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6月のオラシオン  作者: なっつ
6月のオラシオン
29/55

1月・4


 ……やってしまった。

 帰りのバスの中で、僕はずっと頭を抱えている。

 時間が遅いこともあって、やはりバスは貸し切りで。だから座席が贅沢に使えると言うつもりではないけれど、3人が3人とも分散して着座している。

 最後部座席の左端に僕が。

 右端にノクトが。

 僕の前の席にヴィヴィが。


「過激派ー」

「……反論の余地もございません……」

「ホント、マーレってフローロのことになると人が変わるよね」


 ヴィヴィは後ろ向きになって背(もた)れに(あご)を乗せている。

 小さな子供ならともかく、15歳にもなってそんな座り方は行儀が悪いと言いたいところだけれども、とても他人の行儀を注意して回る心境ではない。


「確かにちょっと妄想が過ぎてるな、とは思ったんだ僕も。でも入院長いと滅入ってくるし、ノクトのホラ話に比べたらずっとかわいいもんじゃない?」

「俺はホラなんか吹いてない」

「はいはいそうでした。まぁとにかく1番悪いのはイグニだよ。何でああ言うこと吹き込んでいくかなぁ」


 ヴィヴィとノクトに引き()られるようにして病室を出、バスを待ち、バスに乗り。

 その間、3人が3人とも腹の中に抱えていたであろう疑問をそれでもずっと口に出さないでいたのは、チャルマの話があまりに荒唐無稽(こうとうむけい)すぎて誰ひとり信じられなかったせいかもしれない。


 長い入院生活と先が全く見えない病気がどれだけチャルマの心を(むしば)んでいたか。ただ、僕たちの想像を超えていたことだけは確かだ。

 無意味に時間を消費するだけの毎日の中に現れた(非日常)

 その(あざ)でチャルマはかつてのイグニの戯言(ざれごと)を言葉を思い出したのだろう。


 選ばれた者の印のせいで敵に命を狙われているなんて、1日中ベッドの上にいるチャルマにはさぞ魅力的に映ったに違いない。不思議な形の(あざ)も、名前すら知らされない病気も、終わらない入院生活も”特別”だから。

 戯言(ざれごと)だってわかるだろうに……いや、戯言(ざれごと)ですら(すが)りたかったのだろう。


  此処 (ラ・エリツィーノ)にはファータ・モンドの情報が入って来ない。

 確かめることができないまま、「もしかしたら向こうで本当に危険な目に()っているのかもしれない」と気を揉み続けるのはかなりの心労になる。

 チャルマの入院がそのせいだとは言い切れないけれど――。



「そう言えばさヴィヴィ。チャルマが入院する前、体調を崩したとか、心配ごとを抱えていそうだとかあった?」


 以前、入院する兆候があったのではないか、同室のヴィヴィなら何か知っているのではないか、と思ったままになっていたことを、僕は舌に乗せてみる。


「何も。……ああ、定期健診で身長が平均より低いって出て、背を伸ばすにはどうしたらいいだろうって言ってたから”よく飲んでよく眠ってよく運動することだ”とは言ったけど……もしかしてそれが!?」

「あ、いや。それは健康になるだけだと思う」


 しかしヴィヴィにも特に思い当たるものはないらしい。

 これは本当にイグニの戯言(ざれごと)で心を病んだとしか思えなくなってきた。






 前方に見慣れた町並みが見える。

 其処(そこ)ではチャルマのいない日常がもう何ヵ月も前から続いていて、この先も同じようにチャルマがいないままの日常が続く予定で。


 もしあと半年()っても退院できなかったら、この町でチャルマのことを知る者はいなくなる。

 マルヴォのように、ヴィードのように、”チャルマ”の存在を誰も知らない日がやってくる。



「でも万が一チャルマの言ってることが本当だったら、置いて来ちゃいけなかったんじゃないかな」

「退院許可が出てないのに勝手に連れ出せないでしょ。それで本当に悪化したらどうするのさ。健康そうに見えるけど、もし連れ出したのが容態を悪化させる原因になったら、そのほうが絶対後悔するよ」


