10月・3
「どうかしたの?」
石が雑に積み上げられた其処は、遺跡の屑が積み上げられた場所だった。
前述したように町全体が遺跡のようなものだから少し掘ればそういった屑石はいくらでも見つかるわけで、だからこそ結構大きな破片でもありがたがることは少ない。
あれもこれもと残していけば、新たに建物を建てる場所がなくなってしまう。
遺跡として残されるのは此処にある魔法陣のようなものや水族館にある古の建物のように形がそれなりに残ったものだけ。
組み合わせれば形になるかもしれない、なんてあたりになってくると廃棄したほうが早い。初等部あたりの子供や歴史に興味がある学生は有難がって拾い集めるけれど……要するにノクトが凝視しているのはそういう破片の山だ。
「欲しかったら拾って行っても怒られやしないよ?」
さすがに授業中に石拾いに専念するのはどうかと思うが、後日改めて拾いに来てもいい。
なんせこの手の破片は町中から見つかるのだから、持って帰ったところで誰も咎めたりはしない。
それにしてもノクトがこんなものに興味を持つとは。
いや、能登大地が、か。
自分の存在について言い争っている最中、こんな破片に目を奪われるだなんて、拍子抜けしたどころではない。
「そうじゃない」
違うと言いながらもノクトは屈みこむ。両手で山を崩していく。
そうして手を動かすこと数分、ノクトは茶色の石板らしきものを引っ張り出した。
このあたりで転がっている石に比べるとかなり濃い色のその石板は、作られた頃は鏡面仕上げにでもなっていたのだろうか。
つるりと平らな面が見て取れる。
文字らしきものが刻まれている。
「定、だな」
「定?」
直線を何本も組み合わせたそれは僕たちが使っている文字とは違う。
それをノクトは読んだ。
と言うことは、この文字は能登大地の世界で使われていた文字ということになる。
「ビル……高層の建物の壁によく貼りついている奴だ。”定礎”の”定”。間違いない」
「定礎って何」
「知らん。でも俺のいた世界にはこういうのがあちこちにあった」
「ってことは、やっぱり能登大地は過去の人なんだね」
僕も同じように屈みこんで石板を覗き込む。
求めていた”能登大地の手がかり”。
なのに何も感銘を受けないのは『だから何?』という気持ちのせいだろうか。
女神のホログラムが浮かび上がったりしてくれれば気の持ちようも変わるだろうけれど、これはただの建築資材。
元の世界と繋がるアレコレだの奇跡の力だのを期待するのは間違っているし、当然のことながら何も起きないわけで。だから感銘も受けないわけで。
「何か思い当たることは?」
「……お前、案外冷めてんな」
「で?」
「………………ねぇよ」
ノクトはそう言いながらも何処か懐かしそうに石板を撫でている。
建築資材にそこまで思い入れがあるのか? という疑問はさておき、何ひとつ知ったもののない世界で自分の知っているものが現れたのだから、まぁ、その反応は理解できなくもない。
「ノークトーォ! マァーーーーレーーーーーェ!」
そんな時。声が聞こえた。
声のしたほうを見れば、皆が姿を消した道の向こうからチャルマが戻って来るのが見えた。
わざわざ戻って来たのだろうか。
このあたりは知らない場所でもないからはぐれても道に迷ったりはしないのにと思ったものの、一緒にいるのはあのノクト。
行方不明騒ぎもまだ記憶に新しいのだから、探しに来るのは当然かもしれない。
「ヴィヴィは一緒じゃないんだ」
「あ、うん。本当はね、マーレたちがいないって先に気がついたのはヴィヴィなんだけど……うん、心配はしてたんだよ本当だよ。でも、来られなくってね……」
僕らの元に戻ってきたチャルマは、僕の問いに歯切れ悪く言い淀む。
ヴィヴィは例の金魚の糞のように付いて来る取り巻きのせいで身動きが取れないらしい。
探しに来ようとすれば必然的に彼らも付いて来る。
そうなると僕たちがいなくなったことが目立ってしまう。
だからチャルマがひとりで来たのだとか。
僕はノクトを窺う。
ヴィヴィとは”海”で口論になって以来、お互いに口もきいていないけれども……ノクトの表情からは何も読み取れない。
「って、それ何?」
微妙に重い空気に気付いているのかいないのか、チャルマはノクトの手元に興味を示した。
「定礎だって」
「定礎?」
ヴィヴィの話題を打ち切るチャンスとばかりに僕は先ほどの中途半端な解説を教える。
僕同様、『だから何?』という感想しか抱けなかったようだけれども。
が。
「でもノクトは何か思うところとかあったんじゃない?」
それでもノクトだけは違う反応があって然るべき、とでも思ったのだろうか。
諦めて立ち上がる僕とは逆に、チャルマはノクトの隣に屈み込む。
「チャーーーーーールマ」
ミイラ取りがミイラになるとはまさにこれ。
迎えに来たのに何故座り込んでいるのですかチャルマさん?
