1月・2
病院に向かうバスは前に乗った時と同様、貸し切り状態だった。
商店街を抜けてしまえば後は病院に用がある者くらいしか乗らない路線。
けれども、怪我や病気で一刻を争う場合はバスではなくて救急車が走るし、酷くなければ保健室や町の薬局で事足りる。
そう考えると何故10駅以上も離れた場所に病院を建てたのかが不思議でならない。
最初から隔離が目的で建てられたのかもしれない。
例の疫病のような、薬もなければ治療法もわからない伝染病が現れることを想定して。
前人類を滅亡寸前にまで追い込んだあの疫病も、他人との接触を極力避けることが最も効果的な対処法だったと聞いている。
「夏は休暇中の行事と言えば墓参りくらいだから時期をずらすことも可能なんだけど、1月1日はずらしようがないからな」
前回と違うのはノクトがやたらと喋ることだろうか。
暇だからか、窓の外に見るものがないからか、もしくはよそよそしく距離を取ってしまったクリスマスを挽回するつもりなのかは知らないが、バスに乗り込んで以降、延々と前文明での思い出(と言うかミニ知識と言うか)を聞かされている。
今流れているミニ知識は休暇中の帰省について。
前文明では”家族”や”親戚”という概念が残っていたから、冬期休暇になると学生は家族に会うために、一斉に”実家”へと帰るらしい。
この世界には家族がない。
最も”家族”に近い役割を担っているのは同級生やレトだろう。
同級生が”家族”で寮が”実家”。そう考えると、この時期たったひとり離れたところにいるチャルマに会いに行こうと言うのは現代の帰省――家族が再会するひとつの形なのかもしれない。
が、それはともかく。
「墓参りって何」
出て来る単語がいちいち理解できなくて困る。
「先祖代々の名前を刻んだ石を掃除するイベントだよ」
「掃除がイベント」
「墓は死者の家みたいなもんで、その死者に会いに行く、って言ったほうが正しいかな。死んだ奴は掃除できないから俺らでやるわけよ」
何故だろう。単語のひとつひとつはわかるのに、繋がると理解できない。
そもそも墓を屋外に置かなければ掃除をする必要も減るだろうのに、何故屋外に置くのか。
何故炎天下に、熱吸収の良い黒い服を着てそれをするのか。
よもや前文明の人々も、数百年後にそんなことをツッコまれているとは思うまい。
「冬は墓には行かないの?」
「行く奴もいるけどな」
「行かないなら何しに帰るの?」
「何って……滅多に会えない家族に元気な顔を見せればそれでいいんだよ。あ、美味いものを食うんだ。冬は特に1月1日に食べる伝統料理があるんだけど、作るの面倒だし買うと高いしで、だから俺ん家は焼肉やってた。いや、夏もやってたな、焼肉」
前文明の人々は光合成ができないから他の生き物を食べることで栄養を摂取していたと歴史で習ったけれど、どうも食べること自体に娯楽の要素もあったようだ。
僕らが口にするドリンクにもフレーバーはいくつもある。
でも同じ味だと飽きるから、という程度の意味しかない。皆で雁首揃えて飲んだところで楽しい、面白いとは思わない。
「此処に来てから1度も食ってないなぁ焼肉。歯があるんだから食えるんだよな、今でも」
「さあ……?」
気の利いた返しもできず、僕は膝の上の箱に目を落とす。
焼肉ではないが見舞いの品だ。チャルマの何が悪くて何時までも退院できないのかはわからないけれど、食事制限がされているようでもないから大丈夫だろう。
新年祝いの限定品だとかで陽にかざすと金色に光っていたそのドリンクは、はっきり言って味は全く想像できないけれど「何となくめでたそうだ」と言うノクトの一押しで決まった。
1月1日はとかく”めでたい”のがいいらしい。
「何だ?」
「何でもないよ」
ノクトは気付いていないのだろうか。
チャルマがどうしてノクトにだけ会いたいとメールを送って寄越すのかを。
僕たちを呼ぶ時にはいつも僕よりノクトの名が先に出ることを。
窓の外を流れて行くのは、骨張った手を広げたような形の街路樹。
指の隙間から見えるのは見渡す限りの閑散とした更地。
変わり映えのしない風景の連続に、このまま永遠にバスに乗っているのではないか、なんて妄想に入り込みそうになる。
「そう言やあ、この町には墓がないな」
