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6月のオラシオン  作者: なっつ
6月のオラシオン
35/55

3月・2


 僕はヴィヴィに引っ張られるようにして外に連れ出された。

 学校の外に出て、フォリロス広場を横目に坂道を上る。


 この先にあるのは星詠(ほしよ)みの灯台とチャルマが倒れた遺跡。

 さすがにノクトを探した時とは違って時間に余裕があるから駆け上がりはしないけれど、図書館(ごも)りの弊害(へいがい)か、歩くだけでも息が切れる。 



 それでも何とか終点に辿(たど)り着き。


「ほら見て」


 息を切らして座り込んだ僕を尻目に、ヴィヴィは柵の向こうを指さした。

 町並みを越え、塀を越え。指さす先は砂嵐が舞う町の外。

 空と同じサンドベージュに塗り潰されているのは砂が舞い上がっているからだろうか。

 ファータ・モンドの塔も見えない。


「砂しかない」

「砂しかないけど、その向こう。たまーに風が止むからそれまで見てて」

「……そんな無茶な」


 頑張って目を凝らしたところで何もない。

 町は透明な屋根で(おお)われているからあの砂が此処(ここ)まで飛んでくることなどないのに、見ていると目がシバシバと痛くなって来る。


 あれだ。砂の写真みたいな模様を焦点を合わせないようにして見ていると、中から文字だの絵だのが浮かび上がってくるアレ。

 正確にはステレオグラムと言うらしい、視力回復に効果があるなんて(うた)われていたアレに似ている。


 そう思いながら見ること十数分。

 やはり見えない。絵や文字が浮かび上がってきたりもしない。

 

 図書館にいたのなら今頃は本の1冊は読み終えている。そう思うと此処(ここ)に来るまでと、こうして無駄な努力を続けている時間がもったいない。

 しかし「何も見えない」と言ったところで「見えるまで見て」と返ってくるのはわかりきっているから……僕は小さく溜息を()き、再度、サンドベージュの世界に目を凝らした。


「あれ?」


 サンドベージュの中に一瞬、違う色が見えた。

 同じところばかり見過ぎたから残像でも焼き付いてしまったのだろうか。

 もっとはっきりした色合いなら「見えた」と言えるのに、あれでは見えたのか錯覚なのかもわからない。下手に口走って「何が見えたの」と問われたら終わりだ。

 だが。


「見えたでしょ? 生命(いのち)の花!」

 

 助かった。先に回答が飛んで来た。

 


 生命(いのち)の花。

 以前、クルーツォの車に乗せてもらった時に見せられた花だ。

 そう言えば、


『来月になったらファータ・モンドのほうを気を付けて見てみるといい。花霞で色が変わっている場所がある』


 と言っていたっけ。


「あれが……」


 あると信じてもう1度見れば、今度は確かにピンクがかったものが見える。

 砂嵐が止んでくれれば、もっとはっきり見えるのだろう。



 あの花が咲いていると言うことは、クルーツォはきっとあの花を採取しに行っている。

 このところずっと会うことができなかったのはそのせいだ。

 彼は全ての薬があの花から作られると言っていた。

 花の時期なんて余程のことがない限り1年に1回だし、その限られた期間に1年分の材料を()き集めなければいけないのだとしたら、戻ってくる時間も惜しいに決まっている。

 それに生身の人間には過酷すぎる灼熱(しゃくねつ)地獄だけれども、アンドロイドなら――それも初期型なら――全て採取し終わるまで()の地に居続けることも可能なのかもしれない。


「あそこに……いるのかな」

「だろうね」


 誰がとは言わなかったけれど、誰のことを指しているかはヴィヴィにも伝わったようだ。

 僕はもう1度、砂嵐の先に目を向ける。

 彼処(あそこ)にクルーツォがいる。


「大丈夫かな」


 心配そうにヴィヴィは呟く。

 花の採取自体は(量が量だけに手間と時間はかかるだろうけれど)それほど難易度の高い仕事ではないだろう。

 問題は砂嵐だ。

 いくら高性能な機械でも劣悪な環境で動かし続ければ故障しないとは言えないし、クルーツォは年式も古い。

 他に採取仲間でもいるのなら調子が悪くなったところでどうにか連れ帰ってもらえるけれど、もしひとりで採取に行っていたとしたら。


 動けなくなっても誰もそれを知らなくて。

 作られるはずの薬が何時(いつ)まで()っても納品されないあたりまできてやっと事故に気がついてもらえて。

 けれどその頃にはもう機械の奥にまで砂が入り込んで再起不能に――。


「……大丈夫だよ。クルーツォなら」


 勝手に(いく)らでも湧いて来る最悪な想像を振り払って、僕は逆の言葉を口にする。

 昔の人は言霊(ことだま)と呼んで言葉に力があると信じていた。

 口に出すのなら前向きに。

 悪い想像を口にして、(クルーツォ)の身に厄災が降りかからないように。


 (クルーツォ)は僕らが生まれるよりずっと前から花を採取していたはずだ。

 ()の地の危険も熟知しているし、”慣れた頃が1番危ない”という時期もとうに過ぎている。

 それに強い。思えば薬師(くすし)のくせにあれだけ戦えたのは、身体能力と状況把握力がとんでもなく高いからに違いない。

 だからきっと砂嵐の中に居続けても耐えられる。それだけの力がある。



「でもよく気がついたね」


 僕は同じように外の世界に目を向け続けているヴィヴィの横顔を(うかが)う。

 クルーツォが生命(いのち)の花の話をしている間ヴィヴィは一言も発しなかったけれど、だからといって聞いていなかったわけではなかった。

 僕以上にそのことを覚えていて、僕が図書館に(こも)っている間もずっとこうして外を見ていたに違いない。


「うん。あの人とは薬局で会えるかもしれないって言ってたでしょ? だから行ったんだ。そうしたら花の採取に行ってるって聞いて」

「クルーツォに?」


 予想していなかった返答に、チクリと痛みが胸を刺す。

 クルーツォにとっての僕は大勢の学生の中のひとりでしかない。

 守らなければならない事態になれば、僕でもヴィヴィでも他の誰かでも、クルーツォは同じように身を(てい)して守るだろう。

 その程度の関係。なのにどうしてか、僕の知らないところでクルーツォとヴィヴィが会っていたと思うとモヤモヤする。

 僕は何度行っても会えなかったのに、と。


「薬局の人。それから毎日此処(ここ)に来て」


 返事をしながらもヴィヴィの目はずっと外の世界から離れない。


 胸の痛みがキリキリと尖ったものに変わっていく。

 アポティも僕には『来ていない』としか言わなかったのに。何故(なぜ)


 違う。

 ヴィヴィは単にクルーツォの身を案じているだけだ。

 ヴィード、チャルマと立て続けに失ったから心配が過剰になっているだけだ。


 そう思いたいのに、クルーツォに会うために薬局に日参しただの、ヴィヴィだけはクルーツォの行方を教えてもらっただのと聞くと、どす暗い感情が濃霧のように心の中に()まっていく。


 どうしてだろう。

 今までヴィヴィが相手を頻繁(ひんぱん)に変えても何も思わなかったのに。

 なのに何故(なぜ)クルーツォの時はそんなことを思ってしまうのだろう。


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