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6月のオラシオン  作者: なっつ
6月のオラシオン
33/55

2月・4


「それより何故(なぜ)あんなところにいたんだ?」


 外にある何かの話を切り上げるように、クルーツォは話を変えた。

 結果としてノクトの手がかりは何も(つか)めなかったが、こうも全くノクトの足取りが(つか)めないとなるとやはり”今のノクトとは別に本物のノクトが何処(どこ)かにいる(能登大地転移説)”ではなく、”今のノクトが元々のノクトだった(能登大地転生説)”が正解なのだろう。

 僕がひとりで本物のノクトが――この10年間の記憶を持った幼馴染みのノクトが――別にいると思いたかっただけだ。

 

 僕らが彼に「ノクトとして振る舞え」と言ったのは、結果として間違いではなかった。

 もう彼の中には幼い頃の記憶などない。どうせあと半年もすれば顔を合わせることもなくなる。別れが半年早くなっただけだと思っておけばいい。



「門限はとうに過ぎているだろう」

「友達の見舞いに行ったんだ。でも、いなかった」

何故(なぜ)

「ファータ・モンドの病院に転院したんだって。昨日までそんなこと言ってなかったのに」


 そしてチャルマも。

 退院したところで数ヵ月後にはどうせ別れてしまうのだから、下手に死を確定付けられなかっただけ良かったのかもしれない。そのほうが20年くらいして思い返した時に、何処(どこ)かで生きていると思うことができる。



「……ファータ・モンドか」


 クルーツォはふいに言葉を切り、考え込むような仕草を見せた。

 しかしそれ以降、続く言葉は出て来ない。




 座席の後ろでは瓶がカチャカチャと大合唱している。

 薬を(おろ)す代わりに空瓶を回収し、この瓶にまた新しい薬を詰めて運ぶのだと、乗り込んだ時に聞いた。先日の栄養剤のようにカプセル状にすればもっと運びやすいと思うのだけれども、これらも追々(おいおい)カプセル化していくのだろう。


 そう言えばあのカプセルはクルーツォが作ったのではないと言っていた。

 アポティが『届いたら持って来るように頼んだ』と言っていたし、もしかしたらファータ・モンドから送られて来たのかもしれない。きっと向こうは此処(ここ)よりも技術が進んでいるのだろう。

 引き出しにしまい込んだまま今の今まで忘れていたけれど……鮮度は大丈夫だろうか。

 瓶なら目立つから飲み忘れることなどなかったのに。



「ヴィヴィ、(うるさ)い?」


 後部座席に乗っているヴィヴィはずっと黙り込んでいる。

 眠っているわけではないけれど、クルーツォとの会話にも入って来ない。”生命(いのち)の花”にしてもノクトの行方にしても、いつものヴィヴィなら絶対に食い付いて来るのに。

 チャルマのことが頭の中を占めていて、僕の声など耳に入って来ないのかもしれない。


 沈黙が流れる。

 待っていてもクルーツォは一向(いっこう)に喋らない。それどころか、つい今しがた会話していたことすら忘れてしまったたような顔で前を見ている。

 その横顔に、いつかのフランが重なった。

 途中からレトと入れ替わった彼女は、僕が立ち去る時には何も覚えていない顔で『いってらっしゃい』と言っ……。


 ……そうだ。クルーツォはアンドロイドだ。


 ふと(ひらめ)いたその言葉に、僕の背を冷や汗が流れた。

 彼がアンドロイドなのは知っていた。だからこの容姿で車を運転してもおかしくない、と自分で納得すらしていた。

 アンドロイドの中でも初期型と呼ばれていて、アポティより古いのだと、それは本人の口から聞いた。


 なのにすっかり忘れていた。

 フランやアポティと同じようにクルーツォの背後にはレトがいる。

 でも僕はノクトのことを聞いてしまった。

 フランが聞いたこと、アポティとクルーツォが聞いたことはそれぞれ断片だけれども、(つな)げれば何があったかわかりそうなもの。

 黙り込んでいるのはどう対処するか、レトの試算待ちなのかもしれない。




 窓の外を流れる景色に建物が混じり始める。市街地に入ったのだろう。

 しかし見知った市街地とはまるで違う。灯りがないせいだ。


 寮の門限が過ぎれば客足が途絶えるから閉店する店が多いのはわかるけれど、街灯まで消してしまうとは。

 光が全く射さない街はまるで廃墟のよう。

 年明けにノクトと歩いた早朝の街も人類滅亡後の世界のようだったけれど、あの時は空の色がもっと明るかった。これから陽が射す予兆があった。

 でも今は本当に暗くて、もう明るくなることなどないようで。


 その中を僕たちを乗せた車だけが走る。

 あと十分程度で寮に到着してしまう。



「あ、(あざ)ができる病気って知ってる?」


 問いかけながら僕はクルーツォを(うかが)う。

 あと十数分。

 その間に。


「……質問が多いな」


 脱走者やファータ・モンドの話題ではなくなったからだろうか。

 今度は普通に返事が返ってきた。


「うん。あのね、額に花みたいな(あざ)ができるんだ。首にできることもあるけど、そっちは形まではわからない」


 時間がないから、考えるのは後にする。


 何処(どこ)からか送られて来た処方箋(しょほうせん)どおりに薬を調合するだけの仕事を薬師(くすし)とは言わない。医者と同様、病気には(くわ)しいはずだ。

 同じように(あざ)があったフローロが何もなく卒業したことからしてチャルマの(あざ)が病気のせいだとは思えないのだけれど、今回の急な転院は(あざ)が現れてからのこと。

 もしかしたら、と言うこともある。


 何より、病院が僕らの問いに答えるどころか追い出しにかかったことが気になる。

 何故(なぜ)隠す?

