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6月のオラシオン  作者: なっつ
6月のオラシオン
2/55

7月・1(☆)

 挿絵(By みてみん)


 フォリロス広場は見送る人と見送られる人とでごった返していた。


 見送るのは在校生、見送られるのは卒業生。

 字面だけ見れば卒業式と錯視してしまうけれど、式自体は3日前に終わっている。

 今日はその卒業生たちが、この町、ラ・エリツィーノを出て大人の町、ファータ・モンドに行く日だ。


 空は旅立ちにふさわしい快晴。

 とは言え、この時期は雨が少ないから毎年晴れているように思う。


 別れを惜しむにも荷物を運ぶにも適した天気だ。

 傘をさしては抱き合うこともできないし、鞄を積み込む作業も晴れているほうが早く済む。

 雨のほうが情緒があるかもしれないけれど、もう2度と会うことがないとくれば、湿っぽい別れはしたくない。


 そう。もう2度と 彼ら (卒業生たち)には会えない。

 進級したらそれまでの学年ではいられないように、最終学年を終えた学生はもう此処(ここ)に居場所などないのだ。


 僕らは巣立つ。子供から大人へ。

 此処(ここ)は学園都市ラ・エリツィーノ。”子供だけ”の楽園。




              挿絵(By みてみん)



「そっ……れにしてもっ」


 (マーレ)は人込みを()き分けながらあたりを見回していた。卒業生に向かう流れに逆らってさまようのは肉体的にも精神的にもつらいが、そうも言っていられない。

 バスの発車時刻まであと15分。

 最後の別れが言いたい相手は監督生――通称”レトの学徒”――をしていただけあって群がる人数も半端ない。

 なのにずっと同級生探しに明け暮れて挨拶すらできていない。


何処(どこ)行ったんだよノクトぉ」


 呼べど暮らせど探し人は現れない。

 呼んでもいない刻限(タイムリミット)はドヤ顔で追いかけて来ると言うのに!



 (くだん)の”レトの学徒様”とは、僕とノクトが6歳で入寮して以来、ずっと面倒を見てくれた先輩だ。

 新入生に対して大抵の先輩は親切に教えてくれるけれど、中でも彼の面倒見の良さは格段で……あれは持って生まれた性格がなせる技なのだろう。

 寮でのルールから、わからない課題、果ては授業の合間に抜け出して買って来られる美味(おい)しいサンドイッチの店まで教えてくれたのは彼だけで、兄のようなと言っては失礼になってしまうかもしれないけれど、他の先輩たちより抜きん出て親しみを抱いていたことだけは確かだ、と断言できる。


 ノクトにとってもそうだろう。

 我が(まま)と中ニ病が服を着て歩いているようなヒネクレた(やつ)だけれども、彼の忠告だけは大人しく聞いていた。


 だから別れの挨拶くらいするべきだし、しなかったらきっと後で後悔する。

 そう思って連れて来たのに、どれだけ見回しても頭ひとつ高い同級生の姿はない。

 よもや卒業生と間違われてバスに乗っているのでは!? なんてことまで脳裏をよぎった矢先。

 

「マーレ!」


 声が聞こえた。


「……フ……ローロ、」


 声の主は生憎(あいにく)探し人(ノクト)ではない。

 それどころかノクト探しを優先させるあまり最後の別れを放棄しようとしていた先輩(フローロ)だったりするから、ばつが悪いったらない。


 襟元に飾られた花飾りが(ゆが)んでしまっている。

 (フローロ)も僕を呼び止めるために人混みを()き分けて来てくれたのだろうか。集まっている皆を置いて?

