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6月のオラシオン  作者: なっつ
6月のオラシオン
14/55

10月・1(☆)


 まだところどころに夏の名残があるけれど、町は冬の装いに変わりつつある。

 ショーウィンドウに飾られるのもコートやブーツなどの冬物。ドリンクもココアやホットレモネードといった温かい飲み物が幅をきかせ始める中で、もっとも冬を感じさせるのは制服だろう。

 10月はまだ合服と冬服のどちらを着用してもいいことになっているけれど、(すで)に学生の半分くらいは冬服を着ている。

 シャツの白い袖がグレーの上着で(おお)われるだけで、(ほお)を撫でる風が-5℃(マイナス5度)くらい下がった気になるから不思議だ。



 今日の放課は図書館に行くことにした。

 旅立ちの日から3ヵ月。精神的にも肉体的にも忙しかったとは言え、さすがに引き延ばしすぎだろう。

 フローロが進んだであろう研究職の門戸を叩くには、もう勉強を始めないと遅い。

 それに中間試験も間近に(せま)っている。

 フランに言われたからではないけれど、これ以上邪魔されるわけにはいかない。


 行くと言ったらノクトが付いて来ると言い出したことだけが不安材料だけれども、妙なことを口走らないように監視していた僕と同様、彼も自分の知らないところでレトに売られるのではないかと危惧(きぐ)しているのかもしれない。


 僕たちは互いに互いを利用する者同士。

 何時(いつ)でも切りつけられるように心にナイフを隠し持ったまま、その辺の”親友”なんかよりもずっと一緒にいる。



              挿絵(By みてみん)



「……チャルマだ」


 廊下を歩いていると、チャルマがひとりの学生と話しているのが見えた。

 珍しくヴィヴィがいない。

 だから余計に委縮(いしゅく)してしまっているのか、チャルマは話かけられる(ごと)にじりじりと間合いを空け、その距離を埋めるように学生が前に詰め。

 そのせいで(せま)られているようにも見える。


 ただ喋っているだけなのか、本当に(せま)られているのか。

 後がないわけでもないのだから逃げようと思えば逃げられるわけだし、だとすれば、気を()かせて割り込んだところで空気が読めないお邪魔虫でしかない。

 そんなことを考えて足を止めた僕とは逆に、ノクトはつかつかと彼らに歩み寄る。

 そして。


「待ったかチャルマ! 遅れてごめんな」


 と口走った。


 当然のことながらチャルマと約束などしていない。

 少なくとも僕はしていないし、図書館に付いて来ると言ったからにはノクトもしていないだろう。

 突然声をかけられたチャルマは一瞬ポカンとした顔をしたものの、声をかけて来たのがノクトだと視認すると安堵の表情を浮かべた。

 その間にノクトはチャルマを(かば)うように間に入ると、相手の学生に笑みを見せる。


「悪いな。今日は俺らが先約だから」

「あ、ああ」


 こういう時、背が高いって得だ。

 上から見下ろしているだけで凄みを利かせているように見える。

 相手の学生は曖昧(あいまい)な笑みを顔に貼り付けたまま、「それじゃ、また」と言い残して身を(ひるがえ)した。



「約束してたの?」


 遠ざかる背を眺めながら何気(なにげ)なしに呟くと、ノクトは悪意のある顔でニヤリと笑った。


「今、した」


 ……それはどう考えても”後”約だ。

 しかし、


「ありがとうノクト! 助かったよー!」


 当のチャルマがそう言うのなら(うそ)も方便なのだろう。


 それにしても今の流れ、ヒロインを悪漢から助ける主人公みたいだった。

 引き(こも)ってゲームを作る嫌味ったらしい30歳だと思っていたから意外だけれども……もしその”ゲーム”が恋愛だの攻略だのを主目的にするものだとしたら、その手の引き出しを大量に持っていても不思議ではない。

 ない、が、”ノクト”らしくもない。



「ヴィヴィはどうした」


 ノクトはそう言いながら周囲を見回す。

 が、見回せる範囲にいたらノクトの出番などなかっただろう。

 現にヴィヴィの姿は何処(どこ)にもない。


「スノルノと買い物に行ったよ。一緒に来る? って聞かれたんだけど、スノルノは僕がいないほうがいいみたいな顔してたから遠慮して、それで」

「ひとりでいるところをこれ幸いと他の(やつ)に捕まったわけか」



 そう言うけれど、ヴィヴィはチャルマの保護者でもボディガードでもない。

 不在を責めることはできない。

 先ほどの学生も単に話がしたかっただけかもしれない。

 腕っぷしに訴えるような(やつ)には見えなかったし、あっさり引いたし……と考えると、チャルマがヴィヴィ以外の友人を得る貴重な機会を潰してしまったように感じなくもない。