 チャルマは本当に病気だったのか?

 病院のシステムはレトが握っている。言い換えれば、チャルマを転院させると決めたのはレトだ。


「病気じゃなくても、例えば性徴(せいちょう)が現れるきっかけとか」

「それはないな」


 あっさり答えてくれる問いもあれば、全く答えてくれない問いもある。

 もしかしたら今も、僕はクルーツォの口を借りたレトと喋っているのかもしれない。

 質問させるに任せて、わずかな(えさ)()いて。僕が何を隠しているのかを確実に引き出そうとしているのかもしれない。


「だが、その友達は原因もわからないまま長期入院していたんだろう? (あざ)の有る無しに関係なく、数時間前まで元気だった患者が容態急変することは別に珍しいことでも何でもない」


 クルーツォの返事は医学に関わっていなくても返せそうな一般的なもの。

 これもレトが介入しているからだろうか。僕に詳細を告げないようにしているのだろうか。


「それにファータ・モンドは医療も此処(ここ)より進んでいると聞いている。此処(ここ)で対処できない症例の場合は搬送することも考えられなくはない」

「だけど、だったらそう言えばいいじゃない。なのに病院は教える義務はないって」

「指示されていないことは知っていても教えられない。守秘義務という(やつ)を知っているか?」


 話しているのは病院の対応についてなのに、何処(どこ)か、クルーツォ自身も全てを教えることはできない、と言っているように聞こえる。

 今こうして喋っていることは守秘義務の範囲外――クルーツォの考えではなく”レトから話してもいいと指示されている”からだ、と。



 チャルマは何処(どこ)へ行ってしまったのだろう。

 どうして何も教えてくれないのだろう。

 あの(あざ)は転院と関係あるのか。

 イグニが残した言葉は真実なのか。

 フローロは今でも本当に元気でいるのか。

 何もわからない。推測するためのヒントすらない。

 卒業してファータ・モンドに行くまでレトの影を気にして、手をこまねいて、虫篭(むしかご)の中でただヒラヒラと舞うだけの蝶でいるなんて僕にはできそうにない。


「知りたいんだクルーツォ。僕はこのままじゃ、」

「着いたぞ」


 なのに。


 寮に着いてしまった。時間切れだ。

 有益な情報は何も引き出せていないけれど、だからといってずっと居座るわけにもいかない。

 自動で開いたドアは『さっさと降りろ』と言っているようだ。


「……………………ありがと」


 ヴィヴィに続いて僕も車から降りる。

 その時だった。


「……いい子でいろよ、”レトの学徒”。お前はお喋りが過ぎる」

「え?」


 聞き返そうと振り返った時にはもうドアは閉められ、車は走り去ってしまった。






「あの人と仲いいんだね」


 遠ざかる車を見送りながら、ヴィヴィがやっと口を開いた。

 その声は淡々としていて何の感情も乗っていない。

 車内で僕がずっとクルーツォとばかり喋っていたから、いつものヴィヴィ的な発想で”恋愛感情絡みで仲がいい”と思われているかもしれないし、”アンドロイド( レトの下僕 )と仲がいい=僕もレトの仲間だから”と思われているのかもしれない。


「仲がいいってほどじゃないよ。アンドロイドだから話しかければそれなりに答えてくれるだけ」


 けれど誤解されては困る。

 アンドロイドが困っている人間に手を差し伸べるのは当然のことだ。この町にいる全てのアンドロイドに同じことを聞いたって、初対面か顔馴染みかの違いなく同じ反応が返って来るだろう。

 クルーツォは相手が僕だからいろいろ喋ってくれたわけじゃない。

 まして、僕たちからチャルマを取り上げたレトとぐる(・・)だなんて思われても困る。


「僕でもマーレの時みたいに喋ってくれるのかな」

「喋りたいの?」

「だってクリスマスの時に助けてくれた人でしょ? あの人。お礼もまだ言ってない」

「あ……そうだったね」


 もしかしてヴィヴィはクルーツォを警戒していたのではなく、ただ遠慮していたのだけなのだろうか。

 助けてもらった礼も言う前から親しげに会話に混じるのは失礼だと。

 タイミングを見計らって礼を言おうと。

 でも結果として僕ひとりがクルーツォを占有したままで終わってしまった。


「ごめん。気がつかなくて」

「違う。言おうと思えば何時(いつ)でも言えたんだ。マーレが悪いわけじゃないよ。それにほら、あの人薬師(くすし)なんだよね? それなら薬局で会えるかもしれないじゃない。その時に言う」


 ヴィヴィは宣言するようにそれだけ言うと、僕の返事も聞かずに寮に向かう。

 玄関先からフランの(とが)める声が聞こえて来て、僕も慌てて後に続いた。

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