司祭のお仕事
さらに、数度の休息を挟み、シルバ達は目的の部屋に到着した。
大きな広間は、中央に天幕が設置され、さながら野戦病院のようだった。
ただし、生きている冒険者はほとんどいない。
広間に敷かれたシートには、布に包まれた何十もの遺体と思しきモノが横たわっていた。
とはいえ、聖職者に仕事がない訳ではない。
「うん、ま、ここまで温存させてもらったことだし、仕事するとしよう」
「ええ、よろしくお願いします」
「……いや、むしろある意味、本職なんだよな」
シルバは聖句を唱えながら印を切り、死者への鎮魂を祈った。
こうしておかなければ、死者はやがて起き上がり、不死者として甦ってしまうのだ。
布に包まれた遺体は金色の光に包まれ、やがてそれも消える。
「よし、運んでくれ!」
先行して現場の指揮に努めていたと思しき隻眼の中年冒険者が、待機していたパーティーに指示を送る。
「分かってると思うけど、光らなかったやつはまだなんで、運ばないようにしてほしい」
シルバは隻眼の中年冒険者に声を掛けた。
光っていなかった遺体は、かなりの業を背負っているようで、魂がまだ嘆いているのだ。
中途半端な鎮魂で済ませては、地上に戻る途中で不死者として復活してしまい、運搬する冒険者達を襲ってしまう。
それは避けたいシルバだった。
「アンタ、名前は?」
隻眼の中年冒険者が、シルバに尋ねてきた。
左目は黒い眼帯をつけている。
「シルバ・ロックール。ゴドー聖教の戦場司祭だ」
「そうかい。助かるぜ。俺はグロッグだ。単に年取ってるってだけで、今はここの陣頭指揮を執ってる」
ニィッと愛嬌のある笑みを浮かべると、グロッグはゴツい手を差し出してきた。
シルバがその手を握ると、力強く握り返してくる。
「他に鎮魂のできる聖職者は?」
手を離したシルバの質問に、グロッグは残念そうに首を振った。
「数人いたが、疲れて倒れて休憩中だ。アンタも冒険者やってる聖職者なら分かるだろう? 治癒や戦闘補助のできる奴はいても、教会の本来の勤め的なもんをできる奴はそうはいねえ」
「まあ、そりゃね……」
教会の中での職務をこなせる聖職者なら、大抵は教会内でのそれに従事するのだ。
命を張って冒険者の助けになろうという聖職者は、グロッグが言うように大体が率先して治癒や戦闘補助に使える祝福を得ようと、修行を積む。
シルバの場合も一応後者に当たるのだが、一応街一つの教会を任せられる程度の作法も、習得している。
覚えておいて損はないという師匠の言葉と、あとその師匠が寝坊したりした時に、臨時で朝の祈りを担当したりもしていたからである。
「もちろん、ここまでの往路に帰りの復路、聖職者なしなんざ考えられねえが、現地で仕事をしてくれる人材ってのは、なかなかな。だから、アンタが来てくれて助かってる。……それで、あとどれぐらい、いけそうだ?」
グロッグが布に包まれた遺体を見る。
まだ全部という訳ではなさそうだ。
「いや、全部やるつもりだけど? 他にやれる人間がいないなら、できるだけ頑張るよ」
シルバが答えると、グロッグは目を丸くした。
「マジかよ。助かるけど、無茶はしないでくれよ。足りないモノがあったら言ってくれ。優先的に渡すからよ」
言って、グロッグはシルバの胸を軽く叩いた。
鎮魂も、それなりに魔力を消耗する。
何度か遺体に祈りを捧げたシルバは部屋の壁にもたれかかって座り、一人魔力ポーションを飲んでいた。
そこに、布の鞄を持ったカナリーが近付いてきた。
「シルバ。こっちの方が効率がいいよ。使ってくれたまえ」
言って鞄から取り出した薬瓶の中身は、市販のモノとやや色が異なっていた。
「カナリーの手製?」
「ああ、精製してみた。これから、あっちに渡しに行くところだったから、丁度よかったよ」
カナリーは大部屋の中央にある天幕を見た。
「ありがたくもらっとく」
シルバはカナリーから、魔力ポーションを受け取った。
「念のため、あと二本ほど持っとくといい。鎮魂は確か、魔力の消耗が激しかったはずだろう?」
「だな。正直助かる」
「さーて……」
魔力を回復させたシルバだったが、すぐには仕事を始めるつもりはなかった。
魔力ポーションの効果を身体に染み渡らせるには、もう少し時間が必要だからだ。
戦闘時ならそんなことは言っていられないが、今回は違うのだ。
シルバは立ち上がり、部屋を見渡す。
グロッグは相変わらず忙しそうだ。
台車を引く冒険者パーティーが、布に包まれた遺体を積んで、部屋を出て行く。
別の場所では、おそらく損壊した遺体を修復しているようだ。
シルバは散歩がてら、部屋の隅に向かった。
その一帯の石畳は強引に剥がされ、土がむき出しになっていた。
そしてその土には、緑色の薬草や穀物の穂が所々生えていた。
「……えらい事になってるな、ここは」
「お兄」
土いじりをしていた虎獣人ならぬリフが立ち上がり、とてとてとシルバに駆け寄る。
そのまま、ぼふ、とシルバの腰にしがみついた。
「いや、薬草があると助かるかなって言ったのは俺だけどさ。ここだけ農園状態だから面白いよなって話」
「にぃ。おくすり出来るまで、もうちょっと」
頭を撫でられくすぐったそうにするリフの言う通り、土に生えている草や穂は、少しずつ成長していっていた。
少し、といっても普通の草や穂に比べれば、遙かに成長が早い。
「毒消しに麻痺の除去、粥用の穀物……うん、種が無駄にならなくてよかったな」
「に」
さすがに目立つ為、よその冒険者達が何事かと足を止めては、臨時農園を見ていた。
シルバは小さな農園の横にしゃがみ込んで休憩している、タイランに視線を向けた。
「タイランも、石畳引っぺがしたりの力仕事、ご苦労さん」
「い、いえ……この状態だと、これぐらいしかお手伝い出来ませんから」
「に……そんなことない。リフ、助かった」
「『中』の力を使えば、もうちょっと効率がよかったんですけど……」
タイランの『中』、すなわち人工精霊の力だ。
「ま、それはもうしょうがないってレベルだろ。わざわざタイランが正体を晒すリスクをおかすことはないさ。その分は、こっちが頑張ってるし」
「に。タイランの分もがんばる」
「それにタイランは、ここまで台車を引いてきたんだし、むしろ少し休んどいてくれていいと思う」
「は、はい」




