9月・3(☆)
フランの真意は何処にあるのだろう。
中間試験で僕がいい成績を取って、晴れて”レトの学徒”に選ばれることを望んでいる、なんて、言葉の上っ面にコーティングした意味ではないだろう。
他ごとに気を取られていては何も叶わない。学徒の称号どころかフローロに追いつくこともできなくなる、と……僕を焦らせるために言ったに違いない。
旅立ちの日以降、僕らの中で不協和音が鳴っていることをレトは気付いている。
何かを隠していることも知っている。
でもはっきりとしないから僕に探りを入れている。
僕なら喋ると思っている。
ノクトのことを隠したままでは試験に集中できない。
失敗すればフローロと共に、と言う望み自体が叶わない。
だから喋ってしまえ、と、そう言っている。
「先ほどから心拍数が上がっています。大いなる意思を仰ぐことなくひとりで解決を図ろうとするのは勇敢ですが愚かなこと。最善の結果を得ることもできません。あなたはそんな愚かな子ではありませんね?」
フランは気付いている。
心拍数が上がっているのはフランに迫られているから、なんて色ボケした理由では誤魔化せそうにない。
でも、ノクトのことを言うべきだとは思いつつも踏ん切りがつかない。
自分を異世界転生してきた別人だと思い込んでいるなんて、どう考えたって普通じゃない。
精神鑑定は免れない。
身近に精神鑑定から帰ってきた人がいないから噂の範疇でしかないけれど、深層意識の奥深くを土足で入り込まれてあちこち掘り返される苦痛は並大抵のものではないらしい。
耐えきれなくて廃人になってしまった、なんてことも聞く。
お灸は据えてやりたいけれど……能登大地に情を寄せるほど親しくなったつもりもないけれど、やはりノクトと同じ顔をしているのがいけない。
あれはいつもの妄言だ。ただちょっと演技をしている期間が長いだけで、と……心の何処かでそう願っている僕がいる。
また、もし本当に別人だったとして。
目の前で連行されるか処分されるか。『ノクトとしてなら生きて行くことを保証する』と言っておいて裏切った僕を彼は怨むだろう。
そして彼が処分されたところで本物のノクトが帰って来るとは限らない。
僕はフラン越しに周囲を見る。
出かける前まで賑やかだった寮内は何時の間にか静まり返っている。
廊下を走り回る足音も聞こえない。
僕がフランと話をしている間に皆、登校してしまったらしい。
「……学校に、行かな、」
「レトとの対話で遅れた分は遅刻にカウントされません」
フランの目が僕を直視する。
瞳孔の中でチカリ、チカリ、と点滅する光に目が離せなくなる。
逃げられない。
どうする?
どうすればレトに「大したことではない」と思わせられる?
「言ってしまいなさい、私の大事な子供。あなたは今、何を隠していますか?」
「……僕、は……」
「正直に言えば、あなたは何も罰せられることなどありません」
洗いざらい喋ってしまえ。
僕の中で僕が囁く。
それで全部楽になる。罪には問わないと、そうレトも言ったじゃないか――。
「――マーレ」
その時。
ふいに声が降って来て、僕は腕を引っ張り上げられた。
「何やってるんだ。遅刻するぞ」
そこに立っていたのはノクトだった。
珍しい。僕が彼を避けていたと同様に彼も僕を避けていたのに、声をかけても返事も返さなかったのに、どういう風の吹き回しだろう。
首からセルエタも下げている。
僕があげたストラップを使っている。
でもそれはどうでもいい。
渡りに船とはこのことだ。今ばかりはノクトが来てくれたことが嬉しい。
「今日は日直なんだろう」
「あ、うん」
日直なんて嘘だ。ノクトと同じ時間に出たくないから……早く寮を出るための口実に過ぎない。
でも。
「そ……うだった。そ、それじゃ行くね!」
フランから逃げる機会は今しかない。
僕が立ち上がるより早く、ノクトが僕の腕を掴んだまま歩き出す。
躓き、転びかけてもお構いなしに連行されていく僕に、フランは今やっと気付いたかのような顔を向ける。
「遅れますよ、マーレ」
遅刻の原因を作ったのはフランじゃないか――。
そう言いかけた言葉は再び喉を転がり落ちた。
何もなかったかのように箒を持って立ち上がるフランは、今の今まで僕と喋っていたことすら覚えていないようだった。
「さっきの女は何だ。何であいつは髪が緑じゃないんだ?」
僕の腕を掴んだまま、ノクトは振り返りもしないでそう尋ねて来た。
いや、尋ねたつもりなどなかったのかもしれない。
一瞬、返事に窮した僕に再び尋ねることもなく、ノクトはどんどん足を進めていく。
「ア、アンドロイドだよ。名前はフラン。ノクトは部屋に引き籠ってるから知らないだろうけど、寮全般の雑務を一手に引き受けてるんだ」
「……そしてその裏には人工知能レトがいる」
ノクトの声が硬い。
