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6月のオラシオン  作者: なっつ
6月のオラシオン
30/55

2月・1


 冬期休暇が終わり、新学期が始まった。


 感謝祭とクリスマスの時に成立したのであろうカップルが目に付くけれど、それは今のうちだけ。

 この先は卒業を迎えるまで大きなイベントがないからこれ以上増えることはない。

 増えることはないけれど、性格の不一致などで別れたり、性徴(せいちょう)が現れて卒業を待たずにファータ・モンド送りになったり、と減る要素はいくらでもある。


 そもそも、駆け込み的に相手を選んだところで利点など何もない。

 どれだけ好みの顔をしていたとしても、性徴(せいちょう)が現れれば跡形なく変わってしまうわけだし、レトに選んでもらえば性格の不一致など起きないし。

 たかが15年生きた程度の子供に、その後数十年共に過ごす相手などまともに選べるものか。

 運命の赤い糸なんて存在しない。

 夢を見るのは結構だが、一時(いっとき)の気の迷いで人生を捨てるなんて愚か者のすることだ。


 そう思うたび、真っ先に浮かぶのは担架で運ばれるヴィードの姿。

 ”レトの学徒”と言う頂点から卒業すら危うい状態にまで一夜で転がり落ちた彼を思うと、気が重くなると同時に彼の二の舞だけは避けなければ、とも思う。



 そんなヴィードが意識不明のまま転院してしまったことは、何時(いつ)の間にやら誰もが知るところとなっていた。僕もヴィヴィもノクトも喋っていないのに、だ。

 心ない者は『転院先で死んでしまったから帰って来ない』なんて噂しているけれど、真偽のほどは定かではない。


 ただそんな噂も第2のヴィードになることを警戒するには十分だった。

 ヴィヴィの取り巻き連中はマルヴォの影を恐れて距離をおくばかりで、だからヴィヴィはいつもひとりでいる。

 こういう時にこそ寄り添ってやれば、ヴィヴィからの評価も爆上がりだろうのに……刺される覚悟のある(やつ)がひとりくらいはいるはず、と期待した僕自身が、誰よりも夢を見ていたのかもしれない。



「ヴィヴィ、行こう」


 放課後、僕はヴィヴィを誘う。

 揃って乗客のいないバスに乗る。

 クラスの連中は『僕とヴィヴィが付き合っている。ヴィヴィは”レトの学徒”を片っ端から狙っている』と噂しているけれど、陰口を叩きたければ叩けばいい。

 (そろ)いも(そろ)って保身にしか能のない馬鹿ばかりだ。



「ノクトは今日も行かないって?」

「そうじゃない? サーッと姿を消しちゃうってことは行かないってことだと思うよ」


 乗車口のリーダーにセルエタをかざし、僕らは硬めの座面に腰を下ろす。

 相変わらずの貸し切りだから何処(どこ)に座ってもいいのだけれど、何となくいつも隣同士で座っている。



 僕よりもノクトが行ったほうがチャルマだって喜ぶだろうのに、あれ以来ノクトは見舞いについて来ない。

 妹に似ているヴィヴィが一緒なのがネックなのか、病人にくってかかった僕とは行きたくないのか。

 まさか僕とヴィヴィとの仲を取り持つために遠慮しているのでは!? と心配になって聞いてみれば、『この世界で生きていくための色々を覚えるので忙しい』と返事が返ってきた。


 転生だか転移だか知らないが、向こうの世界に戻る(すべ)はない。

 戻ったところで無駄死にするだけ。

 それならむしろ、此処(ここ)で第2の人生を送ればいいのだ。

 この世界に来て1年にも満たない初心者だろうが、時間は待ってくれない。数ヵ月後には大人として生きなければならない現実が待っている。


 見舞いに行きたくなくて出任(でまか)せを言っているだけかもしれない。

 けれど、もし本当に彼が此処(ここ)で生きる覚悟を決めたのなら……何時(いつ)までも”能登大地”を引き()るのはやめて前を向く気になったのなら、評価しなければ。


 友人なのだから見舞いの時間くらい取ってくれても、と思うのは偽善の押し付け。

 片道10駅以上ある病院に通うことは放課をほぼ丸々消費することなのだから、無理()いはできない。


 それにチャルマは(いま)だもって何ごともなく無事でいる。

 相変わらず退院できないし、(あざ)の原因も(つか)めないけれど、ノクトはメールでもチャルマとやりとりしているから、下手をすれば日参している僕たちよりも容態には詳しい。


 チャルマが案じていた”(あざ)持ちを狙う敵”だって、(いま)だもって現れない。

 さすが病院のセキュリティは強固……いや、これはイグニの(うそ)が証明されただけのことだった。

 全く。こうやって考えると『レトには言わないほうがいい』というノクトの(げん)に従っておいてよかった。

 もしレトに伝えていたら、今頃は”虚言癖(きょげんへき)がある”なんてレッテルが貼られている。






 バスは滑るように走っていく。

 郊外の更地は雪のせいでフカフカの綿が敷き詰められているようだ。寝転んだらどんなに気持ちいいだろう。


「覚えてる? 小さい頃、雪合戦したよね」


 窓の外をぼんやりと眺めながらヴィヴィは言う。


「そうだね」


 子供の頃は空からしんしんと降りしきる白い真綿を本物の雪だと思っていた。

 空は何処(どこ)までも広くて、本に描かれているとおり宇宙にまで続いていると思っていた。

 この町自体が透明な屋根に(おお)われて外部と遮断されているなんて、雲はその屋根に映した映像でしかなくて、雨と雪は屋根に取り付けられた散水弁から降って来るなんて思ってもみなかった。


