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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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闇の狩人(ダークプリースト)

作者: 雪河馬
掲載日:2019/11/05

田舎の寂れたホテルのラウンジで、俺は出がらしのようなコーヒーをすすっていた。

目の前には、俺が欲しかった情報の記されたUSBメモリー。


「しかし、あんたも物好きだな。そんな連中の情報を欲しがるなんて。」


そいつは、山盛りのポテトとウインナーソーセージをビールで流し込み、口元をナプキンで拭きながら言った。

(よく食うやつだ・・・。そのうち血管が破裂するぞ。)


「あんたの頼みじゃなきゃ金輪際、かかわりあいたくねえ連中だったよ。」

愛想笑いをうかべながら、物欲しげな視線を俺の方にむける。


俺は奴に投げ出すように札束のはいった封筒を渡した。

「助かったよ。わかってるだろうが・・・・。」


男は封筒の中身を確かめてポケットに突っ込み、おもむろに立ち上がる。

目的のものが手に入った以上、奴がここに止まる理由はない。

それは俺も同じだ。

彼の信じるものは金だけだ。それが今の俺には非常にありがたいのだが。


愛想笑いを浮かべながら奴は去り際に言った。

「ああ、わかってるよ。また会えることを願ってる。あんたに神の御加護を!」

奴が立ち去った後、俺は苦々しい顔をしていたに違いない。

慈愛に満ちた父はもはや俺には興味をなくした。

今の俺の父は、復讐の神だ。


数日後、満月の夜、俺はある高層ビルの屋上にいた。

晩秋の冷たい風が俺の頬をうつ。

数十メートル離れた高層マンションの最上階のペントハウスの男女を俺は見ていた。


別にのぞき趣味というわけではないしパパラッチでもない。

そこの住人が”ヤツ”だという、それだけの理由だ。

男は真っ赤なガウンだけを身に纏い、グラスを傾けていた。

ベッドには裸の女性。

グラスに注がれたブラッドカラーは、さぞかし高級なワインなのだろうが

やつが本当に欲しいのは、もっと新鮮なブラッド。


(さて、どうする。やつが油断するのは”食事”を済ませたあとだが・・・・。)


そんな選択肢が俺にないことは自分が一番よく知っていた。

俺は・・・・一気に跳ぶ。


ガシャーン・・・・


強化ガラスが粉々に砕け、その衝撃が俺を襲う。


男は一瞬何が起こった把握ができていないようだった。

グラスを手にしたまま俺を睨みつける。

「お前は何者だ、誰に雇われた・・・。こんなことをして。」


俺は男の言葉を遮った。

「当然、ただで済ませる気はないな。用件がわからないのか。」


開いたガウンから覗く男の艶やかな胸板は月の光に照らされて青白く見える。

手にもったグラスをテーブルに置いて奴はゆっくりと後ずさる。

「わかった。・・・・に雇われたやつだろう。いくらで雇われた。その倍は出そう。」

月並みな会話で思わず笑いがこみ上げ、それが奴をいっそう怯えさせた。

彼の経歴は知っている。

15歳にして世界有数の企業を立ち上げた天才で急進的な理想主義者。

当然、敵も多い。

「残念ながら違うな。よく考えてみろ。答えはお前の中にあるから。」


急ぐことはない。まだ時間はある。


「お前は今日ここで彼女と何をする気だったんだ。」

と、俺は死んだように眠っている女を指差した。


男は後退りを続けながら、無理やり作り笑いを浮かべて答えた。

「そんなこと、決まっているだろ。そのお嬢さんと愛を語らうのさ。」


壁際にたどり着いた男は、隠し扉のボタンを押して銃を取り出し、急いで銃口を俺に向ける。

彼にしてはよく頑張ったものだ。俺にはスローモーションのように見えたが。

「動くな、動くと撃つぞ。」

作り笑いは消えて、震えながら引きつった狂気の眼を俺に向ける。

「お前を撃っても正当防衛だからな。私は・・・・。」


「どうぞご自由に。銀の弾丸なら俺はおだぶつだ。でも、その前にもう少しお話をしないか。」

今にも暴発しそうな男とは対照的に、俺は余裕の表情でニヤニヤと笑みを浮かべながら話しかける。

「お前、この女性とどこで知り合った?」

「そ、それは・・・・・」

男は一瞬、うつろな表情になる。思い出せないのだ。思い出せるわけがない。

こいつは麻薬中毒者のようなものだ。ただ血が欲しくてそれだけのために女をさらってきた。

俺はプリントアウトした写真を奴の前に突き出す。

「じゃあ、この女性のことはわかるか。」

男はますます困惑した表情になる。かすかには覚えているのだ。

ちょうど、昨日の夜、何を食べたかと聞かれたように。


あと、すこしだ。間違うな。

俺は真顔になり、男の顔を睨み付ける。

「神の御名において命ずる。思い出せ、お前に何が起こったかを。」

心の中で苦笑する。俺はまだ昔の俺の皮をかぶっている。

ただ、男には関係ない。これは呪縛を解く鍵なのだ。

男の体は激しく震え出し、やがて銃を落とし頭を抱え込んだ。

「わ・・・、私は・・・・私はあの日あの女に・・・・・。」

やがて男はゆっくりと顔をあげた。

男の、青白い顔の瞳は爛々と赤く輝き、細面の顔に似合わない牙が口元から覗いた。

ただひとつ、彼の赤い瞳からは・・・・赤い涙が伝わっていた。

「か・・・・渇く。喉が・・・渇く。」


やっとその時がきた。


「哀れなヴァンパイアの眷属よ。喉が乾いたか。」

男は涙を流しながらうなずく。

俺は、彼に問いかけた。

「なんじは、人としての死を迎えたいか。それとも哀れな闇の眷属として駆逐されたいか。」


血の欲望に飢えた男に与えた、俺の最後の慈悲・・・・・。


男にとって不幸だったのは、視線の先に女の姿が見えたこと。

その瞬間、彼の最後の人としての理性は消えた。


彼の牙が女に触れるわずか前に俺は男の体を掴み、部屋の隅に放り投げる。

激しい音を立てて壁が砕け散った。


普通の人間であれば即死だろう。でも男は起き上がろうとした。


(もう楽にしてやれ。)


俺の中の神がそう告げ、俺は奴の首筋に噛みつきやつより太い牙をつきたてた。

満月の光が獣身の俺を照らす。


全てのエナジーを吸い尽くした後、哀れな男の姿はどこにもなかった。


できれば人として死なせてやりたかったのだが・・・同じことか。

ヴァンパイアの眷属には死後の世界はない。ただ虚無があるだけだ。

そう、俺と同じように。


数ヶ月前、俺はある事件に巻き込まれた末にやつらの主人、ヴァンパイアマスターを葬った。

主人を失った眷属たちは、暴走し無自覚の欲望のままに人間を襲い始める。

俺は自分の撒いた種を刈り取らなければならない。

眷属たちも、もともとは被害者なのだ。

そして俺自身、呪われた存在。

俺の原罪を、父は、神は決して許されることはないだろう。


捨てられた私にできることはただひとつ。闇の存在の最後の一匹を消し去るまで。

そう、最後の一頭まで。

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