鍋を囲みながら
ある夜のことだった。
クロエ・シュテルン。
シルバの知人の冒険者であり、何でも屋だ。
黒髪黒衣の麗人である彼女が、シルバ達の拠点である洋館を訪れたのは、ある依頼を手伝って欲しいからだという。
「戦闘不能になったパーティーの救出?」
「はい」
場所は第三層。
何でも、未踏破区域を探索するために、大規模な調査団を結成したのはいいが、発見された古代の遺跡を巡って仲間割れを起こしたらしい。
たまたま現場を発見した冒険者達が、救援を求めてきたのだという。
……といってもこの場合必要なのは、回復要員ではない。
何せ全滅なのである。
遺体を運搬して地上に戻る人員、もしくはその護衛である。
実に鬱々とした仕事なので、なかなか人が集まらない。
ただ、複数のパーティーによる合同の依頼になるので、元々第三層に潜る予定だったシルバ達には、都合のいい依頼でもあった。
しかも、依頼主は冒険者ギルドだというのだから、取りっぱぐれはまずない。
「私達だけではさすがに心許ないので、お手伝いお願い出来ますか」
「俺は別に構わないけど……」
シルバは、大きなトマト海鮮鍋をつつく仲間達に視線をやった。
皆、話を聞きながら、せっせとフォークとスプーンを動かしていた。
「人助けならば、某に反対する理由はないな」
米酒の杯を傾けながら、キキョウ。
キキョウだけは唯一箸を使っており、他のメンバーよりも具材を取るのが圧倒的に早い。
「ボク達は力仕事になりそうだねー。んんー、お魚ないよー」
「そ、そうですね……後衛の人達は、裏方的な仕事になりそうな感じでしょうか……」
鍋の底をお玉で掬うヒイロに、だし汁をストローで飲むタイラン。
「に、リフも反対しない」
リフはひたすら、器の中の魚が冷めるのを待っていた。
「……ま、たまにはそういう仕事もいいんじゃないかな。何事も経験だよね」
カナリーも、赤ワインを手酌で飲みながら反対する様子はない。
という事で。
「反対者無しで可決になった」
「相変わらず、シルバのパーティーは仲がいいですね」
そろそろ材料の少なくなってきた鍋に野菜を放り込みながら、クロエは微笑んだ。
「んー、まあ、喧嘩はあんまりないけどな。というか、このパーティーがそんなことになったら、えらい事になるぞ」
一方、シルバは魚と貝とエビを投入する。
すぐにでもそれを鍋の中から奪おうとするヒイロのフォークを、キキョウの箸が牽制していた。
パワーVSスピードの戦いであった。
「腕を上げたであるな、ヒイロ」
「ふふふ、かつてのボクだとは思わないことだね、キキョウさん。今日こそはあなたを倒してみせる! そして鍋の中身は全部ボクのモノだ!」
激突と牽制を繰り返し、どちらの器にも具材が入らない。
シルバとクロエはその隙に、自分のスプーンで鍋を漁った。
「ああっ、先輩ズルい!」
「シルバ殿、それは無体であるぞ!?」
「食器で遊んでる方が悪い」
シルバはせっせとスプーンを動かし、魚介類を回収していく。
「遊んでるんじゃないやい。これは互いの胃袋を駆けた聖戦なんだよ!」
「そんな大層な戦いであったのか!? っと、エビは頂いたのである!」
「むうー、ならボクはこっちの貝もらうから!」
不毛な聖戦は、どうやら一旦休戦となったようだ。
「で、シルバ」
「何だよ、クロエ」
「誰が本命なんですか?」
シルバのスプーンが、器の底の魚を砕いた。
キキョウの箸が一本飛び、ヒイロのフォークが先端が折れた。
タイランとカナリーは、小さく飲み物をむせた。
リフは、キョトンと首を傾げていた。
「……クロエ」
「はい」
「ウチのパーティーは、一応全員男なんだが……それは以前、説明したはずなんだが」
「ああ、そうでしたね。ついうっかり忘れてしまいます」
「あと、一部からすげえ視線が痛いのは、何でだ?」
「いや、何でもないぞ、シルバ殿」
「心配しなくても追求する気はないから、安心してくれたまえ、シルバ」
キキョウとカナリーの視線がぶつかり合う。
「む」
「何だい、キキョウ?」
何だか無言の緊張感が生じていた。
