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6月のオラシオン  作者: なっつ
6月のオラシオン
34/55

3月・1(☆)


 町を(おお)っていた寒さはこの数週間ですっかり(ぬる)み、暦の上ばかりではなく春を感じるようになってきた。

 骸骨のようだった街路樹や、図書館の壁にへばりついていた(つた)には艶々(つやつや)とした小さな葉がいくつも現れ、町の至るところで見かける花壇には季節を先取りした花が、少しだけ寒そうに揺れている。



 ヴィードの時とは違い、チャルマの転院はまるで話題にならなかった。

 あえて触れ回らなかったせいもあるけれど、もともと入院が長かったから皆の記憶の中からはとうに忘れられていたのかもしれない。

 ひとの記憶なんてそんなものだ。10年もの間家族同然に暮らして来た仲間なのに、数ヵ月の不在で存在そのものを消されてしまう。

 現に僕だって彼を忘れて1日が過ぎたことなんて何度もあった。


 僕もヴィヴィも、きっと何時(いつ)か、チャルマのことを忘れる日が来る。

 ノクトのことも、何時(いつ)か。



 そのヴィヴィにはあれから会っていない。

 僕がずっと図書館に(こも)っているせいもあるけれど、連日何処(どこ)かへ出かけている。

 病院に行く理由もなくなった今、何処(どこ)に行っているのか。

 クリスマスの事件が僕たちの記憶から薄れて来た昨今、距離を置いていた取り巻き連中から以前のように誘われているのかもしれない。

 ヴィヴィ自身もチャルマやヴィードを失った痛みを忘れたいのかもしれない。

 あの日ずっと病院のベンチで項垂(うなだ)れていた彼を知っている身としては、責めることなどできない。

 

 そしてノクトも。

 以前のように行き先も告げずにいなくなることはなくなったけれど、その代わり、部屋に(こも)って黙々とタブレット端末を(いじ)っている。

 『この世界を知る』のはもういいのか。

 それを理由にして見舞いをサボっていた間にチャルマを失ったから、罪悪感に(さいな)まれて出歩けなくなってしまったのか。

 それともこの世界で生きていくための第2段階に入ったのか。

 自称『(こも)ってゲームを作っていた30歳』なのだから、とにかくそういうものを作る技術はあるわけだし、僕が研究職に進むつもりで図書館通いするのと同様、ゲーム業界への就職を見据えて対策を講じているのかもしれない。

 僕としても”人工知能と戦うSF”を熱心に読まれるよりは心穏やかでいられる。

 願わくば……そのゲームがレトの神経を逆撫でするものでなければいいのだが。




 フローロも、そしてイグニももう性徴(せいちょう)は現れているだろう。

 僕がファータ・モンドに行く頃には、もうふたりとも面影(おもかげ)なんて欠片(かけら)もないに違いない。


 フローロのセルエタはイグニが持っていってしまったから、僕はフローロと再会する手段を”海”以外に持たない。

 貸し出しコードのおかげで彼が得たであろう知識はかなり吸収しているけれど、それだけで足りるだろうか。彼に再会できるだろうか。

 全くの無知状態で行くよりは正解を――フローロが所属しているであろう研究室を――引き当てる率は上がるはずだけれども、どれだけ知識を詰め込んでも足りたと思うことはない。


 でもフローロに再会できればイグニの言葉の真偽を確認できる。

 いやそれ以前に彼が元気でいてくれれば、それだけで真偽はわかったようなもの。

 (あざ)の意味も、チャルマが転院した先も、そしてフローロを狙っていると言う”誰か”のことも、ファータ・モンドに行けば全て解決する。



              挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


「今日も熱心ね。フローロ」


 図書館に着くと、珍しくクレアに声をかけられた。

 (いま)だに僕のことをフローロだと思い込んでいる。と言うか、最初があまりにも(うそ)臭い演技にしか見えなかったから、わざと(・・・)間違えているのではないかと(いま)だに思う。


 (しばら)く観察してみたことがあるが、彼女が他の学生をフローロと呼ぶことはなかった。

 名前を呼ぶほど親しくない間柄だからか、名前を呼ぶほどの会話が成り立っていないだけか。


 もし僕が”レトの学徒”にならなければ一般学生のグレーのベストのままだから、彼女もフローロと間違えていることに気がついたかもしれない。

 けれどフローロの後を追うように学徒になってしまった。

 本当に顔で見分けられないのだとしたら、僕がフローロではないと覚え直させるのは難しい。



 フローロの『何かあったらクレアを訪ねて』とは貸し出しコードを使わせることで良かったのだろうか、とは今でも思う。

 わざわざコードを使わずともリストを残してくれれば済むこと。あの回りくどい演出には他に目的があったのではないか? と。


 クレアを尋ねた数ヵ月前、彼女は有無を言わさず僕のセルエタにフローロのコードを入れた。

 図書館にも監視カメラがある。クレアが”卒業生の貸し出しコードを別の学生に教えた”ことはレトに筒抜けになっているだろう。


 その行為はクレアがフローロの指示に従ったためか。

 もしフローロの目的がレトに反旗を(ひるがえ)すことだったのなら、クレアはそれを知っていたのか。

 知らずに優秀な卒業生の頼みだから聞いただけか。


 レトに敵対していると思われては今度はクレア自身が危険だから、わざとフローロと間違えているふりをしてコードを渡して来たとも考えられる。

 けれど、本当に故障したと見なされれば下手をすれば廃棄処分。

 自らの破滅につながる危険を(おか)してまでフローロに従う真意が読めない。


 それにクレアはアンドロイド。レトの傀儡(かいらい)だ。

 傀儡(かいらい)がレトに反することをするだろうか。

 この一連は、フローロがレトを出し抜き、クレアを味方につけて動いているように”レトが見せかけている”のではないか?