 それはわかっているけれど、僕たちには何もできない。

 連れて来ることは(チャルマ)を本当の――わけのわからない敵ではなく病気の――危険に(さら)すことになる。


「もし本当に(あざ)持ちが狙われるんだとしても、病院のほうが防犯設備もちゃんとしてるし安全だと思わない?」

「そうなんだよね。でもどうしても、僕が知らないところでチャルマが何時(いつ)の間にか消えてたら、って思うと……ね」


 ヴィヴィは前を向いて座り直すと、自分を抱きしめるようにして(うつむ)いてしまった。

 自分のせいで怪我をしたヴィードが、自分の知らないうちに転院してしまったばかりだし、余計に(そば)から人が消えていく恐怖を感じているのかもしれない。

 取り巻き連中が近寄らなくなった時には何ともなかったのに、やはりチャルマやヴィードはヴィヴィにとって特別だったのだろう。


「気になるようなら明日も明後日もその次も、毎日チャルマに会いに行こう。僕も行くから」

「うん」


 僕はヴィヴィを(なぐさ)めることしかできない。

 そして(なぐさ)めている今も、チャルマよりもフローロのことが気になって仕方がない。



『僕を追って来てくれる?』


 旅立ちの日、フローロはそう言った。

 チャルマにもヴィヴィにも否定してみせたけれど、本当は僕自身が一番イグニの戯言(ざれごと)を気にしているのかもしれない。

 追って来てくれと言ったのが、海の再生に手を貸してほしいという意味ではないのなら。

 もしイグニが言うように、彼らだけでは回避できない危機に直面しているのだとしたら。僕たちの助けを待っているのだとしたら。

 だとしたら。

 フローロはファータ・モンドで何をしようとしているのだろう。



「レトに言ったほうがいいかな。チャルマが危険かもしれない、って」


 僕は(てのひら)の上でセルエタを転がした。

 病院の管理システムはレトが握っている。

 何時(いつ)現れるかもしれない敵のために病院全体の警備を厚くし続けることは難しいけれど、出入口とチャルマの部屋だけなら。見張っているだけでも抑止力にはなるはずだ。


 それにもしチャルマの話が本当なら、イグニやフローロにも危険が(せま)っているということになる。

 僕たちではファータ・モンドで何が起きようとも手を出すことすら叶わないけれど、レトなら何とかしてくれる。


「それはやめとけ」


 しかし、今までずっと黙っていたノクトがぼそりと反論した。


「何でさ」

「そのレトが危険だと考えたことはないのか? 脳内お花畑」

「またその話!? レトはね、ノクトが期待してるような独裁AIじゃないから」

 

 ノクトはこの世界の人間ではないからわからないのだ。レトがどれだけこの世界に貢献してきたかを。

 放っておけば滅亡するばかりだった人類が、こうして数を減らしてでも生き永らえているのは、レトが全てを管理してきたおかげなのに。



「そんな考え方だから滅亡したんだよ、ノクトの世界は」


 人間は駄目だ。何よりも私利私欲を優先する。

 前文明が滅亡に(ひん)したあの疫病が蔓延(まんえん)した時、多くの店舗や企業は自粛(じしゅく)を余儀なくされたために経営難に(おちい)って倒産した。

 今日の食事代や家賃にも困る者が現れる一方、富裕な政治家はそんな国民の窮状(きゅうじょう)を全く理解せず、斜め上の対応ばかりで顰蹙(ひんしゅく)を買った。

 医療関係者やライフラインなど最前線の”善意”をあてにして、感染者が右肩上がりに上がっている最中、経済最優先の政策を取り……。

 あの疫病は僕たちの世界では”人災”だと言われている。


 けれどレトは公平だ。減ってしまった人類と、そして何よりも世界が元に戻ることを最優先に動いている。そこに利権が絡むことはない。

 子供と大人を分けるのだって、大人が抱く独自の思想を子供に植え付けないため。

 疑うことを知らない幼子(おさなご)に聞かせて洗脳させないための措置だ。


 ノクトが毛嫌いする人工知能は僕らを守るためにある。

 現にクルーツォは僕とヴィヴィを助けてくれたじゃないか。


 比べて、あの時ノクトは何処(どこ)にいた?

 マルヴォが僕とクルーツォに向かって鉄パイプを振りかざして来た時、ノクトは何をしていた?


 

「……とにかく、レトには言うな」


 この()(およ)んでもまだレトを疑うのか?


「妙なことを口走ったってチャルマが精神鑑定を受けるようなことになっても困るだろう」

「そ、そうだね。精神鑑定って結構キツイって聞くし」


 ノクトの言葉にヴィヴィが賛同する。

 チャルマはノクトのせいで妙な本を熟読しているから、危険思想を持っているなんて疑われでもしたら気の毒だ。

 でも。


 僕は黙ったまま窓の外に目を向ける。

 12月23日と同じオレンジ色の空が群青に塗り替えられていく中で、灯台の明かりが真っ直ぐにそのグラデーションを(つらぬ)くのが見えた。

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