「偽物なのに、雪なんて降らせて何の意味があるんだろう」


 子供の頃は雪が降る(たび)に喜々として雪玉をこしらえては投げつけて来たヴィヴィの口からそんな言葉が出て来るとは思ってもみなくて、僕は思わず見返してしまった。

 メンタルが弱っているだけだろうか。

 それとも、大人になった証拠だろうか。

 登校するなり顔面に雪玉を食らい、転倒した拍子(ひょうし)に背後の校門で頭を打ち、そのまま病院送りになった7年前のことは今でもしっかりと僕の記憶に刻み込まれている。

 そのせいで楽しみにしていた社会科見学を欠席する羽目になったことも。

 そんな僕とは裏腹にヴィヴィは”雪玉王”なる称号を得、『毎日雪だったらいいのに』とまで言い放ったらしい、と言う噂も。


 『凶器を量産するためじゃないの?」と余程(よほど)言いたかったけれど、その言葉は舌先で煮込んで溶かして、別の言葉に組み直して。


「この世界に季節があったってことを忘れるなってことじゃないの?」


 と言い直した僕も、少しは大人になれているのだろうか。


 


 きっとレトは”海”と同様、雪も人類が忘れてはいけないものだと思っているに違いない。

 春になれば花が咲き、夏にはギラギラと太陽が照りつけ、秋に赤や黄色の葉が散り、冬はそれらを雪が全て覆い尽くす。

 この世界がとうの昔に忘れてしまったそんな季節の(うつ)ろいは、今はこの小さなドームの中の”偽物”で再現するしかない。


 けれど多くの人々が知恵を寄せ合えば、何時(いつ)か、砂嵐の代わりに雪を降らせることもできるようになる。

 海が復活すれば雲ができる。

 雲ができれば雨も雪も降る。

 フローロを始めとする多くの人々が、そのためにファータ・モンドで頑張っている。

 この偽物の雪は、その”頑張り”の理由を忘れないためのものだ。きっと。



「マーレもフローロみたいに研究者になるの?」

「どうだろう。何も思いつかないんだ」

「”レトの学徒”なのに?」


 今、隣にフローロがいたら、彼が描く夢はもっとはっきりと見えたのかもしれない。

 でも僕がフローロの夢を聞いたのは彼がいなくなってからで、夢を追いかける彼の隣はイグニに取られてしまっていて。


 『追いかけて来て』と言われたけれど、ただフローロへの憧れだけでその道に進んでいいのか、僕はまだ悩んでいる。

 能登大地やらチャルマの入院やらに時間を取られたふりをして、将来を考えることから逃げてしまっている。


 ずっと子供のままでいられたらいいのに。

 ずっと、ネバーランド(永遠の子供の国)で何も考えずに遊んでいられたらいいのに。



「でも僕もそうだよ。15歳で将来決めろなんて無理」


 同調する言葉を呟きながらも、ヴィヴィは自身のセルエタをクルクルと(いじ)っている。

 空色から青へと続くグラデーションの中に蝶が描かれているそれは、空をギュっと固めたようにも見える。自由奔放なヴィヴィらしい色だ。


「ヴィードとは本気だったんじゃないの?」

「まさか。彼はね、ボランティアみたいなもの」

「ボランティア?」

「そう。ずっと”レトの学徒”を目指して勉強しかしてこなかったけど、学生生活も終わるって思ったら1度も遊びらしい遊びもしないで大人になる自分がとんでもなく人生損した気になったんだって。だから青春の思い出の1ページを提供してあげたわけ。……でもそれが結果として意識不明で転院だもんね。悪いことしたな」



 ずっと勉強しかしてこなかった(ヴィード)が1度くらい遊んでみたいと思った気持ちは痛いほどわかる。

 ”レトの学徒”に選ばれると言う目的を達成したからこそ、『皆が学生生活を満喫しているのに僕には何もない』と、勉強しかして来なかった自分が周囲より劣っているかのように感じ、焦りを抱いてしまったのだろう。


 勉強することは悪いことじゃない。

 遊んでばかりいる(やつ)より劣っているはずもない。

 レトは評価してくれる。意識が戻った時に、ヴィードが『「1度でいいから遊びたい』と思った過去の自分を()いることにでもなったら気の毒が過ぎる。


 けれど。


「…………うん、まぁ……あれは運が悪かったけど、でもボランティアって……ねぇ」


 本気じゃなかった、と聞いて安心していいものやら。


「夢を売る仕事だよ?」

「いや、その表現はちょっと(あや)しいお仕事を連想するからやめて」

「マーレにも売ってあげようか? 友達割引するよ」

「間に合ってます」


 ヴィードの気持ちはわかる。

 僕だって『”レトの学徒”だから羽目を外せない』と何度思ったか知れない。

 でも僕はヴィードにはならない。

 ヴィヴィとは友達でしかない。


 ……雪玉のことを根に持っているわけではないけれど。


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