2月・3(☆)
結局、僕たちはクルーツォの車で寮まで送ってもらうことになった。
彼があの場に居合わせたのは薬の納品に来た帰りだったらしいが、何故こうも都合よく現れるのか、フランやアポティがレトの傀儡だと認識させられ、チャルマが理由もわからないまま転院させられた後では何もかもが疑わしく思える。
薬師なのだから病院にいたところで何もおかしくはないのだけれど。
それにしても。
僕は隣でハンドルを握るクルーツォの横顔を窺い見る。
帰りあぐねた僕らにとって、寮まで送ってくれると言う彼の申し出は有難すぎるほどに有難いのだけれども、それ以上にツッコミどころが満載すぎて困る。
まず第1に、砂漠の旅人の如き恰好で車を運転する違和感がとんでもない。
この衣装なら馬かラクダに乗って欲しいと言うのは自分勝手な先入観だし、馬もラクダも滅んで久しいけれど、そう思ってしまう。
第2にその運転が手慣れ過ぎている。
自動運転が主流になっている今、運転技術はほとんど使わない技術と言ってもいい。現に町中でバス以外の車を見ることはほとんどなく、店にいる”大人の顔をした”アンドロイドが車を使っているところも見たことがない。
なのに……見た目は僕たちとほとんど変わらないのに(と言ったところでアンドロイドなんだから、で終わってしまうツッコミだけれども)何だかいろいろ反則すぎてズルい。
「俺は初期型だからな」
前方に顔を向けたまま、クルーツォは呟く。
「こう見えても俺はアポティより古い」
「ええ!?」
本当だろうか。店でのやりとりを思い返しても、アポティのほうが年長者らしく振る舞っていた気がするのだが。
もし上下関係があるのだとしても、一介の薬局店員と薬師とでは、薬師のほうが技術職の分、軍配が上がりそうなのだけれども。
「アポティのあれは性格だ。子供相手の商売だから大人でいる必要がある」
「じゃあクルーツォが無愛想なのは、」
「俺が何だって?」
「いえ」
クルーツォが言うには、黎明期は様々な年代に応じて様々な姿のアンドロイドが生み出されたそうだ。
同年代のほうが心を開きやすいのではとか、年配者に見えるアンドロイドから指示されたほうが受け入れやすいとか、そんな理由で。
ただ、その”個性”はコスト高に繋がる。なんせ1体として同じものがいないのだから。
そのため、フランやアポティのような後期量産型――ウィッグやコンタクトで違いが出せる程度――に取って代わられたらしい。
後期量産型は可もなく不可もなくオールマイティに何でもこなし、且つフォーマットが画一なのでレトが管理しやすいと言う美点もある。
が、その分打たれ弱い。
環境の整った町中で働くことを基準にしているので、灼熱と砂嵐には耐えられない。町の外に出せば、人間より先に壊れてしまうらしい。
なので初期型は、彼らには任せられない職を請け負うことが多いのだとか。
「薬師も?」
「そうだ。薬の材料は全て町の外にあるから」
薬なんて塵ひとつない無菌室のようなところで作られている筆頭のような気がするのだが、材料の調達から全て、となると初期型に任せるしかないらしい。
分担するという発想はないのだろうか。
人手が足りないのだろうか。
もしかするとこんななりの時しか見ていないから旅人だのと言った偏見に満ちた目で見てしまうだけであって、クルーツォもラボに戻れば白衣なのかもしれない。
使う薬草もメインは水耕栽培や試験管で培養したもので、無重力状態の中で材料を混ぜて……いやいやいや。クルーツォなら得体の知れない物体Xをすり鉢でゴリゴリ混ぜ合わせるイメージしか湧かない。
最初にインプットされたイメージが濃すぎて、無菌室に白衣なんて全く想像できない。
激しく頭を振って妖しいイメージを振り払う僕を、クルーツォは冷ややかな目で一瞥する。
よもやその偏見に満ちた想像は伝わっていないだろうけれど。
「薬の材料って、」
僕は慌てて話題を振る。
一時期はその色から虫では? と思ったこともあった”薬の材料”。さてそれは?
カリカリに乾いた草?
砂の中で一生を終える小動物?
しかしあれらは砂地でしか生きられないわけではない。むしろ気候の整った町の中のほうが育つし増える。
なら、何だ?
彼の地に行かなければ手に入らないもの、とは。
「……砂?」
おそるおそる尋ねた僕をクルーツォは無言で見返して来た。
呆れているようにも見えるが、兎も角、不正解なのは間違いない。
対向車がいない直線道路だとは言え、脇見運転はやめてください。と言いたいけれど、その原因を作ったのは他でもない僕だ。注意なんかできない。
と言うか、直視すぎて居たたまれない。
「えっと、その」
穴が空くほどと言う表現がしっくりくるほど見られている。薬局で出会った時の、目もまともに合わせてくれないよそよそしさが嘘のようだ。
ああ、余程変なことを言ってしまったのだろうか。
いや、まぁ、自分でも砂が薬の材料になるなんて小指の先くらいしか思っていないけれど。
「……砂のわけがないだろう。さすが”レトの学徒”だ。変わった発想をするんだな」
褒めてない。
絶対に褒めてない。
この足下の鉄板に穴を開けられるものなら、開けて入りたい。入ったところで車外に放り出されるだけなのはわかっているけれど、でも!
