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6月のオラシオン  作者: なっつ
6月のオラシオン
25/55

12月・4

 新たな炭酸水を物色する素振(そぶ)りで僕は1つ目の屋台を素通りする。

 次いで2つ目、3つ目と過ぎ。

 チラリと振り返ってみたが、人混みに(まぎ)れてしまってノクトも子供たちも見ることはできなかった。

 あの場所で待っているのか、子供たちのグループを見つけたのか、帰ってしまったのか。

 わからないけれど追いかけて来る様子はない。


 僕は何をやっているのだろう。ノクトをひとりで置いて来てしまうなんて。

 いや、引き(こも)りとは言え30歳が迷子になって帰って来られなくなる、なんて心配はしていない。

 ”この世界に害を及ぼすかもしれない異界からの侵入者”を見張らなければならないのに放棄した。

 これでノクトが再び行方をくらましたら、今度こそ僕のせいだ。


 足は重く、立ち止まったら動けなくなりそうで、そのくせ少しでも遠ざかりたいと気は()くばかり。


 早く帰りたい。

 でも先に帰ってしまったら今夜からどんな顔で会えばいい?

 今からでも引き返せばいい。見て回るうちに買う気が削がれてしまったとか、人混みで気分を悪くして休んでいたとか、理由は何とでも付けられる。


 頭の中でふたりの僕が言い合っているうちに、気がつけば学校の前まで来てしまっていた。

 ダンスパーティをやっているのであろう、軽快な音楽が聞こえて来る。

 ヴィヴィたちもいるだろうか、『勝ちに行く』ダンスがどんなものなのか少し見て行こうかなんて思う(かたわ)ら、会場にいるのはペアを組んだ者ばかりだと考えると敷居が高くて躊躇(ちゅうちょ)してしまう。



 その時だった。

 悲鳴が聞こえたのは。


 ホールのほうから聞こえたが喧嘩(けんか)だろうか。

 子供ばかりの町だから凶悪な犯罪が起きることはないと言われているけれど、年齢と言うテンプレートに当てはめて『だから、ない』と思い込むのが(おろ)かだってことは、何十年も何百年も前から言われている。

 子供だから純粋だ。

 子供だから邪念などない。

 そんなのは大人の勝手な思い込み。むしろ純粋と言う名の無知だからこそ、(ひど)いことを(ひど)いと理解できない。



 学生らが逃げて来る。

 ただの喧嘩にしては慌てふためく様子がどうにも普通ではないようで――逃げる時点で普通ではないことが起きているのだろうけれど、それにしても誰も彼もが(ひど)(おび)えて――同じように何ごとかと目を向けていた周囲の学生たちの間にも緊張が走るのがわかった。

 (さき)んじて(きびす)を返す者もいる。

 あれだけ大勢が必死の形相(ぎょうそう)で逃げて来るのだ。喧嘩なんて甘っちょろい言葉では表しきれないことが起きているに違いない。

 が、理由も知らないまま一緒になって逃げ(まど)ったところでさらなる混乱を呼ぶだけだ。


「落ち着いて!」


 声を張り上げたけれど、誰も聞いていない。

 そうしているうちにも我を忘れた集団が押し寄せる。

 動線上の僕たちを()けきれずにぶつかる者もいる。

 どちらともなく転倒し、それがさらに()けられなかった者によって突き飛ばされ、踏みつけられ。


 嵐に耐え、嵐が去り。

 やっと身を起こした僕は、ホールのほうから遅れて走って来る人影に動けなくなった。

 鉄パイプのような棒状のものを手にしている。

 進路の妨げになりそうな学生に向かってその鉄パイプを振り回し、弾き飛ばしながらこちらにやって来る。


 あれは確か海水浴の時にヴィヴィに付きまとっていた(やつ)ではなかっただろうか。

 話したそうにしていたが当のヴィヴィから「話すことなどない」と一蹴(いっしゅう)されて、それでも教室や廊下でヴィヴィの周りにいて。その諦めの悪さには感心しかけたこともあって。