 でも。


「ノクト、今日はチャルマと帰って」

「何で」

「まだその辺にいるかもしれないし」


 卒業まであと8ヵ月。

 海水浴以降、チャルマを狙っている学生は先ほどの彼以外にもいる。

 帰り道に襲われるなんて被害妄想が過ぎると笑われそうだが、ヴィヴィの不在を狙って(せま)姑息(こそく)さが引っ掛かった。

 ノクトとて喧嘩が強いようには見えないけれど、それでもひとりでいるよりは誰かとつるんでいたほうが、さして親しくもない学生から声をかけられる率は減る。


「先約があるって言ったじゃない? それでチャルマがひとりで帰ってたらおかしいよ。フォリロス広場に移動遊園地が来てるそうだから遊んで来たら?」

「遊んで来いってお前」


 僕はノクトを無視してセルエタを起動する。

 イベントスケジュールを開く。

 今月末までの期間限定でハロウィンをテーマにした遊園地ができることになっているのを確認し、割引券をノクトのセルエタに送る。


 昨年、”ノクト”と一緒に行った時に貰ったものだけれども、今年は”ノクト”もいないし、きっと僕は行かない。


「言っておくけど先にチャルマを助けに入ったのはノクトだからね。責任もって寮まで送り届けて」


 それだけ言うと、僕は足早にその場を去った。

 もともと図書館にはひとりで行くつもりだったし、今日こそはクレアにも会わなければいけない。

 そして僕と”アンドロイドの”クレアが何かをしていれば、ノクトはきっと余計な勘繰(かんぐ)りをするだろう。

 いないほうがいい。



『もしきみが将来の道を決めかねているのなら、僕を追って来て』


 旅立ちの日にフローロから言われた言葉を今の今まで実行せずにいたのはただ単に僕の怠慢だ。

 ノクトのことで手一杯だった、なんて言い訳でしかない。

 僕が追う気になるとは限らないのに、全てを用意していってくれたフローロに申し訳が立たない。



              挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


 久しぶりに足を踏み入れた図書館は試験前だというのに閑散としていた。

 皆、移動遊園地に行っているのかもしれない。

 確か先着300人限定でプレゼントがあった。先ほどノクトに送った割引券も、昨年、同様の企画で貰ったものだ。


 カウンターの向こうでモニターに向かって作業中の女性がいるが、あれがクレアだろうか。

 図書の閲覧や貸し出しは司書の手を(わずら)わせずともひとりでできてしまうので、今まで1度も司書と喋らずに済んでしまっているし、そんな学生のほうが多いだろう。

 向こうも学生から話しかけられることなどないと思い込んでいるのか、誰が出入りしようが顔も上げない。


 無表情のままキーを叩いている女性は、いかにも司書と言わんばかりの理知的な……言い換えれば少々冷たい感じがする。

 アンドロイドだから話しかけたところで無下(むげ)な扱いはして来ないと思うけれども、どうにも敷居が高い。

 でもそんなことを言っている場合ではない。


「あの……司書のクレアは、」

「私ですが」


 女性は無表情のまま顔を上げる。

 笑みも見せないのは司書だからだろうか。


「ええと、フローロから聞いて来たんだけど」


 クレアはじっと僕を見つめる。

 10秒。

 20秒。

 充電が切れてしまったのかと思うほど長く彼女は動かなかったが、やがて。


「――久しぶりねフローロ」


 いきなり笑みを見せた。


 何処(どこ)か壊れたのだろうか。

 僕に向かって「フローロ」と呼びかけるなんて。



「え、いや、僕は」

「最近は忙しかったのかしら。もうじき中間試験ですものね。でもあなたなら勉強などせずとも学徒になれるのではなくて?」


 僕の否定を(さえぎ)るようにクレアは早口にまくし立てる。

 どうしたのだろう。

 フレンドリーに話しかけてくれるのは助かるのだけれども、声をかけるまではあんなによそよそしかったのに違和感が過ぎる。


「あの、クレア?」

「もしかしてあんまり長く此処(ここ)に来なかったから自分の貸し出しコードを忘れてしまったのかしら。困った子ね。ほら、セルエタを出してごらんなさい」


 そう言いながらも有無を言わさぬ調子で僕のセルエタを取り、もう片手でキーボードに何やら打ち込み始めた。

 『クレアを訪ねて』と言ったのはフローロだし、お膳立てして行ってくれたようにも思っていたけれど、この行動も”お膳立て”の一端(いったん)なのだろうか。

 それとも本当に何処(どこ)か壊れて、僕をフローロと間違えているだけだろうか。

 判断がつかない。


 旅立ちの日にノクトのセルエタを手にしたまま動けなかった時と言い、先ほどのチャルマの時と言い、僕は行動に至るのが遅い。

 もしこれがヴィヴィなら『僕はフローロじゃない』とあっさり()退()けていただろうのに、同じことが僕にはできないのだ。

 だから。


「はい。これで何時(いつ)でも続きが読めるわね」


 今回も考えている間に終わってしまった。

 僕は返ってきたセルエタに目を落とし、無言で(うなが)すクレアに背を押されるようにして、それを貸し出し機にかざす。

 モニターに現れたのはフローロの名と、彼が借りたのであろう見知らぬタイトルの羅列。


 僕はおそるおそる1番上のタイトルに手を伸ばす。

 モニターに触れると、ピッ、と音がして、書架のほうでガタガタと音がした……と思いきや、その本が滑るように運ばれて来た。


 どうしよう。

 優柔不断に黙っていたせいでフローロの貸し出しコードが手に入ってしまった。


「どうかしたの?」

「……な、何でもない」


 僕は本を(つか)むとカウンターを後にする。

 コードが手に入ったのは僕にとっては有益でしかない。

 ただ漠然(ばくぜん)と『海を再生させるための勉強がしたい』と思ったところでどんな本を読めばいいかもわからないけれど、こうして読むべき本が提示してあれば脱線することなくフローロが此処(ここ)で得たと同じ知識を溜め込むことができる。

 それも短期間に。


 でも他人の貸し出しコードを使うのは規約違反ではないのだろうか。

 クレアが勝手にやったことだから僕は無実だ、としらを切ればいいのだろうか。

 背徳と、フローロに追いつけるという高揚がないまぜになって、心臓が(うるさ)くて仕方ない。


 ああ、もしかして。

 クレアを訪ねろと言い残したのはフローロだ。

 これも全てフローロが仕掛けて行ったことなのかもしれない。

 有難(ありがた)いけれど……演出に凝り過ぎだ。

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