登校しようとする僕を遮ってまで質問を続けようとしていたフランに、得体の知れないものを感じたのだろうか。
もしくはノクトにもレトから接触があったのか。
”得体の知れない人工知能”からあれこれ探られたと思ったら、今度は同室の僕が同じように探りを入れられているのを見て、身の危険を察したのかもしれない。
「まぁ……ね。此処のシステムは全てレトの管理下にあるから」
ノクトが言うとおり、フランが強引とも言える形で問いかけて来たことはレトの意思が介入していたからに他ならない。
レトは世界を守るのが主目的。
この町に関して言えば、子供たちを無事に育て上げてファータ・モンドに送り出すのが目的。
思い悩むあまり予想外の危険な行動をとられるくらいなら先手を打って解消しようとするのは当然のことだし、”能登大地”という部外者の存在にも勘付いているのだとしたら、詳細を知ろうとして来るのは当然のことだ。
「つまりあの女は人工知能レトの指示で動くアンドロイド。つまりはレトの代弁者。そうだな」
「そうだけど……そう言う言い方はしてほしくないな」
でも。
今日はたまたま強硬だっただけで、いつものフランはああではない。
そしてレトも。
接点はフランに比べると格段に少ないけれど、僕らが物心つく前から見守ってきたのはレトだ。
「で、此処にはああ言うのがウジャウジャいる、と」
けれどそんな僕の甘い感傷は、彼には理解できないのだろう。
ノクトは仏頂面のまま左右に視線を向ける。
街路の両脇に並ぶ店は既に動き始めている。
カフェ店頭のワゴンでドリンクを売っているのも、運ばれて来た薬を薬局に運び入れている白衣の男も、一見すると人間にしか見えないけれどアンドロイドだ。
住民=学生のこの町では客も学生。
つまり始業前の今と放課後にしか客は来ないから、彼らもそれに合わせて店を開ける。
睡眠をとらないアンドロイドなら早朝から働くのも長時間にわたるのも苦にはならない。
だからこの町の店は開くのが早い。
店の中でも多くを占めているのはセルエタ装飾の店だが、さすがに始業前の短い時間に装飾を依頼する者はおらず、その一角だけは静まり返っている。
その前をスイーパーが波間を漂うクラゲのように通り過ぎていく。
「ああ言うの、って失礼だと思わない? レトもフランも保護者みたいなものだよ」
レトもフランも他の機械たちも、役割は違えど僕たちのために存在している。
水やドリンクが無尽蔵に出て来る設備があったとしても、町並みを全てコンクリートで固めて雑草1本生えなくしたとしても、掃除や洗濯が全自動で最小限の手間で済むようになったとしても、それでも子供だけで生きてくのは無理だ。
ドリンクを補充する者、施設をメンテナンスする者、外界からの侵入を防ぐ者などがいなければ、僕たちは自力でそれらを成さなければならず、そうなれば呑気に学業に勤しんでなどいられない。
「保護者って、保護者は普通、大人の役目だろう。それが大人はファータ・モンドだったっけ? そっちに全部行っちまって、子供の養育も躾も機械任せにするなんていい加減が過ぎる。おかしいと思わないのか?」
語尾は問いかけだが独り言にしか聞こえないのは、返答を期待していないからだろうか。
でも、期待していないとしても間違いを正すのは僕しかいない。
「大人がそれぞれの価値観を押し付けて養育するよりも、レトに任せたほうが公平だし失敗がないと思わない? 昔はどうかしらないけど、レトは特別なんだ。感情のない機械に人間は育てられないっていうのは前文明の考え方だよ」
「機械に育てられてるからそう思うんだろ」
「それじゃあ逆に聞くけど機械の何が悪いの? ノクトは僕を見て、何処が欠陥だと思う? 何処らへんがいい加減に育てられた結果だと思う?」
ノクトは言葉を詰まらせた。
「きみにとっては機械でも、僕の父で、母だよ。レトは」
遥か昔、レトがおらず、機械も簡単な作業程度しかできなかった頃は人間も他の動物と同じように親が子供を育てていた、というのは歴史で習った。
一時の快楽に溺れて子供を作り、育てることを放棄して死なせる親もいると聞いた。
親の持つ独特な価値観や入信している宗教のせいで病気になっても手術してもらえなかったり、食べ物に制限をつけられたり。洗脳のようにその考えを受け継ぐこともある、とも聞いた。
それに比べればレトが統制する今はどれだけ幸福か。
皆が平等に教育を受け平等に育てられる幸福を”機械任せなんていい加減”と評価する能登大地はやはり過去の人間に違いない。
僕らが学業に専念できるのは彼らのおかげ。
監視されているように感じるだろうけれど、それは僕らを危険から守るため。
自分たちに奉仕する立場だとは言え、彼らがいなくなれば困るのは自分たちなのだから、必要以上に蔑んだり敵視したりしても良いことなど何もない。