 名前は確か、


「マ、ルヴォ……?」


 そうだ。マルヴォだ。

 そして。


「ヴィヴィ!?」


 マルヴォに引っ張られているのはヴィヴィだ。顔に点々とついた赤い染みは血だろうか。

 ヴィヴィは僕の声に顔を上げた。

 泣きそうな顔はいつもの気丈な彼からは想像もできない。


「邪魔だぁぁぁぁぁぁああああああ!!」


 僕を視界に(とど)めたマルヴォが鉄パイプを振り上げる。


 逃げないと。

 でも足が動かない。

 ヴィヴィもこのままにはしておけない。

 でも。



「何をしている!」


 そんな第三者の声がして、誰かが僕の腕を(つか)んで引っ張った。

 抱え込まれたと思う間もなく、(にぶ)い振動が響く。この振動は……この誰かは身を(てい)して僕を(かば)っている。


 でも鉄パイプなのに。

 あんなもので力任せに()たれては無事ではいられない。

 打ちどころが悪ければ命にかかわる。

 何故(なぜ)

 僕を(かば)って得をすることなどないのに。


「何だ貴様ぁあ!」


 マルヴォの叫び声と共に視界が開けた。

 (かば)っていた誰かが腕を(ゆる)めてくれたらしい……けれども。


「ク……ルーツォ!?」


 僕を(かば)っていたのは、薬局で出会った青年だった。

 他のアンドロイドたちとは違い、紅白の衣装ではなく先日と同じ赤錆(あかさび)色のマントを着ている。

 偶然薬局に来ていたのだろうか。

 騒動を聞き、駆けつけたのだろうか。



 アンドロイドは余程(よほど)のことがない限り、人間を守るよう設計されている。

 この”余程(よほど)のこと”とは”その人間を守ることで世界が脅かされるのなら、人間よりも世界を選ぶ”と言う、日常生活をする上ではまず比較する機会がないもので、だから今、クルーツォが僕を(かば)ったのはアンドロイドとしては「何故(なぜ)」と問われるまでもない行動なのだろう。

 ただ、(かば)われる側としては気恥ずかしいどころではない。


「あ、ありが、」

「気にするな」

「その手を離せアンドロイドぉ!」


 叫び声にふと声のしたほうを見ると、至近距離に怒りで顔が赤黒くなったマルヴォがいて、思わずたじろいでしまった。

 今のやり取りを見られていた!? ではなくて!


 マルヴォは鉄パイプを握っている。

 その先端は、と見れば、クルーツォが(つか)んでいる。

 振り下ろしたであろう鉄パイプを手で受け止めるなんて、やっぱりアンドロイドは違――。


「人間は避難していろ」


 クルーツォは鉄パイプを(つか)んだまま、僕を開放した。


「クルーツォは!?」


 思わず聞き返したが返事はない。

 ないが、返って来るであろう台詞(セリフ)は推測できる。


 ”アンドロイドは余程(よほど)のことがない限り人間を守る。”

 例え自分が壊れる結果になろうとも、害をなすものから。そう定められている。


 しかし相手は人質を取っている。

 ヴィヴィと僕を守りつつ、凶器を持った(やつ)を相手にするなんて、いくらアンドロイドでも無事で済むはずがない。

 だから僕を追い出した。

 守る人数が減れば、その分動きやすくなる。


 僕にできることは助っ人に入ることではなく、距離を取って足手(まと)いにならないようにすることだけだ。

 マルヴォの隙をついてヴィヴィを助け出すことすら、きっと邪魔にしかならない。


「邪魔するなああああああ!!」


 マルヴォは凶器を(つか)んだまま立ち(ふさ)がるクルーツォに向け、威嚇(いかく)するように大声を張り上げた。

 そして渾身(こんしん)の力で鉄パイプを奪い返し、すかさず振り上げる。


 クルーツォが僕を払い()けた。

 ふいをつかれて重心を崩した僕がよろけるように数歩下がる間に、彼は目の前から消えた。


 いや、消えたのではない。

 跳躍(ちょうやく)だ。

 その直後、僕がいた空間を鉄パイプが斜めに裂いた。

 クルーツォが払い()けてくれなかったら僕は今頃、肩から腰にかけて(つぶ)されていたに違いない。


 その間にもクルーツォは街路樹の枝を両手で(つか)む。ブランコの要領で自身に勢いをつけ、マルヴォの顔面に蹴りを入れる。

 マルヴォの頭を支点に身を(ひね)り、ヴィヴィを(つか)んでいる手に手刀を振り下ろす。


「ぐはっ!」


 マルヴォの手から鉄パイプとヴィヴィが離れた。

 