ヒイロによって発覚した、『カナリー朝駆け事件』以来、この二人の間にはやや微妙な空気が流れているのだ。
「にぃ……おさかなおいしい」
そして、リフは相変わらずのんきに、ようやく冷めた魚を食べていた。
「それよりもクロエよ」
シルバはリフの器の端に野菜を投入しながら、話題の転換を図った。
「何でしょうか」
「そこでへこんでるちっこいのに見覚えがあるんだが、一体何があったんだ?」
シルバは、机に突っ伏す金髪の少年をアゴでしゃくった。
年齢はリフと同じぐらいだろうか。
彼の前には、米酒の杯が転がっていた。
「ああ、この子ですか」
少年の本名はテーストという。
シルバが前に組んでいたパーティーで盗賊をしていた青年だ。
ただ彼は、同じパーティーのメンバーだった商人の少女ノワに入れ込んでしまい、結構な額の借金をしてしまったのだという。
色香から目が醒めた時には後の祭。
パーティー自体が盛大な空中分解してしまい、いよいよ自転車操業で利子を返すだけでも必死だったテーストを拾ったのが、クロエであった。
クロエはひょんな事から貸しのある借金取りからテーストの債権をもらう事となり、以来、テーストは彼女の仕事をほぼ、ただ働きに近い形で手伝っているのだという。
ちなみに身体が縮んでいるのは、クロエに雇われる前、借金帳消しの為に錬金術師の作った試薬の投与を複数行った副作用なのだという。
どの薬の効果か、相乗作用なのか、原因はまだ掴めていないらしい。
「……馬鹿だねー、お前」
波瀾万丈な、悪友の数奇な人生を、シルバは一言で片付けた。
「……お前にオレの気持ちら分かってたまるかーちふしょー」
テーブルに突っ伏したまま、幼い声でテーストは愚痴る。
酔っ払っているらしく、ろれつが回っていない。
前はそんなに弱くなかったんだけどなあ、とシルバはその姿を見て思った。
「うん、絶対理解出来ないから。というかアレに借金してまで貢いで、そんな身体になるなんて、どんだけクォリティ高いんだお前は」
「うるへーよ!?」
いやぁ面白いと、シルバとしてはもはや笑うしかない。
「まあでも? これはこれで需要はあると思うんですよ。子供に見られるっていうのは、迷宮ならともかく街中でしたらそれなりに有用ですからね」
クロエの説明に、なるほどなあと、シルバは思った。
ただし当然。
「正体知られてない事前提だよな」
「いちおー、偽名は使っへるさー」
赤ら顔の少年テーストは今は、カートンと名乗っているらしい。
似ているようで全然似ていない偽名だな、というのがシルバの感想だった。
「ではまあ、仕事を手伝ってもらえるようで助かりました。こういうのは、馴染みの人間の方が楽ですからね。詳細は追って伝えますので、よろしくお願いします」
「ああ」
話がまとまった頃合いを見計らい、カナリーが指を鳴らした。
「さて、リフも器の中身を食べきったようだし、そろそろ締めに入ろうじゃないか。ヴァーミィはチーズを用意、セルシアは米を持ってきてくれたまえ」
カナリーが命じると、影の中から赤と青のドレスの従者二人が出現した。
手にはそれぞれボウルを持っている。
「にに……雑炊。熱いのにがて……」
リフの耳が、ペタリと倒れる。
「でも、食べるつもりはあるのだろう?」
「に、食べる」
そこは譲れないらしい。
「……でも、ちょっと残しといてほしい」
「ああ、フィリオさんの分だろう? 心配しなくても、あの二人の分と一緒に置いてある。安心して食べるといい」
カナリーは、鍋にチーズと米を投入している従者達を指さした。
「にぅ……安心した。いっぱい、食べる」
ぐ、と小さな手でスプーンを握るリフであった。
……が、猫舌のリフにそんな多くの雑炊が口に入れられるはずもなく、結局食べられたのは小盛りぐらいだった。
もっとも、本人が満足しているのだから、それでいいのだろう。
食事を終え、シルバはクロエ達を邸宅の前まで見送った。
「じゃーなー、シルバ」
小さい手を振るテースト、いやカートンにシルバも手を振り返した。
「今度、ゆっくり酒でも飲もうカートン」
「嫌がらせか!?」
「はっはー」
笑いながら、シルバは家へと戻っていくのだった。