そんな気持ちを4文字に込めてみたけれど、本人には伝わらない。
「よく触った? こういうのって撫でると忘れていた記憶を取り戻したり、過去と対話したりするんだよ?」
何処の情報だ? と首を傾げる僕とノクトを尻目に、やや興奮気味とも言える口調でチャルマは石板を擦る真似をする。
ノクトにも擦ってみろ、と言いたいのだろう。
石板を両手で持っているのにどうやって? と意地の悪い質問をしたくもあったがチャルマがここまで積極的なのも珍しくて、結局黙ったまま成り行きに任せることにした。
彼に中二病の気はなかったはずだが、この数ヵ月を見ていると、ノクトのせいでスイッチが入ってしまった感は否めない。
「……過去と対話」
ノリノリなチャルマにノクトのほうが引いている。
しかしそこは年上、興奮気味な子供を鎮めるにはそれなりに相手になるのが早いとでも踏んだのか、石板を片手で持ち直し、見様見真似で擦り始めた。
「どう?」
「どうって……別に何もないなぁ」
ノクトの口から困惑した声が漏れる。
そうだろう。擦って何かしらのリアクションが生じるのは石板ではなくて古びたランプ。
さらに擦っている本人だって何かが起きるとはさらさら思っていない。
しかしチャルマを見れば「そんなことはない」とばかりに目を輝かせていて、嘘でも何か言わなければ帰りそうにない勢いで。
でも何処からレトが見ているかわからない手前、妙なことは口走れないわけで。
「転生もののほとんどで前世の記憶がよみがえるんだよ。それで此処は何処だ、とかなんでそうなんだ、とかって周りの人に聞くんだ。
それが読み手への世界観の説明も兼ねてるんだけど、変だと思わない? それじゃ今まで此処に生きてた記憶は何処行っちゃったのさ、って」
そんな中でチャルマひとりが”妙なこと”を口走り続けているのはかなりシュールだ。
「お話が進んでいっても思い出すのは転生前の知識ばっかりで、子供の頃の記憶なんて全然出て来なくて。まぁストーリー上必要ないから書いてないだけかもしれないけど」
「はあ」
「わかってる? マーレが機嫌悪いのそのせいだよ? どうして能登大地のことしか覚えてないのさ」
「……すみません」
挙句、説教までし始めた。
チャルマってこんな性格だっただろうか。
今しがたチャルマがノクトに言った話は、引き籠もったノクトを引っ張り出す算段をしていた時にも聞いた。
定礎の文字が読めたことで能登大地が過去の人物だということは確定したようなものだから、”前世の記憶がよみがえった説”もあながち間違いではなかったということになるのだが……水着作戦といい、ヴィヴィとチャルマだけでいろいろ推測しあっている節は見受けられたが何処まで考えているのだろう。
当事者が置いていかれている。
「あ、そうだ! 転生って1度死んでるってことだよね? 死んだ記憶はあるの?」
「あるわけないだろう」
正面切って死んだ時の記憶まで尋ねられるとは。
ノクトが気の毒になってくる。
「……だけど、うっすらと思い出したことはある」
暫く考えていたノクトは、やがてぽつりと切り出した。
「なに?」
「うん、まぁ、俺の世界じゃ疫病が流行って人がバタバタ死んだんだ。だから俺も知らないうちに感染して知らないうちに死んだってこともありえる、とは思ってる」
僕とチャルマは顔を見合わせた。
それは前文明の――人類が1度滅亡しかかった時の状況に似ている。
「何時思い出したのさ、そんなこと」
「今」
「今ぁ?」
まさかとは思うが石板を擦った効果だろうか。
ご都合主義、という言葉が脳裏を横切っていったが、幼馴染みが転生者だったなんてファンタジーでしかありえない状況を目の当たりにしている今、もう何が起こっても驚かない。
むしろこちら側の想像力にも限界があるから、ご都合でも何でも進んでもらったほうが助かる。
「うん。だからこうしてお前らが生きてるってことは全滅したわけじゃないんだよな、って思ったらちょっと感慨深い」
光合成するけど、と一言嫌味を添えたのが能登大地らしいけれども、それで何百年か前に疫病が流行ったと言う話を聞かせたことを思い出した。
突然変異で光合成ができるようになった、とも。
きっとノクトもチャルマの期待に応えようと必死に思い出そうとして、それらが己の過去のような顔で出てきたに違いない。
「もし元の世界に戻れたら、光合成できるようになれば疫病に打ち勝てるんだぞ! って教えたいけど、俺はできないから詰むんだよなぁ」
残念そうにノクトは呟く。
この体質は突然変異によるもの。
ノクトの体を持って戻れるならともかく、向こうで待っているのが能登大地の体なら戻ることは死にに行くようなものだ。
でも。
その記憶は思い違いだよと言いたい。
けれど言えない。
万が一にも本当に思い出したのかもしれない。同じことが能登大地の過去に起きたのかもしれない。
そう思うと。
「戻りたい?」
「そりゃあ……………………どうだろう、なぁ」
何故光合成できると疫病に勝つことができたのかは僕たちにも説明できない。
死にに戻るようなものだとしてもノクトが元の世界に戻るつもりでいるのなら、卒業してファータ・モンドに行き、彼の地でその理由を得なければならない。
その前に、転生者が元の世界に戻るには? という難問が立ち塞がっているのだが。