 そんな優越感が一瞬、頭の中でステップを踏み……その先輩を放置していたくせに、と自分の浅ましさが嫌になる。


 ()にも(かく)にも、彼のほうから来てくれたおかげで挨拶ができずに終わる最悪の事態は回避できたけれど、その挨拶もせずに通り過ぎようとしていた僕が思うことではない。

 あんなに世話を焼いた後輩に素通りされて、彼は何を思っただろう。

 そんな、話をしたい気持ちと後ろめたさで逃げ出したい気持ちが混ざり合って身動きが出来なくなってしまった僕に、駆け寄ってきたフローロはと言えば、そんなことを気にしている様子もなく、むしろ立ち止まって待っていくれて嬉しいと言わんばかりの喜色を浮かべて抱きついてきた。


「ああよかった。会えないかと思った。さっきヴィヴィとチャルマには会えたんだけど」


 ……花飾りにとどめを刺したのは僕かもしれない。

 胸元で小さく、しかし確かにクシャリ、と鳴った音にいたたまれない気持ちがぶり返す。

 けれどこうして接することももう一生ないのだと……そんな感傷がこみあげて、フローロを(こば)むことなんてできなかった。


 明日からは、僕の世界にフローロはいない。

 それどころか僕らが最上学年として振る舞っていかなければならない。

 こんな”いかにもなお別れシーン”真っ只中にいるのに、その自覚が全く芽生えて来ないのが不思議だ。



「マーレひとり?」


 どのくらいそうしていただろう。

 (しばら)くしてフローロは子犬みたいな目で僕を見上げて来た。

 公然で抱きついたことを周囲がどんな目で見ているか、なんてあたりは全く気付いていないのがフローロの天然なところと言うか良いところだけれども、僕の心臓には良くない。

 けれども今はフローロよりも気になることが。


「ノクトはこういう湿っぽいのは嫌いだったっけ」

「ち、違うよ! 一緒に来たんだけどはぐれちゃって、それで」


 弁解を続けながらも僕の目は人混みの中をさまよい続ける。

 でもいない。これだけ探しても見つからないということは帰ってしまったのかもしれない。最後だからと無理やり引っ張ってきただけなのだから、隙あらば逃げ出されてしまっても不思議ではないけれど、これはノクトのためでもあったわけで。

 なのにノクトはそれを全然わかろうとしない。


 いっそのこと正直に「ノクトは挨拶するのが嫌で帰っちゃいました」と言ってしまいたい。

 でもそんなことを言えばフローロを傷つける。今だって、顔に「ノクトに会えなくて寂しい」と書いてある。




 フローロにだけは懐いていたノクトが此処(ここ)に来たがらなかった理由はわからないでもない。

 僕と違って、彼はフローロとの別れをしっかり自覚できているのだろう。

 だから別れを認めたくない、が半分、もう半分は――


 

「――フローロ。遠くにいくんじゃない」

「……僕の勝手だろう?」


 同じように人混みを()き分けてやって来たもうひとりの卒業生――イグニにフローロは素っ気なく返事を返す。

 嫌っているのかと思うほど冷たい返しだけれども当のイグニは全く気にする様子もなく、さも、そうするのが当然と言わんばかりの顔でフローロの隣を陣取った。



 ――これが見たくないから、かもしれない。


 僕は人混みを見回すふりをして、目の前のふたりから、いや、イグニが首にかけているセルエタから目をそらした。花の縁取りが見慣れたセルエタは本来、イグニのものではない。




 セルエタとはこの町に住む学生ひとりひとりに与えられる携帯端末のことだ。

 片手で握り込んでしまえるほどのいわゆる大ぶりのペンダントにしか見えないそれは、この世界を治める人工知能・レトと僕ら(学生)をつなぐもの。小さな見た目に反して、レトや学校からの連絡、通話、個人の体調管理から居場所の特定まで、あらゆる機能が集約されている。


 初等部に入学する際、全員に与えられるそれは、一様にツルンとした虹色の卵型。

 それを各々(おのおの)が自分の好みに合わせてカスタマイズする。


 色を変える者、装飾を加える者、ぬいぐるみの皮を着せてマスコットのようにする者と千差万別。

 装飾を専門にする店も多く、それぞれがオリジナルデザインを展開しているから滅多なことでダブることはない。

 つまり、イグニが下げている花枠のセルエタを持つ者は、僕が知る限りひとりしかいない。


 それを何故(なぜ)イグニが持っているのかと言うと……まず、僕らの体の仕組みから話さねばならない。


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