう、最善を尽くす』



 しっかり向き合って読み込んでみても、拾った時にチラリと見えた内容と同じ。

 だが逃げろとはどう言うことだ?


『――将来の道を決めかねているのなら、僕を追って来てくれる?』


 旅立ちの日、フローロはそう言った。「逃げろ」どころか「ファータ・モンドに来い」というニュアンスだった。

 矛盾している。

 こんな意味深な手紙を書いておいて、その内容を忘れるだろうか。全く逆の内容を言い残して行くだろうか。


「……こんな、イグニの戯言(ざれごと)そのものじゃないか」


 これは本当にフローロが書いたのか?

 後輩を揶揄(からか)うにしては悪意がありすぎる。このせいで僕はチャルマを怒鳴りつけてしまったし、ヴィヴィとも気まずい空気になってしまった。



『危険が(せま)っていることを知っていて何も対策しないのは本物の馬鹿だよ』


 ヴィヴィはそう言った。

 そうだろう。でもやはり僕にはイグニの言葉もこの手紙も(うそ)にしか見えない。

 僕自身、フローロたちに害をなす敵というのはレトのことではないか、と疑ったこともあったけれど……やはりフローロから真実を聞くのが1番手っ取り早そうだ。


 ひとつ思い出したことがある。

 イグニのセルエタだ。フローロ(いわ)く「ファータ・モンドでことを起こすために必要な共犯」のイグニはきっとフローロの近くにいる。ならば、イグニのセルエタで持ち主を探し出せば、其処(そこ)からフローロまでは一直線。

 そして鍵となるセルエタはチャルマ経由で今はノクトが預かっている。



              挿絵(By みてみん)



 の、はずだったのだが。


「何してるの!?」


 イグニのセルエタはノクトの手によってバラバラに分解されていた。


「ああ、おかえり」

「おかえりじゃなくて!」


 僕が手を伸ばすより先に、ノクトの手がセルエタを押さえる。


「触るな。部品が細かいんだよ。なくなったら直せなくなるだろ」

「直せるの!? 直すあてはあるの!?」

「そのつもり……ではいるが」


 僕は頭を抱えた。

 つもり、と言うのが危ない。語尾が微妙なのも危ない。目覚まし時計をバラバラに分解して「もとに戻せるはずだったのに」と言うのと同じじゃないのかそれは!?

 能登大地はゲームを作るスキルがあるそうだが、だから安心なんて言えない。ゲームを作るのに必要な知識はプログラミングとかそういうあたりで、現物の機械をバラして組み直すスキルは必要ない。多分ない。


「何でバラしちゃったのさ!」

「仕組みが知りたくて」

「だけど」

「だって自分のをバラすわけにはいかないだろう」

「バラせばいいだろ! それでレトにこっぴどく怒られちゃえばいいんだ!!」


 ノクトはイグニのセルエタの重要度がわかっていない。

 確かに卒業生はもうセルエタを使わないし、分解して直せなくなったところで問題にはならない。後は廃棄するだけの消耗品の末路にまでレトが口を出すこともない。

 けれど! これは”イグニの”セルエタなのに!



 僕が海について勉強しているのはファータ・モンドでフローロに再会するためだが、実際のところ、提示された本を読んで知識を溜め込むだけで目的が達成できる確証はない。もし似たような分野が(いく)つもあったら、僕は勘だけを頼りにあてずっぽうで道を選ぶしかなくなる。

 けれどイグニのセルエタなら、”フローロの協力者である”イグニを見つけ出すことができる。

 彼のことだから(すで)にフローロと別れている可能性だって無きにしも(あら)ずだが、それにしたって居場所は知っている。フローロへの道が途切れるわけではない。

 なのに!


「ちゃんと直すから心配するな。案外簡単な作りだからどうにかなる」


 余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)と言わんばかりの顔でノクトは笑っているけれど。


「ホントに!?」


 全く信用できない。

 その顔は数年前、調子が悪かった電気スタンドを分解して、案の定組み直せなくなった時と同じじゃないか!


 しかし、だったらお前が直せと押し付けられても困る。

 年齢と能登大地のスキルで少しは技術面も成長していると思いたいけれど……ああ! バラしたせいで初期化したりしていませんように!


「信用しろって」


 ノクトは苦笑すると僕の頭に手を伸ばした。


「ちょ、」


 わしゃわしゃと無造作に掻き回される。多分頭を撫でている、もしくは(なだ)めているつもりなんだろうけれど、激しすぎて嫌がらせにしか感じない。

 そんなにしたら髪の毛が痛む! 絡まる!

 と言うか諸悪の根源に(なだ)められたくない!


「ちょ、やめ」

「俺もなぁ、此処(ここ)にいるって決めたからにはやることやらないとなって思ったんだ」

「やることがこれ!?」

「いや、バラしたのは単なる興味だけど」

「ほらあ!」


 ノクトの「やること」が何かは知らない。

 ゲーム関連の道に進もうとしているのではないかとは思っているけれど、本人の口からはっきりと聞いたわけでもない。

 まぁ、その「やること」を放り出してセルエタを分解している時点で、大したことではないだろうけれど……って、そうではなくて!

