クロエとカートン
シルバが家の中に戻ると、仲間達は思い思いの格好で寛いでいた。
「ふむ……今回はクロエ殿と一緒か。楽が出来そうだな」
「同感だよねぇ」
食後の緑茶を啜るキキョウの言葉に、仰向けになったヒイロが頷く。
満足いくまで食べたせいか、少し腹が出ているような気がする。
そういえば、ヒイロは実益を兼ねた趣味の狩猟で、よくクロエと一緒だと言ってたっけかとシルバは思い出した。
タイランの重甲冑は、台座の上に立っている。
本体である精霊体の方は、少し窓を開けて換気を行っていた。
半透明の姿をしているのは、風の属性に身体を切り替えているからだろう。
「あ、あのー……よく、分からないんですけど、そんなにすごいんですか、クロエさんって?」
「タイランはクロエについてどれだけ、知ってるんだ?」
「えっと……シルバさんの知人で、何度か組んだことがあって……後は、演奏が上手い人、でしょうか。酒場の演奏のお仕事で、時々ご一緒することがありますから……」
なるほどなーと、これもシルバは納得する。
とにかくやたら特技の守備範囲が広いのが、クロエなのだ。
案の定、他の面々も口を挟んできた。
「に……? リフも、クロエしってる。盗賊ギルドで、手続き手伝ってもらったことがある」
「というか彼女は学習院にも出入りしていたが、魔術師や錬金術師ではないのかい、シルバ?」
ううむ、とシルバは唸った。
「……どう説明したものやら」
強いていうなら、クロエの職業は盗賊なのだが。
「多分、普通に言っても信じてもらえぬと思うぞ、シルバ殿」
「だよなぁ……」
口で説明するよりも、実戦を見てもらった方が説得力があると思うシルバだった。
「さて、食器を洗うとするかー」
「あ、はい。お手伝いします」
「にぅ」
腕まくりをするシルバに、タイランとリフがついてくる。
残った三人も、それぞれ刀を手にしたり、大きくのびをしたり、本を閉じたりし始める。
「では、某は見回りと戸締まりの確認を行うとしよう」
「じゃあボクはお風呂の用意行ってきまーす」
「足を滑らせないように、気をつけるんだよ、ヒイロ。……さて、それじゃ僕は、洗濯用の魔導具の調子を確認しておくかな」
朝も早いというのに、『墜落殿』の前は盛況だ。
商人達の露店や屋台が並び、朝食や必要物資の販売と声かけに余念がない。
「今回の作戦は?」
『墜落殿』の大きな入り口の前で、シルバ達は最終の打ち合わせを始めた。
複数のパーティーが今回の依頼を受けてはいて、人が多い。
とはいえ、行動は各パーティー単位であり、今回『アンノウン』を指揮するのはシルバではなく、呼びかけたクロエである。
今回のメンバーは、シルバ達六人に加え、クロエとカートンの八人となる。
カナリーの従者二人は、影の中に引っ込んでいる。
「目的が回収なので、なるべく力は温存。帰りの方が辛いでしょうからね。可能な限り負担を減らす方向でいきたいです」
クロエの提案に、シルバは頷いた。
「うん、異論はないな。台車はヒイロとタイランにメインで牽いてもらうとして、そうなると前衛がキキョウのみになるかな」
「では、私も前衛に出ましょうか。カートン君には遊撃をお願いしましょう」
「らじゃー」
クロエは少し考え、それから結論を出した。
「――という訳で、ウチの前衛二人が主に台車運びになるから、その分クロエ達に頑張ってもらう事になった。基本、こちらはキキョウと俺、カナリー、リフの三人がいつも通り。ただし体力とか魔力とかは、なるべく節約の方向で」
そういう事になった。
クロエは今回、双剣を使うつもりらしく、ワイヤーの手入れに余念のないカートンと一緒に少し離れた場所で準備している。
「あ、あのー……」
遠慮がちに大きな鋼鉄の手を上げたのは、タイランだ。
「どうした、タイラン」
「クロエさんとカートンさんって、どれぐらい強いんでしょうか……? 私、ちょっとよく分かっていなくって……」
そういえば、とシルバは思い出す。
キキョウやヒイロはクロエの実戦を知っているが、タイランは知らないのだ。
タイランの中では、酒場の演奏に時々参加する美人さん、という印象なのではないだろうか。
……演奏が上手いのは、呪歌をメインに使うならともかく、この際戦闘とはあまり関係ない。
「んー。強いというか……器用なんだよ、アイツは」
シルバとしてはこう言うしかない。
「はぁ」
「ま、やってみれば分かるさ」
口で言うより、実際、戦闘になった時の方が分かるというモノである。