「そうだね。ファータ・モンドに行けばあるんじゃない?」
「子供だって死ぬだろう?」
見舞いに行く前にあまり縁起のいい話題とは思えないが、本人がいない今のうちだから言えることもある。
チャルマに死の影はこれっぽっちも感じないが、本人が心の底でどう思っているかなんて僕らにわかるはずもない。
長引く入院生活で、死を考えないはずもない。
「……死んだら、終わりだからかもしれない」
「終わり?」
「そう、終わり。この世界から消え去るんだ。この体も、人々の記憶からも」
僕らにとって死は決して身近なものではない。
だからいなくなった者を弔うことも、偲ぶ習慣もない。
死に最も近いのは町の外に脱走してそのまま消息を絶つケースだが、長期にわたって砂嵐の中を捜索する者の危険を考えれば何が何でも遺体を探して回収する、なんてことはしない。
見つけ出されなかった彼らは砂の中で干乾び、崩れ、砂に還ると言われている。
脱走したまま戻って来ない者の他にも、卒業を待たずに性徴が現れた者、罪を犯した者。そのどれもが死を明確にしないまま僕らの前から姿を消す。
僕らは彼らが何処かで生きていると思い続けて日常を過ごし、そして何時か忘れていく。
”性徴が現れた者”はファータ・モンドに行くだけだから他とは違うのかもしれない。けれど、2度と会えないなら同じことだ。
会えないと言えば。
僕は本当に再びフローロに会うことができるのだろうか。
彼に導かれるまま勉強を続けているけれど、保証は何処にもない。
墓があるとすれば病院の近くだろうか。土地はいくらでもある。
僕は窓の外に目を向ける。
しかし見えるのは何もない更地とぽつんとひとつ建つ病院のみ。
死者の名を刻んだ石らしきものは何処にも見ることができなかった。
「「あ」」
チャルマの病室の前で偶然、ヴィヴィに会った。
自身の治療後に立ち寄ったのだろう。頬に貼られた真新しいガーゼが痛々しい。
「……こっ、これは大したことじゃないんだ。僕は絆創膏を貼らなくてもいいくらいだと思ってるくらいなんだけど」
自然に集まってしまう視線が気になるのだろう。そんなことを言う。
僕もなるべく見ないようにしようと思うのだけれども、顔の4分の1を占める白はあまりにも目立ちすぎる。
ヴィヴィでこうなら担架で運ばれたヴィードはどうなっているのだろう。確かヴィヴィは見舞いに行っているはずだけれども。
「ヴィードはどう?」
「あ、うん……」
ヴィードの話題を出すと、ヴィヴィは煮え切らない様子で目を逸らした。明らかに今までと態度が違う。
まさか本当に絆されてしまっているのだろうか。
それとも。
少し前まで話題にしていた死が気がついたら隣にいたような、そんな嫌な寒気を感じる。
「ヴィードは……ずっと意識が戻らなくて。だからファータ・モンドに転院しちゃったんだ」
「何時!?」
「もうだいぶん前だよ。でもね、向こうのほうが最新医療が整ってるらしいし、意識が戻ればまた戻ってくるそうだから……」
転院だなんて聞いていない。
休暇中だし別段親しくもないからかもしれないけれど、それでも5人しかいない”レトの学徒”のひとりだ。
栄養剤の配布などの雑用もひとり減れば残った者の負担が増えるわけだし、連絡のひとつくらいあってもいいだろうに。
死に相当する”2度と会えない者”リストの中に、長期入院する者が入り込む。
今回はヴィードだけれども、何時チャルマが同じように姿を消すかはわからない。
そうしたら、2度と会うことは――。
「悪いのは僕なのにね。僕のせいでヴィードはちゃんと卒業できないかもしれない。せっかく”レトの学徒”になれたのに」
「……」
「そんなことないよ」の一言がどうしても出て来ない。
僕もノクト同様、ヴィヴィが相手を取っ換え引っ換えしていることにはあまりいい印象を持っていなかったからだろう。
言ったところで偽善にしか聞こえないその言葉を本当に発する必要があるのか。
言ったほうが傷付けるのではないか。
ただ、
「……とにかく入ろうか」
と促すのが精いっぱいで。
ヴィヴィに対して兄貴面するなと警告したのが利いているのか、口を開けば嫌味しか出て来ないことを本人もわかっているからなのか。
バスの中であれだけ饒舌だったノクトは終始無言だった。