 僕はノクトの手を振り切って飛び退(すさ)ると、指で部屋を真ん中から区切る。


「いい!? この線からこっちは僕の陣地だから入って来ないで! 僕もそっちにはいかない!」

「……今の今までこっちにいたのはお前じゃねぇか」

「気のせい!」


 そうだ。此処(ここ)に帰って来るといつもノクトのペースに乗せられてしまうけれど、最近の僕たちは距離が近すぎる。

 そもそもノクトがやたらと手を出してくるからいけないのだ。

 僕はクルーツォ同様、ノクトのことも何とも思っちゃいない。触れることがなければあんな変な雰囲気にはならない。


「陣地って、小学生かよ」


 小学生の意味はわからなかったけれど、特に説明するでもなくノクトは椅子に座り直した。

 セルエタを分解するのは止めたらしい。とは言え、今は僕が(うるさ)いから止めただけで、後で再開するであろうことは目に見えている。



「そっ、そんなことより、”やること”って!?」


 セルエタの分解はただの興味だと言ったけれど、今までのレトへの反発を考えればどうにもよからぬことをしでかしそうで怖い。

 なんせ中身は転生者・能登大地だ。転生者と言えば彼の大好きな厨二(ちゅうに)ファンタジーでは勇者の代名詞だし、きっと同じことを期待するはずだ。



 思えばノクトは最近、考え込んでいることや単独行動することが増えた。

 チャルマが消えたせいだと思っていたけれど、もしかしたら違うかもしれない。チャルマを奪った(にっく)き人工知能の抹殺を……それこそが俺のやることだった! なんてことを思い出したのだとしたら、それは全力で阻止しなければ。


「”や・る・こ・と”ってぇ?」

「あー……えっとな。ちょっと思い出したことがあって」

「過去のこと?」

「そう。それで確かめたいことがあって。もしかしたら俺が此処(ここ)に来た理由もそれじゃないか、って」


 以前から思っていたけれど、何故(なぜ)ノクトはいつもはっきりと言わないのだろう。

 転生なのか、転移なのか、此処(ここ)に来た理由は何か。前ふたつは飛ばされたショックで忘れてしまったかもしれないけれど、最後のひとつは「思い出した」と言うくらいなのだから説明できるだろうに。

 しかしノクトは言わない。

 だから推測するしかない。


 能登大地が此処(ここ)に来た理由。

 それは。


 人工知能を倒す! ではなくて。


「……例えば……疫病のワクチンを手に入れて帰る、とか?」


 そうだ。この世界は能登大地の世界の数百年後。

 あの世界で滅亡するしか選択肢のなかった人類が、”あの世界の人々が知り得なかった方法を手に入れて”生き残っている世界。

 さすがに光合成できる体になれというのは無理が過ぎるけれど、今はそれ以外にあの疫病に対抗できる手段がある。どんな病気にも効果があるあの薬草が。


「そうだよ! 生命(いのち)の花があれば、能登大地の世界の人は死ななくて済むかもしれないんだ!」


 ヴィヴィは生命(いのち)の花を使えば海を再生できるかもしれないと言っていた。物量的にも実現可能とは思えなくて一蹴(いっしゅう)したけれど、海でも山でもなくて人なら俄然(がぜん)現実味を()びて来る。


 ノクトがあの花を持って帰れば、前文明を滅ぼしかけた疫病に打ち勝てる。

 ()の時代に残してきてしまった妹を――全員死んでしまうしかなかった、光合成ができない旧人類の人々を――助けることもできる。




 僕の説明をひととおり聞いた後、ノクトは(あご)に手をかけたまま考え込んでいた。

 が、


「……無理だろう。あの世界に花を持って戻る(すべ)がない」


 と呟いた。


 転生なら向こうの肉体は(すで)に死んでいることが多いから、タイムマシンを作ってノクトの体で戻らないことには無理。

 転移なら、彼をこの世界に召喚した力を探し出せれば戻ることは可能だと思われる。けれどそもそも誰が召喚したのかわかっていない。

 それはわかっているけれど。


「ねぇ、こう考えない? どうしていきなり突然変異が起きたか、そのあたりは解明されてないんだ。もしかしたら誰かがワクチンをあの世界に持って行ったから人類は滅びずに済んで……光合成はワクチンの副作用だったのかもしれない。だっていくら突然変異だって言っても、いきなり光合成できるようにはならないでしょ? 細胞レベルとやらで」


 ギリギリで人類が生き延びたことに生命(いのち)の花が関わっているとしたら。それを持ち帰る役がノクトだったとしたら。

 だとしたら、ノクトが動かなければ過去が変わってしまう。突然変異どころか死滅する。

 戻る方法は同時進行で考えていけばいい。


「そうだよ。本当に人類が滅んじゃったら、この世界もなくなるんだノクト」


 ノクトは目を丸くした。 

 そうだろう。今まで自分が何故(なぜ)この世界に来たのかすらわからずにいたのに、いきなり世界の命運を託されていると聞かされたら。


「いや、でも」

「もう少ししたらクルーツォも戻ってくるし、そうしたら理由(わけ)を話して調合して貰おう。少しくらいなら花も融通してもらえるよ。年々増えてるって言ってたし」



 不思議な話だ。

 僕は転生も転移も信じたくなかったのに、何時(いつ)の間にかこの目の前の彼を能登大地と認識している。ノクトではなく、能登大地という”個”だと。


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