クルーツォは片手でハンドルを持ったまま、もう片手で僕の前にあるダッシュボードを器用に開け、皮袋を取り出した。それを「ほら」とばかりに差し出す。
開けてみろ、ということなのだろうか。
僕はクルーツォと皮袋を交互に見比べ、それから口を結んだ紐を解く。
蝋引きされた紙を開けると、薄桃色をした花弁らしきものが現れた。
乾きかけた花弁はくるんと反り返った形を描いて固まっている。
ちょっと引っ張っただけでも千切れてしまいそうだ。
乾き具合からして、採集してから何時間かは経っていると推定される。
「これは?」
「生命の花だ。此処の薬は全てそれから作られる」
「生命の、」
凄いネーミングだ。
だが、だからこそ”全て”の薬がこの花からできるという言葉にも信憑性があるような気がしてくるのは、他でもない”砂漠の旅人”然とした彼の言葉だからかもしれない。
「栄養剤も風邪薬も、捻挫や裂傷にも、材料はこれだ」
前文明では人間は他の動植物を食べることでしか生き永らえることができなかった。
言い換えれば、他の生物の命を取り込むことで自らを生かしていた。
今の人類は水と光さえあれば生きることができるけれど、それでも冬期は栄養剤のように補助する薬が必要になる。
それをこの花から作るのは、取り込む”他の生物の命”が”花の命”に変わっただけのことに過ぎない。
でもこんな花が何処で咲くのだろう。
僕は花弁を1枚摘まみ出す。
全長が親指ほどの長さ。
これからいくと花の大きさはセルエタをひとまわり小さくしたくらいだけれども、そんなものがあの砂の世界にあっただろうか。
旅立ちの日に開かれる門の向こうや、星詠みの灯台から見える外の世界には木も草もなかった。
見渡す限りの砂と、遥か彼方に霞むファータ・モンドの塔だけで。
「今はまだ花の時期じゃないから少ないが、来月になったらファータ・モンドのほうを気を付けて見てみるといい。花霞で色が変わっている場所がある」
「ファータ・モンドに咲いてるの?」
「ファータ・モンドのほう、だ。あの町の手前に生命の花の林がある。年々本数を増やしているが今年は特に花付きがいいから此処からでも見えるだろう」
ファータ・モンドの手前と言うと結構な距離があるはずだが、クルーツォの言うとおり、余程の群生になっているのだろう。
クリスマスの頃、ピンクのイルミネーションに飾られた街路樹を指してノクトが『桜に似ている』と言ったけれど、満開の生命の花もそう見えるのかもしれない。
僕は花弁を皮袋にしまい直す。
卒業してファータ・モンドに行けば、本物を見る機会もあるだろうか。
だとしたら是非、ノクトにも見せてやりたいものだ。
そうだ。ノクトと言えば。
「あ、あのね。前にも聞いたことだけど……最近、外の世界で学生を見なかった?」
以前、薬局で尋ねかけたことを僕は再び口にした。
脱走者の捜索は、そもそも行方不明者が出たと判明するのが大前提だから、ノクトのように誰にも知られていない場合は捜索すらされない。
でもクルーツォなら捜索とは関係なく外に出る。だから、その時に見かけることがあるかもしれない。
「遺体でもいいんだ」
もちろん生きて戻って来てくれるのが1番だが、日が経ちすぎている。
兎も角、能登大地だと名乗るあのノクトが本物なのか、顔が似ているだけの赤の他人なのかだけでも知りたい。
クルーツォは黙っていた。
今度は顔すら向けない。行方不明になっているであろう知り合いの学生に対して「死んでいてもいい」と言う僕を軽蔑しているのかもしれない。
が。
「……………………人間の形をしたものは見てないな」
10分ほどして、かなり躊躇ったような返事が返ってきた。
酷く遠回しな返事は僕を気遣ってのことだろうか。
人間の形をしていない。
それはつまり遺体の中でもかなり損傷が激しいと……カリカリに乾いて腕や足が折れてしまった状態なら見たことがあるという意味なのか?
それとも文字通り、(生死を問わず)人間は見ていないのか。
「それは遺体なら見たって意味に取っていい?」
外に出た者は、息絶えていた場合はそのまま放置される。
亡くなったことは僕らには知らされない。
クルーツォが見たというそれは――。
「……遺体、じゃない」
「遺体じゃない」
しかし予想は否定された。
クルーツォが外で見たことがあるものは人間でもなければ遺体でもない。
つまり、ノクトは見つかっていない。もしくは外に出ていないと言うことになる。