『墜落殿』に侵入し、数度の休息を経て、救出部隊は第三層へと到達した。
第三層ともなると、一度に現れるモンスターの数も多い。
おまけに、早く倒さないと次々と援軍が現れるのだ。
救出部隊の足も、さすがに鈍ってくる。
今も、何度目かのモンスターの襲撃が発生し、広いあちこちで戦闘が始まっていた。
そしてシルバ達はといえば。
キキョウの目の前で、獰猛な巨大雄牛、アイアンオックスが後ろ足を蹴っていた。
突進の前触れだ。
クロエが、キキョウの背中に声を掛けた。
「キキョウさん、後ろ脚の蹴り上げが三回目になったら左右どちらかに回避して下さい」
「承知」
三回目、と同時にキキョウは身を翻らせる。
鋭い二本の角を持った黒い弾丸が、キキョウのすぐ脇を駆け抜けていく。
そして後方で、重い音が鳴り響いた。
振り返ると、アイアンオックスの頭が壁にめり込んでいた。
どうやら角が壁に突き刺さり、抜くことが出来ないでいるようだ。
「ヒイロさん、壁に激突したら、しばらくはお尻を向けた隙だらけになりますから、そこを確実に仕留めて下さい」
「らじゃっ」
台車の傍にいたヒイロは骨剣を持ち上げると、アイアンオックスの背中目がけて襲いかかっていった。
クロエ自身は周りに声を掛けながらも、黒尽めの騎兵、デーモンナイトを相手取っていた。
馬代わりの悪魔の動きは相当に素早く、槍の攻撃力も強い。
まともにぶつかれば吹き飛ぶその一撃を、クロエは双剣で弾き、しのいでいた。
馬となっている悪魔がクロエの身体を引き裂こうと、爪を振りかざす。
「!?」
その悪魔の足下が、ズルリと滑った。
地面がいつの間にか膨らみ、凸型を造っていたのだ。
その一瞬の隙を突いて、クロエは悪魔の喉元に双剣を突き立てた。
悪魔を倒し、次に騎手である黒い騎士に狙いを定める。
その最中、チラリとクロエが後ろに視線をやると、眼鏡を掛けたシルバの姿があった。
「相変わらずですね、シルバ。また、妙なこと、しました?」
「サポートしたのにえらい言われようだな!?」
「まあ、シルバだからしょーがないんじゃねーの」
カートンの手が瞬き、キキョウが相手をしているアイアンオックスの一体にぶつかり、弾かれた。
顔をしかめながら、少年の姿をした盗賊は一息で、アイアンオックスとの距離を詰める。
「やっぱガキの身体じゃ、威力も弱くなってるなあ!」
両手の間で伸ばしたワイヤーロープを、アイアンオックスの後ろ足に絡ませ、その場から離脱する。
アイアンオックスはその場でつんのめり、何とか起き上がろうとするが、鋼のワイヤーロープはなかなかちぎれない。
倒せはしなくても、アイアンオックスが一体動きを鈍らせれば、それだけキキョウの負担は軽くなるのだ。
黒い騎士を片付けていたキキョウに、クロエは指で印を組みながら声を掛けた。
「キキョウさん、『豪拳』を掛けますから、パーム魔導の攻撃担当お願いします」
「うむ!」
クロエの呪文が効果を発揮し、キキョウの全身に力が満ちてくる。
今なら鉄でも斬れそうだ。
離れた所で氷の魔術の準備をしていた、大きなぬいぐるみサイズの魔導師達に迫り、一息で四体を倒した。
そこで、キキョウは顔を強張らせた。
少し離れたところで後ろ足を蹴り始めている、三匹の雄牛がいたのだ。
攻撃を終えたばかりのキキョウはまだ、そこまで距離を詰めることができない。
「まずい! またアイアンオックスが――」
だが、彼らは突進と同時に派手に転倒した。
「――え?」
キキョウは、とっさにクロエを見た。
そのクロエは、戦場の隙間を駆け抜ける小柄な盗賊に手を挙げた。
「トラップの仕込み、お疲れ様です、カートンさん。その調子でお願いします」
「あいよう」
また新たな罠を仕掛けるつもりなのか、カートンはワイヤーを引っ張り出しながら、倒れた敵の影に潜り込む。
一方クロエは足を止め、二本の指で印を切った。
「さて――『爆砲』」
指先から放たれた爆風が、カートンの罠で転倒させられたアイアンオックス達を直撃する。
死にこそしなかったモノの、彼らは軽く通路の端まで吹っ飛ばされた。
「全滅とまではいかないまでも、多少は削っておくと楽になりますからね。カートンさん、私はキキョウさんのお手伝いをします。こちらは、しばらくよろしくお願いします」
「りょーかい」
双剣を抜きながら駆け出すクロエに、モンスターの陰から声が響いた。
「っつーか、前ん時より戦ってる人数少ないのに、圧倒的に楽ってどうなんだよ実際……」
クロエには届かない声量で、カートンはボヤいていた。