 ノクトの件と同様、フローロが何かをしようとしていることはわかっているけれども詳細が(つか)めない。だから僕を泳がせることで探ろうとしているのではないか?

 もしくは、アンドロイドは(うそ)がつけないから、フローロからの依頼とレトの指示との板挟みになってあんな微妙な演技になった――クレアはレトに隠しおおせているつもり――とは考えられないだろうか?


 クレアは何処(どこ)まで信用できるのか。

 考えたところで中途半端に本題に関わっていない僕には判断がつかない。

 だから今はまだ、そんな裏事情には気付いていないふりをするしかない。


 何かあった時に”事情はわかっていた”と”何も知らなかった”の差は大きい。

 憧れの先輩の後を追って海を再生させる道に進むべく勉強をしている。僕の中にあるのはそれだけで、フローロが動いている別の何かは知らない。表向きはそのスタンスに徹する。

 所謂(いわゆる)、逃げ道の確保だ。


 それに実際、フローロがレトに反旗を(ひるがえ)そうとしていることすら推測の域を出ない。

 元はと言えばチャルマというフィルターを通して伝わったイグニの戯言(ざれごと)をそう解釈しているだけのこと。違うに越したことはない。



「もうほとんど読んでしまったのではなくて?」

「ううん、まだだよ。読んだだけで頭に入っていないものも多いし」


 フローロが海関連のどの分野に進んだのかもわからない僕にとっては、この膨大な本の海の中から(フローロ)が読んだとされる本がわかるのは時短の面でも有難(ありがた)い。

 海洋学と言っても多岐にわたる。

 今までの僕は、道を進みたいと思いながらも分岐を示す看板が読めない状態だった。

 でも看板の読み方はフローロが教えてくれた。

 それだけでいい。人工知能と戦うSFなんて世界線は、僕はいらない。




 すっかり僕の席と化した日当たりのいい窓際の一席に腰を下ろし、僕は本を開く。

 と、間に挟まっていたらしい紙切れがハラリ、と床に落ちた。


 何だろう。フローロが挟んだまま忘れたメモ書きだろうか。

 僕は何気なく拾い上げ……慌ててポケットにねじ込んだ。


 何だこれは。 

 文字はフローロの筆跡に似ていた。

 でも。



『――いい子でいろよ、”レトの学徒”』


 病院からの帰り、クルーツォが言い残した意味深な言葉が耳の奥で(よみがえ)る。


 わざわざ”レトの学徒”と称したのは”レトに対しての「いい子」でいろ”と言う意味だとしたら。

 フランやアポティの時のように、クルーツォに直接レトが入り込んでいる印象はなかったものの、あの日の会話はレトに筒抜けになっている。

 はぐらかしたような答えしか返って来なかったのも、レトが「此処(ここ)までは喋ってもいい」という指示に(もと)づいてのことだとあの時は思っていたけれど、本当はわざと(・・・)喋らなかったのではないか?


 ファータ・モンドのことも、チャルマの病気のことも、もし”レトが隠しておきたい情報”だったとしたら、それを知った僕は当然レトの監視下に置かれることになる。

 場合によっては口封じされるかもしれない。

 だから。

 僕を守るためにあえて言わなかったのだとしたら。


 僕はクルーツォから受け取った中途半端な情報にあれこれ肉付けして、彼が言いたかったことを、言えなかったことを、僕ひとりで見つけ出さなければならない。

 表向きはレトの忠実な子供(ピーポ)のふりをして。

 

 僕が”クルーツォは僕を守って微妙な言い回しを選んでいる”と思うのも、全てレトの(てのひら)の上でのことかもしれない。

 クルーツォはアンドロイド。レトの管理下で、レトの手足となって動く機械だ。

 親身になっている顔をして、レトの思うほうに僕の思考を誘導しているだけかもしれない。


 けれど、それでも。

 あの最後の言葉は、クルーツォ自身が発した僕への警告ではないかと、そう思えて仕方がない。



 あれからクルーツォには会えない。

 薬局の前も何度か、それこそ用もなく通ったけれど。

 アポティにそれとなく聞いても「来ていない」としか言わない。


 僕への警告がレトに知られて、故障を疑われていなければいいのだが。

 初期型と言うことはかなり古いわけだし、量産型に比べて修理やメンテナンスもコストがかかる。

 いくら量産型にはできない仕事をしていると言っても『修理するより新調したほうが安上がりだ。古くて故障の多い機械など処分してしまおう』なんて結論に至らないとは限らない。






「――ちょっと付き合わない?」


 ふいにそんな声がして、本に影が落ちた。

 顔を上げると、何時(いつ)の間に来たのか、ヴィヴィが立っている。


「見せたいものがあるんだ」

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