 だがマルヴォもやられてばかりではない。

 (こぶし)を握ると着地したばかりのクルーツォに殴り掛かる。

 しかしクルーツォはその手を難なく(つか)み、(ひね)り上げた。

 (ひじ)から先が雑巾を絞るように()じれ、マルヴォは苦鳴を上げてのた打ち回る。

 暴れるその背にまたがると、クルーツォはマルヴォの両腕をひとまとめにして押さえ込んだ。




 あっという間の拘束劇に、僕は息を飲むしかできなかった。

 心配することなど何もなかった。

 クルーツォの手足は僕と同じくらいひょろ長いけれど、性能は僕の比ではなかった。


 そうしている間に他のアンドロイドたちが集まって来る。

 彼らはクルーツォの下からマルヴォを引っ張り出し、両手を拘束し、そして何処(どこ)かへ連行していった。



              挿絵(By みてみん)



「無事か、マーレ」


 ノクトが駆けて来る。

 炭酸水を買いに出て行ったままこんなところに来ている僕をどう思っただろう。


 何時(いつ)から此処(ここ)にいたのか。

 来た時には(すで)にマルヴォがいたのか。

 鉄パイプを振り回す(やつ)を前に近付いたところで新たな標的になるばかりなのだから安全が確認できるまで離れたところにいるのは間違ってはいないのだけれども、高みの見物をされていたようで気分は良くない。


「……ヴィヴィは?」


 僕はノクトから顔を(そむ)け、濃紺のワンピースを探す。

 顔に血がついていたようだけれども怪我はしていないだろうか。

 何故(なぜ)マルヴォに引っ張られてたのだろうか。

 一緒にいたヴィードは、


「ヴィード!」


 ヴィヴィは担架で運ばれていく学生に駆け寄るところだった。 

 担架で運ばれるということは相当(ひど)い傷を()ったのだろう。

 マルヴォの鉄パイプやヴィヴィの顔についていた血は、もしかしなくても(ヴィード)のものに違いない。



 マルヴォが連行され、ヴィードとヴィヴィも医療班と共に去り、僕たちのセルエタが一斉に鳴る。

 レトだ。

 「今日の(もよお)しは全て中止します。皆帰りなさい」と言う指示のもと、(きょう)()がれた学生らが無言のまま散っていく。

 誰もいなくなるのにそんなに時間はかからなかった。





 

「……クルーツォ?」


 そして。

 我に返って赤錆(あかさび)色のマントを探すも、彼の姿は何時(いつ)の間にやら消えてしまっていた。


 薬師(くすし)という仕事に従事する彼があれだけ動けると言うのも意外だが、殴られてもいたようだし相当負荷がかかったのではないだろうか。何処(どこ)も悪くしていなければいいのだが。

 と思うと共に、フランもアポティもクレアも、それ以外の誰もがこういった事態に対処しうるだけの力を隠し持っているのだ、と実感する。

 それがこの町の治安を守っているのだと。


 でも。


「クルーツォ、ってさっきお前と一緒にいた、」

「何でもないよ」


 ノクトを(さえぎ)って、僕はイルミネーションを見上げる。



 クルーツォが人間のマルヴォを”守る対象”ではなく”害をなす敵”と見なして攻撃したように、彼らはその気になれば何時(いつ)でも僕らに反旗を(ひるがえ)すことができる。

 言い換えれば、何時(いつ)でも僕らを支配下に置くことができる、と言うことにならないのか――?



 視界を覆うイルミネーションの花。

 期せずして目にすることが叶った”誰もいない”光景だけれども、しかし、それはどうしようもなく色()せて見えた。

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